【第二章】◆スーパーアイドルは、かく語りき

 さて、今回のこの事件。

 一体どこから、なにから説明すれば正しく伝わったのか。

 誰の視点から語れば、分かりやすい物語になったのか。

 残念ながら俺の職業は学生で、もしくは助手で……すなわち断じて小説家などではないわけで。ゆえに、今回のてんまつを仮に誰かに物語ることがあったとしても、ストーリーテラーとしては失格のはずだ。

 それぐらい、うそと、秘密と、隠し事と……とかく宙に浮いた情報が多すぎた。さぞや、とんちんかんな展開になっていたに違いない。

「いえ、それも全部わたしが悪いんです」

 ライブが終わった、その後。

 俺と夏凪は、斎川に呼び出されて、彼女の楽屋にいた。

 そして俺たちの対面に正座で座った斎川は、うつむきながら反省の弁を口にする。

「わたしが、最初からお二人に話しておくべきだった情報を隠して、勝手に一人で判断して、その結果、こういう物語になってしまったんです。お二人には、いっぱい迷惑をかけてしまいました」

 ごめんなさい。

 そう言ってさいかわは深く頭を下げた。

「……えっと。まだあたし、完全には理解できてないんだけど……説明してもらえる?」

 探偵でありながら事の真相を把握できていないことを恥じる気持ちがあるのだろう。ためらいがちになつなぎはそっと手を挙げた。

 しかし、それを言うなら俺も同じだ。

 今回の事件の真相……この結末に至った経緯については、まだ推測の域を出ていない。当人の口から語られるのを、俺もずっと待っていた

「……そうですね。わたしにはその責任があります。では少し長くなると思いますが、聞いてください」

 斎川はひだりにつけていた眼帯を再び外した。

 きっとこの世のすべてを映し出すその青い瞳は──サファイアのように美しい。


「さて、わたしはなにからお話しすればよいのでしょう?」

「いえ、きっと、なにもかもですよね、分かっています」

「ではやっぱりまずは、この左眼のことから……というか、結局それがすべてかもしれません」

「わたしのこの青い義眼は、八歳の誕生日のときに、両親からもらったものです」

「そうなんです、探偵さん……助手さんの方は気づいておられたかと思うんですが」

「ええ、これは義眼です、いわゆるオッドアイではありません」

「生まれつき左眼が見えなくて、それをコンプレックスに感じていた幼い頃のわたしは、とても引っ込み思案な子供でした」

「そんなひとり娘を心配した両親が、少しでもわたしが前向きになるようにと、与えてくれたのが、この海よりも青いサファイア色の義眼です」

「当時のわたしはそのあまりの美しさに魅入られ──さすがに人前でさらすようなことはしませんでしたが──それでも、この瞳があるだけで、なんだか自分に自信が持てるようになったんです」

「その頃でした、わたしがアイドル活動を始めたのは」

「お父さんもお母さんも、元気になったわたしを見て喜んでくれて、それがうれしくてわたしはもっともっとレッスンを頑張って」

「ああ、これが生きているってことなんだって……大げさだと笑われてしまうかもしれませんが、確かにわたしはそう思ったんです」

「すみません、少し話が脱線しましたね」

「ともかく、そうやってアイドルとしても順風満帆な生活を送っていたわたしですが、そんな生活も長くは続きません」

「三年前、わたしが十二歳のときに両親が事故で亡くなりました」

「二人が残してくれたのは、大きなおうちと、使い道もない途方もない額の財産と、そして……このひだりでした」

「だからわたしにとってこの青い瞳は、なによりも大切で、かつ、わたし一人の胸の中に大切にしまい込んでおきたいものでもありました」

「それゆえ、わたしは普段から眼帯をつけ……ただ、大きな舞台のほんの一瞬のタイミングでだけ、この左眼を見せることにしていたんです」

「でないと、もし両親が天国からライブをに来てくれても、気づいてもらえないかもしれませんから」

「わたしは、この青い青い宝石のような瞳は、わたしと、それからお父さん、お母さんをつなぐたった一つのくさびであり、人に見せて回るようなものではないと考えていました」

「そういうわけで、わたしは義眼のことを、お二人にお話ししていなかったのです」

「でもまさか、犯人がわたしのこの瞳を指して『奇跡のサファイア』などと呼んでいるとは、夢にも思いませんでした」

「ちょうどさいかわ家の宝物庫には、時価三十億円と言われるサファイアの宝玉がありましたから、わたしはてっきりそれのことだと勘違いしていたんです」

「最初からすべての情報を開示していれば、こんなお手間をおかけせずに済んだと思うと……本当にすみませんでした」

「そしてありがとうございました」

「探偵さんたちは、今日はわたしの家の方に行っているとばかり思っていたので、少し驚きましたが……さすがですね」

「わたしの秘密も見抜き、犯人の真の目的に気づいて、駆けつけてくれたんですよね」

「しかも、それをステージの演出だということにして、お客さんを不安にさせない工夫までしてくださって」

「お二人に依頼してよかったです」

「本当に、本当に──」


 ──ありがとうございました。

 語りを終えたらしい斎川は、俺たちに向かって、床につかんばかりに頭を下げた。

 そう……斎川も言った通り、犯行予告にあった時価三十億円のサファイアとは、斎川邸にある家宝の宝石ではなく、斎川自身が持つ青色の義眼のことだった。

 犯人は、斎川がステージ上でその青く光る瞳をさらけ出すタイミングを狙って、遠くから狙い撃ちをしようとしていたのだ。

 だが結果的にはこうして一人の被害者も出さず、またサファイアが盗まれることもなく、事件は……物語は終わりを迎えた。疑いようもないハッピーエンドである。

「もういいから……顔、上げて?」

 なつなぎの言葉に、さいかわはゆっくり面を上げる。

 その顔には、感謝と謝罪の念が入り混じっているようで……それでも、なにかものが落ちたような、そんなあんの色が見受けられた。

 そうして俺たちは和解して、二、三の言葉を交わした後、幾ばくかの報酬を頂いて──それから新しい水着を買った夏凪と、二人で約束した海に行く──ああ、これで今回の件も無事に片付いた。

 いくつかのトラブルと、予想外の展開に、多少驚きと疲れはあったものの、これぐらいなら大した問題ではない。シエスタと共に過ごしたあの三年間の方が、よっぽどリスキーでバイオレンスな毎日だった。

 さあ、平和な日常に帰るとしよう。

 まずは夏凪と相談して、どこのビーチに行くか話し合うのもいいだろう。だったらいつもの喫茶店に集合だな。

 ──そんな風に。

 何事もなかったかのように、気づかなかったように、この場を後にすることも、今の俺にはできただろう。

 もしも一週間前の俺なら。夏凪と、あるいはその心臓に出会う前の俺だったなら、このまま何も知らない風を装って楽屋を出ていたに違いない。

 その方が、楽だから。そうすれば、平和な日常が待っているのだから。

 だけど、残念ながらと言うべきか、目をつぶるのはもうやめた。

 斎川は確かに、隠していた秘密を俺たちに吐露した。

 けれど、うそはまだ、明かしていない。

「なあ、斎川」

 俺の呼びかけに、彼女はこちらに顔を向ける。

「はい?」

 純真、きょとんと首をわずかに傾け、俺を見つめる。

 彼女はアイドル──どんな表情だって、瞬時に作れる。

 笑顔も、泣き顔も、思いのままだ。


「俺と夏凪を殺せなかったペナルティについては大丈夫なのか?」


 その瞬間、アイドル斎川ゆいの顔から、すべての色が消えせた。

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