白
それは生まれて初めて見る景色だった。
長く長く境界を越え、雨音が踊っている日も、朝日が生命を潤し光が弾けた日も、ある程度知っているつもりだった。けれど旅を選ばなければ決して知ることのなかった白の世界はいま目の前に佇んでいる。その美しさに目を奪われた。
踏みしめるように一歩ずつ足を進めるとギュッと音がした。しかし足を沈めて歩く音以外何もない。ここにいるとまるですべての音が吸い取られてしまったような感覚に襲われる。鼓膜を包む静寂と自分以外は誰もいないのだと錯覚してしまいそうな色は、どうやらここからは見えないほど遠くまで広がっているようだ。
鳥の声も羽ばたく音もしなければ、花もいない。少し遠くに葉を散らし空っぽになった木々が見えるが、ここにあるのはただそれだけだ。
手のひらを空へ向ければ、ひらひらと小さく舞い降りてそっと肌に触れた。白くて冷たい、けれど心地良く触れたそれは、鈍色の空から零れた小さな星のように思えた。
「――綺麗」
自然とそうこぼれたことにも気付かないまま、胸に芽生えた愛しい人に囁くような温かい感情にただ溺れた。けれど恋と呼ぶには重すぎて役不足な気がした。
落ちては消えていく星を、ただ手のひらの上で静かに見つめる。
――この想いだけはきっと消えずに憶えているだろう。
星は私を包むように何度も肌へ、心へと優しく触れていく気がした。
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