《3.5話 大切だったと》

 おれは相当なクズだと自覚している。

 年下美少女の彼女がいながら、他にも七人の女の子に手を出している。その内、五人の子と体の関係がある。

 連絡取ってただけの子に何度かこの行動を咎められたこともあったけど、ちょっとした理由で喧嘩してそのまま切られてしまった。おれののと好きって言ってたくせに、まぁ、その程度だったってことだろう。

 そう、その連絡取ってただけの子……陽香ちゃんと喧嘩してからというもの、家に呪いの手紙……禍々しい塔が描かれたカード付きのやつが届くようになったり、仕事の道具を失くすことが多くなったり、なんか女の子たちが急に冷たくなって、会ってくれなくなったり……あと、彼女も体調を崩した。

 身の回りがおかしい。そう思い始めて何ヶ月か経った頃、おれはとある女の子と会うことになった。ネットで知り合った、初めましての子だ。

 待ち合わせは駅だけど、その後ホテルに行くことも了承済み。ずいぶん久しぶりに女の子に触れる気がする。

「こんにちは」

 あくまでクズを悟られないように、自慢の顔を生かした笑顔を浮べる。

「サヤちゃん?」

 恥ずかしそうに頬を赤らめながら、コクコクと頷くサヤちゃん。写真で見たよりちょっと目が小さい気もするけど、一般的に見たら可愛い方かな。

「写真より可愛いね」

 こういう時は褒めるに限る。褒めておくと、この後の成功率が上がるんだ。

「じゃ、時間だし行こうか」

 向かう先は予約しておいたホテル。サヤちゃんの腰に手を添えて、おれはゆっくり歩き出した。



 京都市内にあるこのホテルには、彼女とも何回か来ている。もちろん、彼女以外の子とも来たことある。おれはいわゆる常連さんといったところだろうか。スタンプカードもあと一個で満タンだし、二十回以上は利用しているということだ。……来すぎやろ。

 まぁ、それは置いておいて、ここまで来たんだからやることやって解散するだけ。部屋の前、緊張して固まっているサヤちゃんの額にそっと口付けて、おれはドアノブを回した。

「おれ、先にシャワー浴びてくるから。サヤちゃん、ホテルとか初めてやろ? ちょっと部屋見てなよ」

 本当なら、テレビ台の引き出しに入ってるビデオの数々に驚くサヤちゃんが見たい気もするけど。なんか、そんな気分じゃない。

「じゃ、行ってく――ん?」

 違和感を覚えて振り返ると、おれの服をサヤちゃんが控えめにつまんでいた。耳まで赤くしてうつむいている。

「どしたの?」

「……あ、あの」

 一呼吸おいて、サヤちゃんは顔を上げた。

「や、やっぱりダメです。やっぱり、こ、こういうところには、好きな人と……その……」

「……おれのこと、好きじゃないの?」

「そ、ういうわけでは……ただ、わたし……初めてだから……大事にしたいから……ごめんなさい!」

 呆気に取られるおれの横を通り抜けて、サヤちゃんは部屋を飛び出していってしまった。

「……は?」

 女の子を置いて帰ったことはあるけど、置いていかれたことはなかった。おれにとってもある意味初めてだ。

「ま、いいや……気分じゃなかったし」

 一人で大きなベッドに寝転ぶと、シンと静まり返った部屋が、異様に寂しく思えた。やっぱり最近ツイてない。どれもこれも、全部あの呪いの手紙のせいなのだろうか。

「因果応報……」

 呪いの手紙によく書かれている言葉だ。おれは誰かに恨まれている。そう思わざるを得ない。けど、今までたくさんの女の子に手を出してきたし、もはや誰から恨まれているのかさえわからない。

「また女の子探さないと」

 こんなことばっかしてるからバチが当たるのか。彼女にちゃんと向き合うか、あるいは……。


 ――私は、そ、そういうことは、好きな人としかしたくないし……


 酷いことを言ってしまった子がいる。いや、何人もいるんだけど、一人だけ、頭に残り続けている子がいる。

 今、サヤちゃんに拒否されて思い出した。同じように、“初めて”を大切にしたいって言っていた……陽香ちゃん。

 あの日、陽香ちゃんに着拒されたあと、おれなりに考えた。おれにとっては、知り合ってすぐにホテルなり家なりで会うのは当たり前だった。もちろん、全世界の人がそうあることが当たり前だと思っていた。けど……違うんだ。陽香ちゃんやサヤちゃんみたいに、そういうことを特別視する人たちもいるんだ。おれにとっての当たり前が、当たり前じゃない人たちがいる……。

 そう思うと、途端に自分が悲しい人間のような気がしてきて、空いた穴を埋めるように女の子と会いまくった。けど、何をしても埋まらない。虚しさが増すだけで、笑顔さえ作れなくなった。

 教えてほしい。おれが知らない世界を。陽香ちゃんから見えている世界を見せてほしい。

 おれは、弾かれたようにベッドから降り、鞄の中の携帯を取り出した。


 そして、一度切れたはずの陽香ちゃんとの縁を辿った。

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