【第二章】◆井戸端会議は終わらない
その翌日のこと。
俺は単身、近所にある大型ショッピングモール内のCDショップを訪れていた。
目的は、
「結構出てるんだな」
ショップの入り口すぐには斎川にフィーチャーしたコーナーが作られており、ここ数年で発売されたCDがずらりと並んでいて、モニターには彼女が歌って踊るライブシーンが映っていた。
「眼帯なんてしたままで、よく踊れるな」
キャラ付けのためと言っていたか。ハート形の眼帯を
「──
「っ……!」
突然背後から耳元に声をかけられ、思わず肩を跳ねさせる。
「なるほどなるほど、君塚さんは耳に息を吹きかけられることに
「勝手な解釈で勝手に納得をするな──斎川」
後ろを振り向くとそこには、今そこでモニターに映っている少女が、なぜかしたり顔で立っていた。
「変装もなしにこんな場所に来て良いのか? パニックになるぞ」
「フード
案外バレないもんですよ、と斎川は得意そうに言う。
「して、君塚さんはどうしてここに? やっぱり私のことが気になっちゃいました? ファンになっちゃいました? 好きになっちゃいました? でもごめんなさい、わたしアイドルなので恋愛はNGなんです、また来世でよろしくお願いしますね?」
「勝手に告白させて勝手に振るな。ここに来たのは単なる実地調査みたいなもんだ」
この自称さいかわアイドル、自分の
「実地調査ですか。なるほどなるほど、わたしと同じですね」
「斎川も?」
「ええ、実は先週わたしの最新シングルが出たばかりで。どれぐらい手に取ってもらえてるか気になっちゃいましてね」
そりゃあ殊勝なことだ。世間のことは
……だが今のこの時代に、わざわざ店舗で実地調査? いやまあ俺も似たようなことをしている身で人のことは言えないが。
「今日は探偵さんとは一緒じゃないんですね」
「ああ。探偵と助手が常に一緒じゃなきゃダメって決まりもないからな」
「そういうものですか。にしても、めちゃくちゃ美人さんですよね」
言いながら、斎川は自然に俺の右隣に立つ。
「まあ、見てくれはな。性格は若干アレだったりもするが」
「あ、
「自分を
むしろ
「ええ、これぐらい自信を持ってないとアイドルの世界で生き抜くのは大変なんですよ」
「ライバルに衣装を切り裂かれたり、靴に
「嫌な舞台裏を暴露するな」
「でもそんなライバルたちも、なぜか翌日にはみんな表舞台から消えているそうです」
「偶然だよな、きっとそうだよな?」
「
「怖いから今の話の流れでその議論に持って行くな! そして賛成もなにも日本では銃の所持は最初から認められていない」
と、過去に目を
「ふふ、君塚さんはリアクションが面白いので好きです。ジョークですよ、ジョーク」
斎川は人懐っこい笑顔で俺を見上げる。
「どこからどこまでがジョークなんだか」
「君塚さんのことが好き、という部分がジョークです」
「なるほどよく分かった。お前、俺のこと
「あはは、今のこそが冗談ですよ」
笑いながら斎川は、目の前の試聴コーナーに手を伸ばす。
相変わらずこの女子中学生は、なにが本音でなにが建前なのか、まるでつかみ所がない。つくづくアイドルというのは難儀な職業だなと、自分のCDを楽しげに試聴している斎川を横目に、俺は思った。
「今さらだが、いろいろ大丈夫か?」
曲の再生が終わったタイミングを見計らい、俺は斎川に
「はい? なにがです?」
「日曜はドームライブだろ? なのにあんな予告状が届いて、その、なんだ、メンタル的にというか」
斎川には両親もいない。まだ中学生の彼女が一人で背負うには重すぎる事態のはずだ。
「……大丈夫です」
すると斎川は、前を向いたまま、すっと手を自分の
「わたしは、一人じゃないので」
「……?」
「お父さんとお母さんは、いつも──」
だが、そんないつもと少し違う様子だったのも一瞬のことで。
「優しいんですね、君塚さんは」
くるりとこちらに
「優しい? あんまり人に言われたことはないが」
「もしかすると、
「俺を『博士と暮らしているうちに感情を知ってしまったロボット』みたいに扱うな」
「これが喜び。あれが悲しみ。その涙は、君の心だよ」
「いきなり感動SF映画風になってきたが」
「それはそれとして、君が造られた目的はその身を犠牲に敵を破壊することだけだよ」
「理不尽だ……感動の展開を返せ」
俺が頭を軽く小突くと、斎川は「やっぱり君塚さんは面白いです」とくすくす笑いながら、フードの中で髪の毛を耳にかける。わざわざ手をクロスにしてその動作をするあたりが、あざとさを二割増しにしている。
「そんな安い手には引っ掛からねえからな、俺は」
「ふふ、果たしてわたしの魅力たっぷりのDVDを
「ただのライブDVDに妙なイメージをまとわすな」
しかしそう言われると、本人の前でそれを買うのもなんとなく
「それじゃ、俺は帰るぞ」
「分かりました、ではまた」
依頼の件よろしくお願いします、と背中越しに声が届き、俺は後ろを向いたまま手を挙げて応えた。
それから店を出た俺は、スマートフォンを取り出し電話帳をタップした。
「……思ったより、厄介なことになりそうだな」
やがて1コール、2コール、3コール目で通話が
『もしもし?』
「あー、今ちょっといいですか──
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