【第三章】◆ここは地獄、夢の国

 プールに向かった夏凪、斎川と別れた俺は、しばらくデッキに立って考え事をしていた。

 一年ぶりに再会したかつてのなかま

 この久しぶりのかいこうを、偶然と呼ぶのは簡単だ。

 だけど、それをやってはいけないことを、今の俺は知っている。

 あの心臓の一件で、俺は夏凪に教えられた──人の思いを、人との出会いを、偶然などという天任せで無責任な言葉で片付けてはならない。

 この一連の出会いと再会には、すべて意味があると考えるべきだ。

 そんな風に思考をまとめながら、俺はとある場所に足を運ぶ。

 いま俺がやるべきは、話すべき相手とちゃんと話すことからだ。そしてその相手となる人物がいる場所は……まあ、多少の付き合いの長さから予想はつく。

 それから広い船内を進み、ひときわ大きなドアを開く──と、

「はは、こりゃ懐かしい」

 まず目に飛び込んできたのは、ずらりと並ぶスロット台。

 そして奥にはルーレットやバカラが遊べる緑色のテーブルが置かれ、ディーラーがゲームを取り仕切っている。

 ごうけんらん、酒池肉林。

 ここは人の欲望渦巻く、じごくの楽園──カジノ。

 日本では法律で禁じられているカジノだが、ひとたび海に出てしまえばその縛りからも解放される。

 ……いや、それにしても懐かしい。

 ラスベガスにマカオ、シンガポール。数年前、シエスタと世界を飛び回っていた頃にはこうしたギャンブルもたしなんでいた。なけなしの金でたまに大勝ちした日には、シエスタと二人、豪遊したものだった。

 豪遊と言えば他にも、いつだったか飲めもしない酒を二人して飲んで、その後ふらふらになりながら……いや、その話はやめておこう。あれはきっと、そう、若気の至りだった。

 と、過去の話は置いといて。

 いま大事なのはがこの場所にいるかどうかだが……ああ、予想通り。早速見つけた。

「う、なんで……これでワタシだけ十七連敗……」

 そいつはポーカーの遊技台でがっくりうなだれ、自慢のブロンドもまるで漫画のキャラのように乱れている。

「うう、こんなの絶対おかしいわ。もう一度……もう一度よっ」

 が、しかし懲りる様子もなく二十ドル紙幣を財布から取り出し、ディーラーからチップと交換してもらおうとしていた。

「なにやってんだアホ」

 まったく、これ以上見てられん。俺は金色の頭に手刀を入れる。

「だ、誰?」

 驚いたように肩が跳ね、そいつはやがてぎこちなくこちらを振り向く。

「泣くまでギャンブルをやるバカがどこにいる」

 そこには、瞳いっぱいに涙をめたシャルが座っていた。

「う~~~、キミヅカ、勝てない……」

「さっき俺たちにけん売ってた時の威勢はどこにいった……」

 まあ、そもそもシャルという少女は元来こんな感じである。

 シエスタに関する話になると我を忘れがちになるのだが、基本的には年相応の……いや見た目が大人っぽい分、だいぶ幼い言動が目立つ。誤解を恐れずに言うならポンコツ、シエスタの言葉を借りるならまあまあバカである。

 ……俺が言ったんじゃないからな? シエスタの評価だからな?

「なんでポーカーなんかやってるんだよ」

「……だって、マームのっていうぐらいだから、カジノで勝ち続けてたら、なんか、こう、景品みたいな感じで出てくるのかなって……」

「ああ、やっぱちゃんとバカなのな」

 まあ、そのおかげで居場所がすぐ予想できたんだけどな。

「ちゃんとバカってなによ!」

「シエスタがお前のことをよく見てたってことだよ」

「えっ、マームがワタシをよく見てた? ……へへ」

 へへ、じゃないわ。泣いたり怒ったり笑ったり、忙しいやつだな、まったく。

「ちょっと代われ」

「え?」

 俺はシャルに代わって、若い女性ディーラーの前に座る。

「負けた分ぐらいは取り返してやるよ」

「……か、代わりにワタシはなにを要求されるわけ?」

 身体からだを抱いて後ずさりをするシャル。だからお前はアホだと言われるんだ。

「少し、話ができればそれでいい」

「……話?」

「ま、あとでな。またさっきの甲板ででも」

 言って俺は二十ドル紙幣をディーラーに渡す。

「まあ見てろ。昔からポーカーは、ちょっとばかり得意なんだ」

 お前との違いを、どこかの名探偵に見せつけてやるさ。

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