第14話

 

 朝霧に似せるため、朝霧が得意だった琴、三味線はもちろん、遊女の嗜みとされるものは全て教え込まれた。髪も伸び、女のように結えるまでになった。朝霧に似てきていると、楼主は喜んだがそれと反比例するように夕霧の心は底なしに沈んで行く。


 その上、陰間となり客をとれる体にするのは、想像以上の苦痛を要するものだった。油と硫酸銅を染み込ませた布を棒に巻き、入れ込む。感覚を鈍くさせ、客を受け入れやすくするためである。


 客を受け入れて痛いのなら山椒をいれて痒さで紛らわせと、山椒の粉が入った袋を渡された時はここは地獄だ、と夕霧は思った。枕を涙で濡らす、そんな日々に疲れきった夕霧は、二度目の足抜けを図ったが、またも玄関前で捕まってしまった。最初の走って逃げようとした時から年月は経っていたので、折檻も容赦はない。


 着物を着ると見えない位置にたくさんの痣ができ、それをさすると鈍い痛みが夕霧の身体に走る。見えないところにうまく傷を作るものだと、変に感心した時もある。


「いてぇなぁ……」

「ねえ」


 突然聞こえてきた声に驚き振り向くと、同い年くらいの禿が襖の隙間から覗いてる。時々、珍しいもの見たさでくる禿もいるので夕霧はまたかと顔をしかめた。これが男か、と、わいわいと大勢で来る時もあった。


「……あっちいけよ」

「これ、あげる」


 細い隙間から、小さい手が伸びなにかを置き、その腕はすぐに引っ込むとパタパタと廊下を走る音がした。夕霧は襖の近くにいき、紙に包まれているものを開けると芋けんぴが入っていた。


 足抜けしようとした罰でご飯が減らされている夕霧はすぐに口に運んだ。一本摘み齧ると、素朴な甘さが口の中に広がり、少し安心できた。その禿は次の日も、包み紙を置いていった。芋けんぴ、かりんとう、饅頭……そのどれもが、夕霧の心を少しだけ癒してくれた。けれども、包み紙を置いていく張本人は、すぐ走っていってしまうので、正体は分からずじまいだった。


「おいしい、けど……」


 まるで座敷童だ。次こそはと、夕霧は襖の近くで待ち構える。


「あげる」

「ねえ!」

「!」


 いつも通りに襖の隙間から手が伸びてくると、夕霧はとっさに話しかけた。


「きみ、誰?」


 その手は一瞬固まり、ゆっくりと、襖の奥にスルスルと引っ込んでいく。ああ、また逃げてしまうかと包み紙を取ろうとした時、襖が勢いよく開いた。まさか襖を開けると思ってなかった夕霧は、菓子に伸ばした手をびくりと跳ねさせた。


 そこに立っていたのは、眉がキリッとし、凛々しい顔立ちをしている同い年くらいの禿だった。想像の座敷童とは、程遠い見た目をしている。


 あんなにソロソロとお菓子を置いていった座敷童と、堂々とした立ち姿はまるで結びつかず、夕霧は思わずキョトンとしてしまった。


「わたし、東雲」


 これが、夕霧と東雲の、最初の出会いであった。


「……なんで、お菓子おいていくの?」

「甘いの食べたいかなって思ったから」


 持ってきたの。そう、堂々とふんぞりかえる東雲に、夕霧はなぜか可笑しくなった。


「……おかなすいてるときは……たすかったけど……」

「それなら、よかった」


 2人の間に沈黙が流れる。すると、東雲が口を開いた。


「なかよくなりたいなっておもった、それだけ!」


 そういうと、驚くほどの勢いで襖を閉めて廊下を走っていく。店中に襖の閉まる音が響き渡ったため、楼主の、しずかにしめろという怒鳴り声も店中に響き渡ることになった。


「なんだったんだ……」


 夕霧は、ぽかんと口を開け、閉まった襖を見ていた。なんだか嵐が去ったような感覚になる。


『仲良くなりたいとおもった』

 先ほどの東雲の言葉が蘇る。


 置いていったかりんとうを一口食べると黒糖のほろ苦さと甘さが口いっぱいに広がった。夕霧は、こどもながらにほんの少しだけ、良いこともあるのかもしれない、と、かりんとうをもう一口頬張った。

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