第21話
夕霧の部屋からドスドスと出てきて楼主に声をかける。神妙な顔をしていたので楼主は急いで駆けつける。
「いかがなさいました、何か粗相でも」
「いや、そうではないのだがね」
袖で口元を隠しながら、楼主に耳打ちした。
「……すこし男っぽくなったんじゃないか?」
もうすこし‘‘朝霧’’を楽しみたいがね、と暖簾をくぐり帰っていく。ご贔屓に、と声をかけて見送ると、重い足をドタドタと鳴らしながら夕霧の部屋へ向かった。楼主は焦り、夕霧の部屋の襖を勢いよく開ける。すこし着物がはだけ白い肩をのぞかせている。声もかけず襖を開けた楼主に夕霧が、顔をしかめた。
「なんです、いきなり」
その様子をまじまじと見るが特に変わりはなかった。しかし、そう言われた以上、雰囲気がなんとなく変わっているようにも楼主は見えた。
「さっきの旦那様になぁ、男になってきたんじゃねえかって言われてよ」
「こっちは生まれた時から男ですけど」
すくりとたち、着物を直す。その姿はまるで一本の百合のようで、以前より凛とした空気を纏っていた。
その姿に楼主はこれ以上大きくならないよう夕霧の晩飯を抜きにするといい、またぴしゃりと襖を閉めた。しまった襖を、大きな目でぎろりと睨んだ。
「あのジジイ、抱くだけ抱きやがって」
文句言うんじゃねえと呟いた声は、布団に染み込み消えていく。夕霧の部屋を出た楼主は、部屋に戻る。まだ夕霧で金を稼ぎたい、どうしたものかとぶつくさ考えながら歩く。夕霧を買った時に世話になった老婆がちょうど来ていたところであった。
「ああちょうどいい。いや、どうしたもんか」
「どうしたんだい」
ハアと大きなため息をつくと、老婆が煙管の灰を捨てる。
「夕霧が、男になってきたんじゃねえかと客に言われてよ」
背は伸びてねえが、骨っぽくなってきやがったのかな、とブツブツと呟く。老婆は灰を捨てた煙管に息をフッと吹き込み煙管を閉まった。
「十五より八が盛りの花、十九より二十二までを散る花と、陰間では言われとる」
夕霧はもう歳だから、とボリボリと面倒臭そうに首筋を掻く。楼主はまたハアと肩を落とし大きなため息をつくとどうしたものかとまた途方にくれた。
「散る花だとて夕霧の客は太客ばかり。もうちっと頑張ってほしいがね」
「体の成長には抗えまい」
「いやしかし」
老婆は立ち上がるときつい目で言った。
「男を女と同じに扱えると思っちゃいけねえよ」
またいい子紹介してやらぁ、というと、大きなため息をつく。
「夕霧でなきゃ、朝霧でなきゃいけねえんだ」
「そんな道理、通るかいね」
「通らせなきゃいけねえんだ」
ああ、と唸りハゲ頭を掻いた。それほど夕霧の客は、店にとっていい客ばかりである。
夕霧はひとり、月を眺めていた。月夜が夜の街を煌々と照らす、満月。まるで、闇に隠れて商売しているこの遊郭をお天道様のようにギラギラと照らすのではなく、優しく包み込むような光であった。
横を振り向くと、自分の姿が鏡台に映っていあ。月夜に照らされた自分の姿、頭に刺さっている簪が光を跳ね返しキラリと光る。しばらく自分を見つめた後、何かを思いつき決心したように、キュと口を結ぶのであった。
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