予告

 翌日。勤務のない日曜日くらいはゆっくり寝るつもりでいても、日々の習慣とは恐ろしいものでどうがんばっても9時ごろには目が開く。


ヴァルキュリアは昨日ひとりで夜遅くまでゲームをしていたので、なかなか起きてこない。二度寝してもいいが、起きてしまった以上惰眠をむさぼるよりも何か食べたいと思い、パンを焼く。匂いにつられてヴァルキュリアが起きてきた。本当に食い意地の張った奴だ。


「おはようヒデアキ、わしもパン食べたい」


目をこすりながら部屋を出てきたヴァルキュリアはそう言った。どうせ焼くのは僕なのだから、今焼いてる分をヴァルキュリアにあげて、あとでもう1つ焼こう。その方が熱々を食べられそうだ。焼けたパンをヴァルキュリアの前に置くと


「なんじゃ、こっちを食べてよいのか」


と嬉しそうにしていた。パンをもう1つ焼きながらコーヒーをいれる。なんだか召使みたいだが…まあいいか。


「ぬ、わしは苦いのは苦手じゃ」


そう言ってコーヒーに砂糖とミルクをたくさん入れるヴァルキュリア。これは見た目通りの子供舌である。もう1つパンが焼けて、炬燵まで運ぶ。炬燵に入ってテレビをつけると、見慣れた駅前の風景が映し出されていた。朝のワイドショーのリポーターが、爆破予告のあった現場に来ているといっていた。


「あれ、これいつものとこじゃないか」

「爆破予告とな?」


誰が、何の目的でそんなことをしたのかわからないが、本当に爆破するつもりならそれはテロ行為である。


「ロキの仕業かな」

「そうじゃのう、わしもそう思う」


ヴァルキュリアは僕の意見を肯定する。ロキがテロを扇動しているのだろうか。今までやってきたことに比べると規模が大きい。


「なるほど、駅前を爆破するとなると、わしの手には負えんかもしれんの」


手帳を持たないヴァルキュリアなど障壁になり得ない、とロキは確かに言っていたらしい。ともすればロキは本気で駅前通りを爆破するつもりなのか。


今までの強盗やひったくりとは比べ物にならないくらいの被害が出る。悪戯で許される範囲を逸脱しているが、神の中では戦争に比べればかわいいもの、という認識なのだろうか。


「どうするのさ」

「どうするもこうするもないのう。とりあえず現場に行ってみんことには話にならん。そもそもまだロキの仕業である確証すらないのじゃ」


そう言ってもそもそとパンを食べるヴァルキュリア。やっぱり行くのは行くのか。事なかれ主義の僕としては、爆破予告されているような場所に行きたくはないのだが。それにしても、ヴァルキュリアはいつもの騒がしさがなく静かに食事をしている。


「あまり動揺してないみたいだけど」

「爆破予告は正午らしいからの。焦っても仕方ないのじゃ」


確かに、報道では12時に爆破すると言っている。今は9時過ぎだ。ヴァルキュリアは落ち着いた様子で甘いコーヒー牛乳をすすっている。普段より落ち着いているくらいだ。


「それにしても、わしが居ると知っておきながらこの街で騒ぎを起こすとは、ロキめ、いい度胸をしておる」


確証はないと言いつつ、ロキの仕業であると確信した言い様である。もしかしたらヴァルキュリアは怒っているのだろうか。いつもより落ち着いているところを見ると、怒ると静かになるタイプなのかもしれない。


 簡単な朝食を終えるとヴァルキュリアは部屋に戻って出かける準備をし始めた。


「もう行くの?」

「焦るような時間ではないが、何があるかわからん。行動は早めの方がよいのじゃ。ヒデアキも早う準備せい」

「僕なんか行っても足手まといになるだけじゃ?」

「わしはこの土地に疎いからの、おまえが居た方が便利なのじゃ」


やっぱり僕も行くことになるのか。何が悲しくて貴重な休日に爆破予告されているような場所に行かなくちゃならないのか。


こういう事件に首を突っ込むとろくなことにならないのは目に見えているのに。そもそもこの街に偶然やってきたヴァルキュリアにとっては他人事だろうに、妙に正義感が強い気がする。以前の事件については偶然巻き込まれた形だったが、今回は自分から巻き込まれに行こうとしているのだ。


何がそこまでヴァルキュリアを突き動かすのか、打算的な僕にはメリットは思い浮かばなかった。それにしても、いやだなあ、行きたくないなぁ。僕は大きなため息をついて着替え始めた。


 部屋から出てきたヴァルキュリアは、ロングTシャツ、ショートパンツに黒タイツという出で立ちであった。もちろん水色のシュシュは付けている。


「寒くないの、それ」

「なにがあるかわからんから、動きやすい服装の方が良いのじゃ」


どうやら肉弾戦に備えて機動性を重視した格好らしい。


「まさに撃墜少女って感じだね」

「ぬ、なんじゃそれは」

「あれ?言ってなかったっけ。前に人前で大立ち回りしたろ?あのときからSNSでは撃墜少女って呼ばれてるんだよ」

「わしがか?なんと、目立ちすぎじゃな」


照れくさそうに笑うヴァルキュリアは絶対にまんざらでもないと思っている。本当に人間に紛れる気はあるのだろうか。


「さて、行くかの」


気乗りしない僕を連れて、ヴァルキュリアは歩き出した。爆破予告時刻まで、あと2時間。

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