【第二章】◆その瞳に視えているもの

「まったく、いきなりなにを言い出すんですか、助手さんは」

 表情がなくなっていたのもつか、いつものアイドルスマイルに戻るさいかわ

 そのプロの技には、俺ですらどこか恐怖を覚える。

「わたしがお二人を殺そうとしていたとおつしやるのですか? あはは、助手さんはミステリ作家の方がお似合いみたいですね」

 一度は言ってみたかった台詞せりふです。そう言って斎川は微笑ほほえむ。

「ちょっと、きみづか? 斎川さんはもう告白したんじゃないの、自分の秘密を。あたしだってそれ以上のこと、あんたから聞いてない……」

 三人の中で最も困惑を浮かべるのはなつなぎだった。

「犯人の狙いは、宝物庫のサファイアじゃなくて斎川さんのひだりなんだって。だから、宝物庫の警備に行かないでドームの方に向かうんだって……あたし、それしか」

 そう、俺はまだ、夏凪にも事の真相をすべて話したわけではなかった。

 斎川が自分の口で語ることを期待したが、どうやらそれは諦めるしかないらしい。

「夏凪が言う通り、斎川は自分の秘密については明かしたが……うそについては告白していない」

「嘘? どういうこと?」

 一方の斎川は、微笑をたたえたままじっと俺の言葉を聞いている。

「斎川ゆい──お前は最初から、。そうだな?」

 えっ、と夏凪が固まる。

「いや、実際のところ夏凪はついで、ってところだろうけどな。敵の狙いは恐らく俺だ」

「そんな……なにか証拠でもあるの?」

 探偵であるはずの夏凪の方が被疑者のような台詞せりふを吐き、当の斎川は相変わらず動揺を見せない。

 Prrrrrrrrrr──

 と、そのとき。ポケットの携帯に着信が入った。

「もしもし、君塚です。……はい、はい……そうですか。いえ、お手間を取らせました。……ありがとうございます。では、また」

 良かった。向こうも首尾よく事は進んだらしい。

「君塚、今のは?」

「ああ、ふうさんだ。今しがた、斎川邸のをすべて撤去し終えたそうだ」

 さすがはふうさんの指揮する爆弾処理班。問題なく事を進めてくれたらしい。

「……! で、でも犯人の目的はさいかわさんのひだりだったはずじゃ……どうして彼女の家にまで?」

「だから、やつらの狙いは二つあったんだ。一つは言った通り、斎川のサファイアの左眼。そしてもう一つは──今日、斎川邸の警護に当たるはずだった俺となつなぎの命だ」

「どういうこと? 犯人は、『宝物庫のサファイア』じゃなくて、『宝物庫にいるあたしたち』を狙うつもりだったってこと?」

「そういうことだ」

 なにも知らずにノコノコやって来た俺たちを、時限つきの爆弾で爆殺しようとしていたのだろう。さっきのボウガンといい、敵は直接姿を見せない腹らしい。

「つまりは、斎川が俺たちについていたうそっていうのがそれだ。斎川は最初から犯人たち側の計画を知っていて……いや知らされていて、俺たちをあの宝物庫に誘導していたんだ」

「そんな、証拠は?」

 信じたくない、と言わんばかりに夏凪が詰め寄ってくる。

「風靡さん、知らなかったってよ」

「え?」

「斎川宅に犯行予告が届いているなんて情報、警察には一度も寄せられてなかったって」

「そんな……警察には相談したけど取り合ってくれなかったんじゃ。だからあたしたち探偵に頼ったって、そう言って……」

 夏凪が斎川を見る。青い瞳は、一ミリも揺れ動くことはない。

 俺が初めて斎川に会った日に抱いた違和感。その一つがそれだ。

 あれだけ金があるんだ。それをちらつかせて動かない警察は、良い意味でも悪い意味でも警察じゃない。

 そこであの後念のために風靡さんに連絡を取ってみると、予感は的中していた。警察は、斎川邸への犯行予告を一切把握していなかったのだ。

 それはつまり、斎川は最初から、警察ではなくに接触しているということで、俺たち二人になにか特別ながあるということに他ならない。

 確かにその時点ではまだそのが、であるとまでは言えない。だけど、夏凪にはともかく、俺には命が狙われる理由がある。そしてその犯人たち──敵にも心当たりが。

「でも、おかしいでしょ? どうしてアイドルの斎川さんが、そんなこと……まさか──」

 夏凪が言う「まさか」の先は、恐らく事実とは違う。

 彼女は《SPESスペース》の一員では決してない。

「脅されてたんだろ」

 その時はじめて、わずかに、さいかわの小さな肩が揺れた。

「そのひだりを奪われたくなければ、きみづかきみひこを始末しろ、とかな」

 それが、やつらが出した条件。

 斎川は、きっと自分の命よりも大切なその左眼を守るために俺たちを敵に売ったのだ。

「けどな、斎川。あいつらはそんなに甘くない。奴らは俺たちの命もろとも、お前の左眼も奪おうとしていた」

 いや、もしかすると奪うどころか、しようとしていたのではないか。

 サファイアの左眼を、あのボウガンの矢によって。そして、その目的は──

「でも、どうして」

 割って入ったのはなつなぎだった。

「犯人は……君塚の言うその組織は、どうして斎川さんの左眼まで狙うわけ? いくられいな義眼だからって、そこまでして……」

「義眼……そんな、生易しいものじゃないんだよ、ソイツは」

「え?」

 あいつらが狙うからには、それ相応の理由がある。

「そうだろ、斎川? なあ、お前には今、?」

 斎川は、ちら、と一瞬、俺の足元にあるクラッチバッグに視線をやった。

「護身用、ですか?」

 ようやく発した声音は、いつも通りに優しく愛くるしい。

 やはり、か。

 さすがアイドル。、そんな微笑ほほえみを浮かべられるとは。

「護身用か。ああ。どうにも俺は昔から、命を狙われる場面にやたらと遭遇するもんでな」

 俺は、素早くかばんに片手を突っ込みながら、空いた手で夏凪を後ろに突き飛ばす。

 そして、引き出した拳銃を、正面に構えた──


「わたしの《左眼》は、


 同じように、俺たちへと拳銃を向ける斎川ゆいに対して。

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