第5話 単純な一手

「おまえこそなんっ…!!」

何なんだと言い終わる前に男は斬りかかる。確実に人の急所へと刃物を向けてくる技術。目が良くなったおかげか、男の動きは見える。だが剣で防ぐことしかできず、攻勢には移れない。

それもそのはず、自分自身剣なんて初めて握った素人中の素人であり、持ち方から振り方まで知るはずない。


(こんなの、どうすれば)

視えるが防ぐことしか出きない、そんな状況が続いてしまっている。こうなっては、不利になってくるのはこっちだ。男が使う短刀や体捌きの技術を身体能力だけで対応している今、精神も体力消耗も激しいのもこちらだ。

そうなると必然狙うは、


(短期決戦!)

しかし、短期決戦をしようとも決め手がない。さっきみたいに、跳ぶことも現実的ではない。そもそもあれは男から視て知ったもの。、使い方も弱みも男が知らないはずがない。

そんな事を考えていると、男は不思議にも後ろに下がる。


「呼吸…体の動き…心、どれをとっても素人だな、お前。しかしどう防いでる?…まあいい」

男は体勢を変える、それも視た事がある体制へと。

意識を集中し、一瞬さえも見逃さすまいとこちらも構える。

ここで男の動きを見失えば、一瞬でやられてしまう。幸い目は良くなったので、ずっと見ていれば見逃しはしないはず。


「…ッ!後ろに…ッ!?」

男は意外にも、真横を跳んでいった。それもそのはず、男の目的は初めから少女の方だ。

だが、今は目の前の男へと集中を傾け過ぎていた。すぐさま【跳躍】を使って男を追おうとする。

しかし問題は後ろを振り返った直後に起きた。後ろへ跳んで行ったはずの男が、こちらの方へ向かって跳んできている。まるで何もない所を蹴って向かってきたかのように。


「うわっ!…え?」

慌てて剣で防ごうとする。そこまでは良い、相手の短刀を防ぐことは出来た。しかし、男は剣を持っていない腕を掴んで、そのままの勢いで投げられた。


「…フンッ。他愛…ないな」

投げられ地面とぶつかった衝撃で、焦点が定まらない。だが、男はこちらから視線を外して少女の方へと向かっているのが分かる。

(どうにか…しないと)

投げられ、痛みつけられた体に気合を入れる。完全にこっちから視界から外している今こそが、男に攻撃する最大の好機。


(単純だけど!)

切っ先を男に向け、跳躍で突進していく。単純だがそれがいい。これが今打てる最善手であるから。それに、先ほど男に突進していった際に、男は抵抗もなく吹き飛ばされていた。つまり、技術はあるが、勢いを殺せるだけの技術も身体能力も無かったという事。

「【跳躍】!」

出せる限りの力を振り絞り、突っ込む。


「来るとさえ分かっていれば、避けるのは簡単だ」

当たろうとした瞬間、男は身を翻し避けようとする。

だが、それは分かっていた。初めからこの突進で決まるとは思っていない。大事なのは一発目ではなく、二発目。


(それに、アイツが何もない空間で蹴ったいたのも視えていた)

短時間で再現をしていく。きっと男の脳内では真っすぐしか跳べないと判断しているだろう。だからこそ、これが最善手だ。

【跳躍】をやったように、男の行動を真似する。何もない場所に踏み台が有るのかの様に想像して。

「【天歩】!!」


男が驚いたように対応しようとするが、もう遅い。

グサッ!…


(刺さった!)

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