感動の名シーン(童話ver.)

※※※




「西校舎の3階か……。了解、っと」



 大和からのラ◯ンに『了解』とだけ返信をすると、フーッと小さく息を吐いて携帯をポケットへと入れる。


 本来ならば、片時も離れず美兎ちゃんの側に居たいところなのだが……。ミスコンの予選に通過していた俺は、やむなく美兎ちゃん達を一旦大和達に任せると、一人、ミスコン本戦へと出場してきた。


 ——結果は勿論、優勝。

 4年連続優勝という、素晴らしき偉業を成し遂げたその勇姿を、愛する美兎ちゃんに見せてあげられなかったとは……。なんとも心苦しい。

 とはいえ、未変装姿を晒す事が出来ない以上、仕方のないこと。

 


(…………。今日だけで、既に何回着替えてんだ、俺……)



 通りすがりのガラス越しに映った自分の姿を眺め、フッと鼻から息を漏らす。

 


(全く……。こんなにも慌しくも刺激的な文化祭は、生まれて初めての経験だぜ……っ)



 天使と見紛みまごう程の可愛らしさで、こんなにも俺を翻弄させる美兎ちゃん。

 一体、この先どこまで小悪魔ちゃんへと進化を遂げてゆくのかと想像すると、俺の心臓が持ち堪えられそうにもなくて……ちょっと怖い。


 ——が。そこは、這ってでも食らいついてゆく!



「……今、行くからね〜っ♡ 待っててね〜♡ 俺の可愛い、うさぎちゃんっっ♡♡♡♡」



 俺は瞬時にデレッと鼻の下を伸ばすと、ルンタッタ・ルンタッタと軽快に廊下をスキップする。

 ほんの少しの間とはいえ、俺と離れてさぞや寂しい思いをしているに違いない。仕方がなかったとはいえ、一刻も早く美兎ちゃんの元へと行かねば——。


 ギュルンッと勢いよく角を曲がると、そのまま西校舎の3階廊下を軽快にスキップしてゆく。



(俺の可愛いエンジェルちゃんは、どこかなぁ〜?♡♡♡♡)



 不気味な笑顔を浮かべながら、行き交う人々で混雑している廊下をキョロキョロと見渡す。

 そんな人集ひとだかりの中、神々しくも光り輝く天使を見つけ出した俺は、その姿を捉えると驚きに瞳を全開させた。




 ———!!?!!?




(……エッッッ!!?!!?)

 

 

 俺の目に飛び込んできたのは、車椅子に乗って健に押されている美兎ちゃんの姿。一体、俺の居ない間に何があったというのか——。

 気付けば、人集りを押し退けて夢中で廊下を駆け抜けていた俺。秒で美兎ちゃんの元へと辿り着くと、勢いよくその場にひざまずく。

 


「……っ、ど、どどどど、どうしたのっ!!? 美兎ちゃんっっ!!! ……足!!? 足でも挫いちゃった!!? ……大丈夫っ!!?!!?」



 目の前にある美兎ちゃんの足を凝視しながら、ペタペタと触ってくまなくチェックする。

 万が一にでも傷跡が残ろうものなら、健と大和の腹を2度……。いや、3度切腹させたって足りない程の一大事だ。



「バーカ。瑛斗、ちゃんと見てみろって」


「……っ!?」



 そんな健の声につられるようにして顔を上げてみると、俺と視線を合わせた美兎ちゃんがニッコリと微笑んだ。



(……っ、ぐぉぉぉおおーー!!! 可愛いっっ♡♡♡♡ 今すぐ抱きしめたいっ!!!!)



 エンジェル・スマイルを前に、俺は顔面蒼白だった顔から瞬時に顔を崩すと、鼻の下を全開に伸ばして一気に破顔させる。



「瑛斗先生。これ、コスプレだよ?」


「…………。ふぇ?」



 天使を目の前にして、その可愛さのあまり暫しほうけてしまった俺。

 告げられた言葉によくよく目の前を見てみれば、何やら美兎ちゃんの服装が先程までと変わっている。


 どこか、見覚えのある気がする水色のワンピース……。そんな美兎ちゃんの隣にチラリと視線を移してみると、そこには赤いワンピースを着た悪魔が立っている。

 これは——。



(……あ。ハイジ)



 ちゃんと車椅子に乗って移動するとは、なんとも完成度の高いコスプレ。まんまと騙されてしまった。


 だが——そのお陰で、こうして公然と美兎ちゃんの足にも触れることができたのだ。突然降ってきた、天からのお恵みとも言うべき、この幸運——! 

 後光の差し込む美兎ちゃんを仰ぎ見ると、感動に震える両手をグッと握って喜びを噛み締める。この手は一生、洗わない。



「これ、うちの出し物。……本当はコスプレ着て写真撮るだけなんだけど。せっかく遊びに来てくれた2人には、1時間レンタルさせてあげたよ」

 

「へっ、へぇ〜。そうなんだ……。にににっ、似合ってるね。……大和……っ。本当に、ありがとう……っ」



 こんなにも素晴らしい機会を与えてくれた大和に心から感謝をすると、喜びから溢れ出た涙がキラリと一雫、俺の頬を伝って床へと落ちた。



「瑛斗先生っ。これね、クララだよ。知ってる?」


「……うん」



 ハイジなんて見た事もなければ、ストーリーすらもよく知らなかったが……。楽しそうに話す美兎ちゃんの姿を見ているだけで、その可愛らしさから自然と俺の顔はとろける。



「じゃあ……あのシーン、やるね?」


「うん……っ♡」



 美兎ちゃんの言う、”あのシーン”が何なのかはよくわからないが……。はにかむような笑顔がただただ可愛くて、俺の顔面は蕩ける一方。

 車椅子に手を掛け、立ちあがろうとする美兎ちゃんの姿を見守る。



「…………!」



 これはあれだ。『クララが立った!』とかいう、あのシーン。その名場面らしき部分なら、ハイジを見たことのない俺でも知っている。

 そんな事を考えながら、床に片足を置いた美兎ちゃんの姿を眺めていた——次の瞬間。


 残されたもう片方の足を車椅子に引っ掛け、俺に向かって倒れてくる美兎ちゃん。

 その姿は——まさに、俺の胸へと飛び込んでくる天使のよう。なんて素敵なアドリブなんだ。


 これは……。今日一日、慌しくも頑張って乗り切った俺への、ご褒美なのだろうか——? 



「っ、……ぐふっ♡」



 堪えきれない喜びから、思わず溢れ出た小さな笑い声。俺は迷うことなく両手を広げると、そのご褒美を受け入れる体制に入った。



(さぁ……っ!! 俺の胸に、飛び込んでおいで……っ♡♡♡♡)




 ———ゴンッ!!!!




「フグゥ……ッッ!?♡!?♡」


 

 まるで落雷にでもあったかのような強い衝撃に、強打した顔面を真っ赤にさせると、そのまま卒倒して後ろに向かってぶっ倒れた俺。


 予想していた以上に激しい、美兎ちゃんからの求愛行動。どうやら、俺の準備では不足だったようだ。

 流石は予測不能な小悪魔ちゃん。頭突きとは、恐れ入った。


 激しすぎるその求愛行動に酔いしれながら、仰向けに倒れたままピクピクと痙攣する。



「……っ、きゃぁぁあーー!! 瑛斗先生っ!!!」



 強打した鼻からドクドクと鼻血を流す俺を見て、無事に立ち上がることのできた美兎ちゃんが顔面を蒼白にさせる。

 この世の何よりも愛しい、俺の可愛い可愛い天使ちゃん。君が無事なら、俺の犠牲はいとわない——。



「…………」


(……あっ♡ クララが……っ、立(勃)った♡♡♡♡)



 パンツ越しに見える美兎ちゃんの姿を見上げながら、ズキズキと痛み始めた股間に身悶える。


 ——主演、美兎ちゃん&俺の『クララ』。

 これぞ、感動の名シーンだ。



 俺の頭上で慌てふためきながら、パンツ付きという素晴らしいアドリブを披露してくれる美兎ちゃん。

 そんな姿を堪能しながら、俺はドクドクと流れ出る鼻血で貧血をおこしつつも、ニヤリと不気味に微笑んだのだった——。

 

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