第4話 薬味という愛



「えっ!?同棲!?」

大声で全身を乗り出してきたのは、同僚の日下部 美紗子だ。

「ちょっと、美佐子、声が大きい」

「なぁっ、あんた何も言わずに・・・!」


ランチは時間が会えば2人で近くの定食屋によく行く。

「別に、同棲ってそんなに大それたことかな。都合がいいと思っただけなんだけど」

「いやいやいや」

美紗子は全力で首をふる。

「私が言ってるのは、あんたが同棲っていうのが信じられないってこと!」

「えー?」

「洋子って、プライベートに干渉されるの大嫌いじゃない。それが原因でいつも「冷たい」って振られてるのに。その洋子が自ら、同棲を提案!?俊助くん、恐ろしい子・・・」

美紗子の私と俊助が出会った合コンに参加していたので、俊助のことは知っているのだ。

「あぁ、言われてみれば確かにね。でもさ、別に私、俊助にだってプライベート邪魔させてないし」

私は定食のみそ汁を一気に飲み干した。出汁がきいていておいしい。

珍しい赤味噌のみそ汁で、この匂いがなんとも食欲をそそる。付け合わせの卵焼きが塩味なのだけが玉に瑕だ。

「はぁ~、あんたたち付き合ってどれくらいだっけ?」

「どうだろ、出会ってからは3カ月かな」

「もぅ、そこらへん適当にするんだから」

だって、気持ちのままに動いたら、色々順番がぐちゃぐちゃになっちゃうんだもん。

「でも、なんだかんだ、俊介くんとうまくいきそうなんだね」

美沙子はなぜかとても嬉しそうだ。

別に、同棲なんて合理性の上でのことだし、そんなに大それた事をしているつもりはなかったのに、なんだか釈然としない。



「洋子さん、お帰り!」

家に帰ると、またいい匂いがして、空腹が増した。

「俊介、今日のご飯なんなの?」

靴を脱ぎながら尋ねる。

「今日は親子丼にしてみたよ。大葉をたくさん切ってるからね」

・・・やった。大葉は好きだ。

俊介の料理には薬味がよくでてくる。大葉とかミョウガとか生姜とか、そういうの。絶対に必要なものってわけじゃないし、自分だけだと絶対に用意しないから、すごく贅沢に感じてしまう。

「すぐ食べる?温めていい?」

「うん」

洗面台から返事をする。

確かにこういう会話って新婚みたいだけど、同棲する前からこんなんだったしなぁ。でも、そう言われれば、俊介ほどうちに入り浸った男も今までいなかったかもしれない。

他の男が来るときは、少なからず部屋を片付けたり、最低限のメイクをしたりして、何かと面倒だったし、それはそれで楽しかったけど疲れる日もあった。俊介は、元から拾った子犬みたいなもんだったから、何も気にしていなかった。こんな関係になるとも思ってなかったし。

「洋子さん・・・?」

考えながらぼーっとメイクを落とし、コンタクトを外していたら、俊介が扉からひょっこりと顔を出した。時間がかかりすぎていたらしい。

「今行くところだったの」

俊介の柔らかい髪がふわふわとカールしている。

その頭をぽんっと叩いていから、リビングへ向かった。

「あら?あんた、まだ食べてなかったの?」

食卓には、親子丼が2人前用、湯気を立てていた。

「あ、いや、待ってたってわけじゃないんだけどさ」

なぜか言い訳するみたいに俊介は言った。

「・・・いや、本当はせっかくだから一緒に食べれたらなと思ってちょっと待ってました。すみません」

「いや、だから、なんであやまんのよ」

「洋子さん、そういうの嫌いかと思って・・・」

あぁ、確かに。私は自分に合わせられるのは好きじゃない。

でもそれは、みんな、そのうち「合わせてやってるのに」とか「なんでお前は」とかいってくるからだ。

「別に。あんたがいいなら好きにすればいいじゃない」

「・・・うん!じゃあ一緒に食べれそうなときはそうするね」

私は親子丼を一口頬張りながら俊介を見た。ここでちゃんと「食べれそうなときは」と明言するのが、私をほっとさせる。好きにすればいいとは思うけど、毎日待たれているなんて、さすがにごめんだ。

「おいしい?」

優しい出汁の香りが鼻に広がり、少し甘くてふわふわトロトロの卵が絶妙だ。

「うん」

俊介はまたニコニコしながら、嬉しそうにこっちを見てくる。

「洋子さんって、甘い卵料理好きだよね。かわいい」

俊介の言葉に、私は思わず咳き込む。

「はぁ?」

思わず、大きな声になる。なんなの、急に。

予想外にぶっこまれた言葉に、変な反応になる。

「え?だってさ、なんかかわいくない?甘い卵料理が好きって」

俊介はいたって平常運転だ。

「いや、そんなのただの好みっていうか、普通っていうか・・・」

「うん、でも洋子さんが卵料理のときは特にうれしそうに食べてるところがかわいくてさ」

なにそれ。そんな顔してないし。

俊介には、私のことは何でもかわいく見えるらしい。

「洋子さんって、外ではすっごいかっこいいのに、家ではすっごいかわいいんだよね」

「何言ってんの。私は外でもうちでも一緒よ」

「ふふ」

俊介は、甘過ぎる。海外のお菓子並みに甘い。

それなのに胃もたれしないからつい食べ過ぎる。



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