第2話 コーヒーの後のホットミルク



「諫見、この前話した件、確認とれてるか?」

出勤早々、デスクトップもまだ立ち上げなうちに話を振ってくるのが、うちの部長だ。

「はい、クライアントの確認は取れましたので、あとはデザイン審査の結果待ちです」

4年大を卒業し、勤め始めた広告代理店。仕事に慣れたのはここ数年のことだ。

「今日、取材日なんで、夕方まで戻りません。18時からの打ち合わせの資料は、メールしてますので」

パソコンが起動するや否や、必要な資料をプリントアウトし、部長に言い残してオフィスをでた。自分のペースでしかコミュニケーションをとってこないヤツは嫌いだ。イライラしても仕方ない。コーヒーを買っていこう。あの鼻に抜けるほろ苦い匂いを嗅ぐと落ち着くのだ。私は足早に駅へと向かった。





「洋子さん、これ置いとくよ」

俊助がパソコンの横にマグカップを置く。ホットミルクだ。

「ありがと」

明日の朝までに、この資料を仕上げたい。誰も何もしてこない会議に持っていってサクサク話を進めたい。

パソコンから目を離さずに口に含んだホットミルクはほんのり甘い。甘ったるくないのは、普通の砂糖とは違う「てんさい糖」というやつを使っているからだと言っていた。クセのない優しい甘さが気に入っている。

俊助が来るようになってから、うちのキッチンは様変わりした。私が見たことのない調味料が増えて、鍋の種類もテフロン加工のフライパン、圧力鍋、何に使うかよくわからない小鍋など追加された。あ、そういやこの前ホットミルクは小鍋で温めてたな。

「洋子さん、仕事中、ごめんね」

遠慮がちに小声で話しかけてくる俊助。

「僕、今日はもう帰ろうかと思って」

既に帰り支度はしたようで、パーカーを羽織りながら俊助は言った。

私が帰ってきたのが11時過ぎ。「今日も遅くなるかと思って」と用意してくれていた蒸し野菜と豚肉というヘルシーな夕食を食べて、シャワーを浴びてパソコン作業をしていたところだ。私が忙しそうにしているので気をまわして帰るということだろう。

「ねぇ、あんたさぁ、もううちに住めば?」

それはなんとなく言った言葉だった。私は別に俊助がいたっていなくたって行動を変えることはないし、むしろ色々助かってるし。

「えっ!えぇ!?」

俊助の目がこれ以上ないっていうくらいまん丸に開いている。そんなに驚かなくても・・・いやまぁ驚くか。

「別に、いやならいいけど」

「嫌なわけないじゃん!!洋子さん、僕がどれだけ洋子さんが好きかわかるでしょ!」

俊助は、えっ、でも、え、本当に・・・?とぶつぶつ一人で呟いている。そんなに動揺されるとこっちも気恥ずかしくなってくる。なんだこの、告白したみたいな空気。

「深く考えなくていいじゃん。あんたもこっからのほうが学校近いって言ってたし。その方が効率的かと思っただけよ」

あくまで冷静に言うつもりが、少しぶっきらぼうになる。

「いや、そうだね。洋子さんがあんまり普通に言うからさ。・・・洋子さんって同棲したことあるの?」

「ないけど?」

同棲がそんなに重要なことだとは思ってなかった。別に合鍵だって渡してるし、いつも入り浸ってるんだから一緒じゃん。

「っ、洋子さん、大好き!」

急に抱きついてくる俊助。その髪先が私の鼻をくすぐる。

「もう、大げさなのよ。引っ越し準備は自分でなんとかしてよ」

私が何を言っても俊助はニマニマしたままだった。

こうして私と俊助の2人の生活が始まった。


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