【第二章】◆あたしは、死なないから

 その後、斎川の案内で宝物庫や家の中を一通り案内してもらい、連絡先を交換してからこの日は解散となった。

 そして斎川家からの帰り道、

「どう思った?」

 すっかりが落ちた中、俺は隣を歩くなつなぎに尋ねた。

「なにが?」

「この依頼、解決できそうか?」

「思ってたのと違った……って言ったら怒る?」

「怒るかよ」

 誰かの代わりになろうとするな、という俺の忠言を聞きながらも、それでも探偵役を買って出た夏凪。そこにはきっと、勢いもあっただろう。熱に浮かされた部分だって。

 しかも、いきなり舞い込んできたその依頼は、おおよそ普通の探偵が引き受ける仕事とはまた別種。面食らうのも仕方がない。

「なんてね。けど探偵って、大変なのね」

「普通の女子高生生活は送れないかもな」

「探偵ってもっとこう、脱走した飼い猫を探すとか、そんな仕事ばっかりだと思ってた」

「お前は今すぐ全国の探偵業者に謝れ」

 ……とは言え、あながちその認識も間違っていないのだが。

「昨日さ」

 なつなぎが言いながら、街灯の下でふいに足を止めた。

「夢、見たんだ──シエスタさんの」

 多分あんなことがあったばかりだから、と夏凪は俺に視線を向ける。

「……そうか。あいつ、元気そうにしてたか」

「とりあえず、めちゃめちゃ美人でびびった」

「だろ?」

「や、そこできみづかが得意げなのは意味分かんないけど」

 ……ところで、夏凪はシエスタに会ったことはないはずだ。ということは、昨日の俺の話を聞いて、想像で脳裏に描いていた姿のシエスタを夢で見たのだろう。

「あいつとなにか話したか?」

「あー、なんか、めちゃくちゃけんした……」

「夢で初対面の人間とめちゃくちゃ喧嘩するなよ……」

 いやまあ、なんとなく分からないでもないか。

 シエスタと夏凪、タイプは正反対っぽいからな……理論型と感情型というか。両方ともぶっ飛んでいるという意味では、似ているとも言えるが。

「好き放題に言い合って、なかなか折れなくて、ちょっとだけ手が出て」

「女のリアルファイトとか絶対見たくないが」

「でも最後には」

 夏凪の、息を吸う音が聞こえた。


「あんたを任せるって、そう言われた」


 街灯の下、実直なまなざしが俺を見つめていた。

「……てか喧嘩の原因、俺かよ」

 なんとなく決まりが悪く、俺は適当なごとそうとした……のだが。

「……! っ、違うから。別に君塚の取り合いをしてたとかじゃないから」

「え、なにその反応。逆に困るんだが……」

「あー、あー! この話題は終わり!」

 と、急に話をぱたぱたと畳みだし、同じくぱたぱたと手で顔をあおぐなつなぎ。この時間は結構涼しいはずなんだけどな。

「とにかく! あたしは探偵として、きみづかは助手として、共に頑張りましょってことよ」

「へいへい、水着も懸かってるしな?」

「君塚も見たいでしょ? あたしの水着姿」

「あー見たい見たい。超見たい」

「適当むかつく」

 ジト目の夏凪が俺の顔をのぞき込んでくる。

「まあいいけど」

「いいのか」

「じゃあ無事にこの依頼を解決できたら、一緒に海に行かない?」

「突然死亡フラグを打ち立てるな」

「死なないわよ」

 すると夏凪は、トトっと数歩前に出たかと思うと、振り返って、


「あたしは死なない。あんたを置いて勝手にあたしだけ死んだりなんて、絶対しないから」


 この心臓に誓って。

 夏凪はそう言って、左胸に手を重ねた。

「そうか」

 ぬばたまの夜空に、眉月が浮かぶ。

 遠い、遠い、月影に向かって、俺たちは歩いた。

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