第22話
喜八が襖を開けると、夕霧が花を見つめていた。夕霧の目線の先には綺麗な紅葉がいけられていた。
「綺麗な赤だね」
夕霧が素早く、喜八の方を向く。
「旦那様」
「イチョウも綺麗だったがね」
どっこいしょと夕霧の近くに座る。
「イチョウはいかんせん、あの匂いがダメでね」
「ああ、あの……」
「銀杏は好きなんだが」
喜八が苦い顔をすると、クスリと夕霧が微笑んだ。銀杏は美味しいんですけれどと、呟く。その表情を見て、喜八は少しの違和感を覚える。その笑顔は、朝霧とも似たかず、夕霧の美しい笑顔だった。
「……どうなさいました?」
「ん、いや」
なんでもないとまた喜八は紅葉に目を落とす。その行動に、夕霧は先日の『男になってきたのでは』と言われたことを思い出した。
夕霧の胸がドクンと打つ。喜八にもそう思われたのではないか。いつもであれば知ったこっちゃないと思う夕霧であったが、喜八相手ではそうはいかなかった。夕霧も、初めての感情に戸惑う。二人の間に沈黙に外の喧騒が入り込んでくる。
「そうだ、金平糖食べるかい?」
「え、ええ!」
そういうと、色鮮やかな和紙に包まれた金平糖を広げる。桃色、白色、黄色がころんと、可愛らしく和紙の上で転がる。
「今回も、色とりどりだろう」
「わ、綺麗……」
桃色は、朝霧が好きな色。きっと旦那様は、桃色を取れば喜ぶ。
「さ、どれがいい?」
これまでも、これからも、喜八の前で朝霧を演じるのか。それは、喜八の望みでもあるから、そう思えば思うほど夕霧の胸が痛んだ。
「どうした?食べないのかい?」
「あ、い、いえ」
三色の上で指が漂う。
「……黄色を、いただきます」
「黄色だね、どうそ」
いつも、の夕霧であれば桃色を摘むところが黄色を摘む。透明感のある黄色は、ふわりと空に溶けて消えていきそうだ。口に持ってカリ、とかじる。
「ん、おいし……」
「何味だい?」
喜八が、楽しそうにそうたずねる。
「……星の味がします」
夕霧が俯いた目で呟くと、喜八は顔を柔らかくした。
「随分と粋だね」
恥ずかしいことを言ってしまったと顔を上げない夕霧はまた、黄色の金平糖を口に寄せる。窓が開いていて、そこから大きな満月が見えた。それを背景に夕霧が黄色の金平糖を口に含む。
喜八にはまるでそれが、白百合が星を食べているような姿に見えた。
「……綺麗なもんだね」
そういうと、夕霧は後ろを振り向き満月を見た。
「りっぱなお月様ですよね。……月の明かり、好きなんです」
また喜八の方を振り返り、優しく微笑む。
その月のようなその優しい笑顔に、月のことじゃないのだけれど、と喜八は言葉を飲み込んだ。金平糖を食べ、月を見、話す。そんな穏やかな時間が二人を包んでいた。
「では、そろそろ」
そういうと、いつも通り襖へ歩いていく。
「旦那様!」
喜八の袖をキュ、と掴む。
「だ、抱かれないのですか!」
咄嗟に出た言葉が、直球すぎて夕霧は顔を赤らめてしまう。そんな夕霧に喜八は微笑みながら、いつもと同じように話しているだけでいいんだよ。と微笑む。
「……男だからですか?」
朝霧じゃないから?その言葉は、グ、と喉で抑えた。
「だ、男色のケがなくとも……」
「夕霧」
「は……はい」
「……本当にただ、喋っているだけでいいんだ」
そんな余計な心配はしなくていい、と喜八は、夕霧の頭をぽんと撫でた。優しい声で、またくるといい出て行く。
部屋にポツンと残された夕霧は、開いた襖にコツンとでこをぶつけ、何言ってるんだ自分は、と、深いため息をつくのであった。
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