第9話 別れ

しらじらと東の空から太陽が昇る。

それまでの時間を俺は気を取り直して、久保田君とプリンを片手に語り合った。


久保田君の姿は朝に近づくにつれて透けてきていた。

終わりが始まったのだ。


「久保田君、俺も惑星不可侵条約を冒してんじゃないのか?

 久保田君の惑星のことを知っている」


「大丈夫だよ」と久保田君は笑った。


「悪いけど、きっと君にも何がしか起こる可能性はある。

 だけど僕みたいに故意があってのことじゃないから」


久保田君は透けた顔で笑って見せた。


俺は泣けてきた。

「久保田君。また、一緒に美味しいプリン食べような」


「それが叶えばいいけど……」と久保田君は前置きしてかすれかけの声で話した。「うん、本当に叶うなら、この地球に生まれたかったなぁ。

 そしたら、君に山ほどプリンを作ってあげられたのに」


最後にそんな優しいこと言わないでくれ。

俺はボタボタ涙を流しながら、そう思った。そして、何の力もない人間であることを呪った。

しかし、その人間に久保田君はなりたかったのだ。


「この美しい地球で、そうだなぁ、妹や親も連れてきたい。

 君みたいに大学生になってお菓子の勉強をするのもいい」


久保田君が夢見るように語るので俺はまた泣けてきてしまう。

神に祈るしかないとはこのことなのだろうか。


俺の獲得したもの全て失ってもいい。

久保田君を人間にしてやってくれ。


それが、今、俺の望む唯一のことだった。


当たり前の世界が当たり前ではないことを久保田君は教えてくれた。

だけど、そのことは久保田君の消滅を招く事だった。


解いてはいけない謎に俺は触れてしまったんだ。


だからこそ。


「なぁ、久保田君。人間ってこんなに無力なんだぜ?

 なのに、君は―――」


と問いかけて、久保田君の姿がパッと砂が散るように掻き消えた。

「久保田君!!」

俺は叫んだ。

それと同時に白い光が辺りを包み込んだ。



俺は、ハッとして目を開けた。

飛び込んできたのは実家の天井だ。


普段通りの実家の俺の部屋。

うん?あれ、俺、何してたんだっけ?

眠る前の記憶が無い。


欠落しているような感覚がある。


ただ、この部屋は自分の部屋であることに間違いない。

階下の居間に降りていくと、母が

「あんた、大学あるんじゃないの?」と尖った声をかけてきた。

「え?今何月?」

「はっ?」


明らかにおかしな様子の俺に母は「あんた頭大丈夫?」と本気で心配してきた。

俺は「なんか、何も思い出せないんだけど」と告げると母は顔色を変えた。


結果、俺は医者に行くことになった。


様々な検査を受けて、ここ半年間の記憶が喪失している、との診断が下った。

診断されたときに何でも浮かぶことを言ってください、と言われた。


「く、クボタ……?いや、クボタってなんだったっけ」


一人で困惑する俺に診断医は笑顔で「大丈夫ですよ」と応じてくれた。

俺はただ呆然とし、混乱するばかりだった。

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