第3話 甘党

突然だが、俺は大の甘党だ。


キツネみたいな顔をして似合わない、と言われるのが常だが、俺にとって甘党であることはもはやアイデンティティだ。


そして、俺は今日も購買部でお菓子を漁っていた。

隣にいる久保田君は俺と同じようにお菓子を見つめている。


俺はどれを買って食べようかと脳内シュミレートに余念がなかったが、久保田君の場合はお菓子のパッケージを見て、書いていることを仔細に眺めている。


俺は熱心にパッケージを見る久保田君についてこう分析する。

・好き嫌いが激しいと言っていたから、何かアレルギー物質が無いか調べている。

・成分を研究して、自宅で作成し、俺にふるまってくれる。

・こうみえて就職先は食品会社志望。


いくつかの仮説を立てたところで俺は安定のブランド、と勝手に決めている某有名菓子メーカーの新作チョコレートを選んだ。


久保田君は結局なにも買わずに購買部を出てきた。

俺が新作チョコレートを出すと、顔の前で手を振って拒否した。


俺は自分の食いぶちが減るのを防げたので、特に気分を害することはない。

久保田君は俺がベンチでチョコレートを食べている間、「製菓の歴史」という誰もこの大学の図書館で借りたことはないだろうと思われる本を熱心に読んでいた。


俺はやっぱり食品会社志望なのかな、と久保田君の様子を見て思った。

久保田君とルームシェアしてから、大学も家も一緒になった訳だが、久保田君は自分のことを聞かれると困る様子を見せることがある。その様子に気づいてからは、俺は久保田君に質問することは極力、控えるようになった。


誰しも聞かれたくないことはあるはずだし、久保田君はそばにいるだけで落ち着く雰囲気があるから、別に会話などなくてもいい。

こうして、大学の構内で読書好きの久保田君とボーっとしているだけでも、何故か俺はなごんでしまう。他の男どもは、やれサークルやコンパだのと息巻いているが、俺は姉と妹に挟まれて育ったせいか、女は面倒くさいだけだと思ってしまう。

だからと言って男が好きな訳ではないのだが、熱心に本を読む久保田君を眺めていると、学生はこうあるべしと教わっている気もするし。

俺も少しは久保田君を見習って読書するようになった。久保田君が読むような、内容がクソつまんなそうな奴は読まないが、旬の芸能人のタレント本や映画化された小説などを読んでいる。

久保田君もたまにはそれらの本に興味を示してくれて本という話題で盛り上がることもある。そんなときの久保田君は細い目をキラッキラさせている。


ルームシェア生活も順調だ。

俺はバイトから帰ってくると、差し入れにもらって確保していた高級プリンを冷蔵庫に閉まった。久保田君はもう寝ているらしい。久保田君の個室から漏れる光が消えている。


俺はベッドに倒れ込むようにバイトから疲れた体を横たえた。

久保田君はバイトをしない。しなくても生活していけるようだ。

いいなぁ、と思いつつも久保田君の部屋の家具やいつもの食事は差し入れしたくなるほど質素なのだ。

あれならお金なくても暮らせそうだな。


俺は明日のプリンに期待しながら眠りについた。

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