教唆
「このあたりでございます」
「そう、そうなのね。少し歩きながら探しましょうか」
長身の美女とオオカミ耳の男は、駅前の通りに来ていた。時は少し遡った土曜日の昼。人通りが多く駅前通りはごった返している。
「人が多すぎて、においがかき消されています」
「仕方ない、仕方ないわよ。急ぐものでもあるまいし、ゆっくり探すといいわ」
オオカミ耳の男、フェンリルは鼻が利く。以前銀行強盗の際に出くわした少女のにおいははっきりと覚えていた。今日はそのにおいを感じることができたので、2人連れ立って探しに来たというわけだ。だが駅前通りには人が多く、いかに鼻が利くといえどその中の1人を見つけ出すのは困難を極める。あちらこちらとにおいの強くなる方へ歩みを進めていくほかないのだ。
「それにしても、撃墜少女、ねぇ。たいそうな名前をつけられちゃって」
SNSでは銀行強盗とひったくりをねじ伏せた英雄のように語られている少女。それっきり目撃情報はないが、もしこれが同一人物であれば、人ならざるものである可能性が高いと、そう美女は踏んでいた。
「こちらでしょうか」
そう言って駅前通りの中心から離れた方へ歩き始めたフェンリル。そのあとをゆっくりとついていく美女は、やや人気が薄れたのを見計らってタバコを咥えた。すかさずフェンリルがライターで火をつける。フーっと煙を吐いてから美女は言った
「最近は歩きたばこにもうるさくてね、嫌になっちゃうわ。少し休憩にしましょう」
道端に立ち止まり、タバコをふかす。その横に黙って立つフェンリル。服屋のショーウインドウをのぞきながら、美女は言う。
「綺麗ね、綺麗だわ。また服が欲しくなってしまうわね」
「何を着ても、お似合いになられるかと」
「そうね、そうよね、フェンリル。お世辞を言ったってなにも出ないわよ」
「いえ、本心でございます」
フフフと笑い煙を吐いた美女は、短くなったタバコを地面に落とし踏み潰した。
「さて、そろそろ行きましょうか」
歩き出そうとしたときにドン、と美女にぶつかる者がいた。フェンリルは慌てて美女の態勢を支えた。
「──っと、すまぬ、ケガはないかの」
ぶつかってきたのは少女であった。水色のシュシュで髪の毛を2つに束ねたその少女は、よそ見をしながら歩いていたらしい。
「大丈夫、大丈夫よ。問題ないわ、こちらこそごめんなさい」
よろけた体をフェンリルが支えたので、何も問題はなかった。
「どうもすみません」
向こうの連れの男も一緒に謝ってきた。
「いえいえ、気にしないで」
それだけの短い会話をして、その場を離れた。少しして美女とフェンリルは顔を突き合わせて話す。
「居たわ、居たわね。あの少女に違いないわ」
「はい、私が銀行で見た少女も、あの少女にございます」
「決まり、決まりね。人外だわ。そしたら、確固たる証拠を得るためにひとつ実験をしてみましょう」
2人がみた“撃墜少女”が同一人物であることはわかった。あとは現場を押さえれば、人間離れした動きをもう一度見てみれば、人ならざる者として確定できるだろう。
「そうですね…、そこの、あの男などいかがでしょうか」
フェンリルが指さす先には、マスクをした大柄の男が居て、スマホをいじりながらこちらに向かって歩いてくる。
「それでは、あの男にしましょう」
2人は連れ立ってその男の方に歩き始めた。そしてすれ違いざまに、美女は男の背中にそっと手を触れた。その瞬間、男はスマホをポケットにしまい、獲物を探すような目つきに変わった。そして間もなく、走り出した。走り出してすぐ、近くにいたおばさんのブランド物のバッグをひったくった。
「楽しみね、楽しみだわ」
撃墜少女の目の前で事件を起こし、その決定的瞬間を見届けることこそが2人の今回の計画である。ことは非常にスムーズに進んでおり、あとは撃墜少女がどう出るかを見物するだけであった。
予定通り男は少女の方向へ走っていった。そして予定通り、男は少女にねじ伏せられたのだ。あの大柄な男を簡単に足払いで転倒させ、手刀を食らわせ気絶させるなど、普通の人間にできる技ではないのだ。
「見た?見たわね?」
「はい、しかと見ました」
「決まりね、あの少女は、人間ではないわ」
2人はひったくり犯がねじ伏せられた現場まで近づきそっと少女の背後に回った。
美女は少女の肩に手を置き、言った。
「あなた、何者なのかしら」
少女が振り向くのと同時に、空間にヒビが入り、亀裂が生まれた。そしてその亀裂は少女と2人を飲み込み、間もなく跡形もなく消失した。3人はこの世界から忽然と姿消してしまった。
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