殺人級、サプライズ

※※※




「はい。……じゃあ、今日の勉強はこれで終わり。お疲れ様、美兎ちゃん」


「うんっ。瑛斗先生、今日もありがとう」



 俺に向けて可愛らしく微笑んだ美兎ちゃんは、椅子から立ち上がるとすぐ後ろの床へと座り直す。そんな美兎ちゃんの姿を追うようにして、俺は座っていた椅子ごとクルリと後ろを振り返った。



(……っ、あぁぁぁああッ♡♡♡ 可愛いッッ♡♡♡♡)



 相変わらずの天使のような可愛らしさに、我慢できずに鼻の下を伸ばすと顔面をとろけさせる。

 美兎ちゃんの膝の上で嬉しそうに甘えている山田が……ちょっと、いや、だいぶ羨ましい。



(クソ……ッ!! 犬の分際で、忌々しい奴め!!! ……たまにはそのポジション、俺に譲れっ!!!)



 そんな不毛な嫉妬を抱きながら、滲んできた涙を堪えてギッと山田を睨みつける。すると、その視線に気付いた山田がポテポテと俺に向かって近付いてきた。


 ピコピコと小さな尻尾を振りながら、俺の足に懸命にしがみついてくる山田。そんな山田を持ち上げて見てみると、その顔はなんだか自信と喜びに満ち溢れている気がする。



「…………っ、」



(そりゃ……、嬉しいだろうよっ!)



 なんとも言いようのない敗北感に、悔しさから持ち上げた山田をグッと抱きしめる。こうなれば、もはや間接的に美兎ちゃんの温もりを味わうしかない。

 俺の耳元でハァハァと呼吸を荒げる山田を抱きしめながら、その温もりに顔をうずめてホロリと涙を流す。


 そんな俺の涙を拭うかのようにして、ペロペロと俺の顔面を舐めているのは美兎ちゃんの舌……。と、そんな素敵な錯覚をしたいところだが、残念ながらとても犬臭い。

 それはもう、俺の妄想も一気に冷める程の臭さだ。


 先程、自分で出した糞を嬉しそうに咥えていた山田の姿を思い出し、舐められた頬を全力で擦って唾を拭き取る。そんな俺を他所に、プリプリとケツを振りながら嬉しそうに俺を見つめている山田。

 

 悔しいが、敗北を認めざるを得ない。



「……あっ! 瑛斗先生。実はね、今日はプレゼントがあるんだぁ〜」


「……えっ!?♡♡♡♡」



 突然聞こえてきた美兎ちゃんの愉しげな声にいざなわれ、俺はパッと明るい笑顔を見せると美兎ちゃんの方へと視線を移した。

 何やら、スクール鞄をゴソゴソと漁っている美兎ちゃん。その横顔は、やけにご機嫌なご様子だ。



「はい、これっ! ……今日ね、調理実習でクッキー作ったのっ。いつもお世話になってるから、瑛斗先生にあげようと思って!」



 そう告げながら綺麗にラッピングされた袋を差し出すと、俺に向けて眩しい笑顔を見せる美兎ちゃん。



「……っ、……」



 嬉しさから溢れ出そうになる涙を必死に堪えると、歓喜に震える右手で目の前の袋を受け取る。


 明日は11月11日。ポッキーの日。実は、俺の誕生日だったりもする。だが、美兎ちゃんは勿論知らない。

 受験生である美兎ちゃんには受験だけに集中して欲しい。そんな気持ちから、俺の誕生日など元々言うつもりはなかったのだが……。


 これは、愛故の奇跡なのだろうか——?


 図らずも、美兎ちゃんからクッキーを貰うことができたのだ。

 しかも、聞き間違えでなければプレゼントと言っていた。プレゼント……。


 そう——! これは、誕生日プレゼントだ♡♡♡♡



(グハハハ……ッッ!! まいったか、山田めっ!! 俺の勝ちだッ!!!!)



 圧倒的な勝利を前に、受け取った袋を抱きしめて脳内で高笑いをする。



「……あっ、あああ、ありがとう(愛してる)っ! 美兎ちゃん♡♡♡♡」



 初めて貰う、美兎ちゃんからの手作りプレゼント。そのスパイスは、きっと俺への溢れる程の愛に違いない。

 そう思うと、今すぐ全裸になって踊り出したいぐらいに嬉しい。


 抱きしめていた胸元からそっと袋を離して見てみれば、そこには俺への愛が詰まったクッキーがある。正直、クッキーだと言われなければ……ミニハンバーグに見えてしまいそうな程に、だいぶいびつな形をしたそのクッキー。


 確か、クッキーとは型で生地をくり抜くものだったような気がするが……。型を以ってしても、はみ出てしまう俺への愛と、美兎ちゃんの芸術的センス。流石だ。



「さっそく……食べてみても、いいかな?」


「うんっ!」



 ガサガサと袋を開け始めた俺を見て、ワクワクとした表情ながらも静かに見守っている美兎ちゃん。そんな姿も、たまらなく愛しい。

 叶うものなら、そんな美兎ちゃんごと今すぐ食べてしまいたい——。



(グフッ♡ ……いただきま〜すっ♡♡♡♡)



 そんな邪念を抱きながら、取り出したクッキーをパクリと口に含んで咀嚼そしゃくする。



「……っ!? ガハァ……ッッ!!!」



 勢い余って椅子から転げ落ちた俺は、テーブルに置いてあったグラスを手に取ると、中に入っていたお茶を一気に飲み干した。



(こっ……、これが……っ。噂に聞く、胃袋を掴まれるって……、やつか……っ!!!?)



 胃袋を掴まれる前に、喉に穴が開いてしまいそうな程に強烈だ。ハァハァと呼吸を荒げながら、口端に垂れたお茶を袖で拭う。

 初恋の思い出は甘酸っぱいとはよく聞くが……。美兎ちゃんの俺への愛情は、そんな生温いものではなかったようだ。軽くみていた俺が馬鹿だった。


 そう——これは、殺人級の塩っぱさ!



(っ、うさぎちゃん……! 俺も……っ、愛してるよっ♡♡♡♡)

 


 いよいよ本格的に俺を殺しにかかってきた美兎ちゃんを前に、恐ろしく殺傷能力の高いクッキーが入った袋を握りしめて脳内で愛を囁く。

 君の愛に殺されるなら、それは俺の本望だ。受け止めきれない訳がない。



「瑛斗先生っ! 美味しい!?」



 俺を見つめながら、ワクワクとした瞳を輝かせている美兎ちゃん。



「うん……っ♡ 死ぬほど、美味いよ♡♡♡♡」



 間違いなく、死ぬほどだ。きっと、死因は”愛”という名の塩分過多による中毒死。



「よかったぁ〜!」



 俺はクッキーの入った袋をテーブルに置くと、空になったグラスにトポトポとお茶を注いでゆく。



「……み、美兎ちゃん。ところで……試食って、したのかな?」



 嬉しそうに微笑んでいる美兎ちゃんに向けてヘラリと笑ってみせると、俺の言葉を受けて暫し考える素振りをみせた美兎ちゃん。



「…………。ううん、してない」



(で、ですよね……)



「忘れてた〜。ミトも食べてみよ〜っと!」




 ———!!?




 美兎ちゃんの発した言葉に、ビクリと肩を揺らして驚いた俺。クッキーに向けて、美兎ちゃんの手が伸ばされた——次の瞬間。

 俺は奪うようにしてシュバッと素早く袋を掴むと、ザーッとクッキーを口に含んで、注いだばかりのお茶で一気に流し込む。



「……ふグゥッ!!? グ……ッ、ガハァッ!! ハァハァハァ……。ご、ごべん……美どちゃん……っ。お……おいぢっ、すぎで……全部、食べ……ぢゃっ、た……っ」



 焼け切れそうな程の喉の痛みを堪えながら、必死な形相で美兎ちゃんに向けて笑顔をみせる。

 美兎ちゃんからの愛を余す事なく受け入れたどころか、クッキーという脅威から美兎ちゃんを守ることにも成功したのだ。これぞまさに、死して尚一片の悔いなし——。


 フッと意識を失うような感覚に、力尽きた俺の身体は床へと向かってぶっ倒れる。



「……キャッ!!? 瑛斗先生っ!! どうしたのっ!? 大丈夫っ!!?」


 

 心配そうに焦っている美兎ちゃんの声を遠くの方で聞きながら、ボヤけてきた視界の中で必死に美兎ちゃんの顔を見つめる。


 たった一つ、未練があるとするなら——。

 美兎ちゃんとの、ラブラブ新婚ライフ♡ を味わってみたかった。



(その時は……。料理は、俺に任せてくれ……っ)

 


 遠くなる意識の中、確かに感じる美兎ちゃんの太腿の感触。その念願だった膝枕の心地よさに酔いしれながら、俺は薄っすらと不気味に微笑んだのだった。



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