昼
第12話
「ほら、さっさと歩くんだ」
時は今から10年前、紅葉のような手小さい手を太い腕が掴み引いていた。それに引っ張られるように、まだ5つにも満たない男児が草履を擦り歩いている。頭は剃られ、紺色の着物を着ている。どこからどうみても
楼の主人と手をつないでいる幼子をみると目を見開き大きな口を開けた。
「ご主人さま!男じゃないですか」
どうしたんですか!とうるさく問い詰める狐男に、楼主はうるせぇなと耳に指をつっこんだ。
そんな騒がしい状況でも、幼子は下を向き自分の着物を握りしめている。雨の降ってない地面にポトリ涙が落ち、乾いた地面を濡らしていた。
「陰間茶屋にでも紹介するんです?……それとも陰間茶屋もやるんですか?!」
「ギャアギャアうるせえな……うちで働かすんだよ!」
「でも、下男は足りてるって話ししたじゃないですか」
「客を取らすんだよ!」
楼主がそう言った途端、狐男は先程より目を見開き、あんぐり口をあけた。驚きすぎて声も出ない狐男を押しのけ横を通り、楼主に引っ張られながら店に入っていった。
「耄碌なすったんですか!」
「ああ、うるせえうるせえ!」
狐男は、ひとしきり騒ぎ、我に帰ると待ってくださいよ!と2人を追いかけ勢いよく扉を閉めたのであった。
女だらけのこの店に広い座敷にちょこんと
「なあに、何かいるの?」
「シ!声が大きい、男よ男。下男かしら?」
「小さすぎるでしょ、それに下男ならこんな座敷通さないわよ」
「じゃあ客?」
「馬鹿」
くすくすと騒つく遊女たちに痺れを切らした楼主が一喝すると、蜘蛛の子のように散っていった。煙管をふかしている老婆が、ジロジロと坊主の顔を見る。
「ね、似てるでしょう?」
楼主がニヤリと笑う。ひとつも表情を変えない老婆は、しわくちゃで骨のような手で
「……似てる。どっから探してきたんだい、こんなの」
老婆が顔から手を離し、煙管を吸う。煙が顔にかかると、
「朝霧、5年前孕んで産んだでしょう。男だったから、外の農家に里子に出したんですわ」
遊郭では堕胎法があったが、その方法は直接胎児を串でさしたり水銀を飲むなど、遊女の命にも関わるものでもあった。花魁や人気の女郎になると死なれては困るので、女ならそのまま遊女とし育て、又、里子に出したりしていた。
「……」
「今はこう無口ですがね、まだ声変わりしていない声なんか、朝霧そっくりで」
「へえ……よく見つけたもんだ」
「いやあ、街に出て驚きました。禿の朝霧がいたかと思って……いやはや、大きい収穫だ」
手放すんじゃなかったな、二度手間だと、気分の上がっている楼主を無視し、老婆は静かに
「……
老婆が煙を吐きながら、灰を落とす。楼主は、パァっと明るくなり、助かりますわと笑った。これから取れる金のことを思うと、楼主は意気揚々とそろばんをはじき出す。ずっと俯いている子供の頭を見ながら、老婆は呟いた。
「……女も地獄、男に生まれても地獄にゃ、ここは本物の地獄さね」
「なんか言いやしたか?」
「……いや、なんも」
廊下で耳を立てていた遊女たちは驚き、早速他の遊女に伝えようとバタバタと走って行く。その足跡に気づき、楼主は一瞬顔をしかめた。
「あいつら、盗み聞きしてやがったな……」
「ご主人、ご主人……」
「なんだァ?」
「……朝霧の馴染みは金持ちが多かったから、同じくらい金取れるってぇ算段ですね」
楼主に、狐男がこそりと耳打ちする。
「そう、そうだ!はは、俺の目に間違いはないだろう!」
「さすが、ご主人!」
俯いている
「……夕霧」
「なんですって?」
「……坊主の名前だよ。夕霧はどうだい」
と呟いた。頭が金のことばかりになっている楼主は、老婆の方を振りむき、それはいい名前だ!と声を張り上げた。
「おい夕霧!良い名を付けてもらったな!」
「……」
「辛気臭ぇ、笑顔のひとつでも見せろってんだ」
その
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