無限の想像シリーズ

明夏あさひ@イラストにもお熱

 夜空に浮かぶ月は闇に包まれた街を照らし、花のように星を散らす。落ちゆく星は宝石のように煌めき、地に舞い光を咲かせる。指先でそっと触れてみると、それは少し濡れていた。

「これは……?」

 青年の反応を物珍しそうに見ていた少女の口元がわずかに緩む。

「月の涙だよ。願いを叶え、その代償として大切な記憶をひとつ持って消えてしまうの」

 月の涙、と聞いた青年は切なげな表情で俯いた。願いを叶える代償に記憶を肥料とする花の話――花というのは喩えであり実際は現象なのだが、月の涙はこの世界で御伽噺おとぎばなしのような存在になっているらしかった。

 人は何かに想いをのせ、願いを込める。まるで永遠に残すことを望むように。青年もまた、願いを叶えるためにこの世界を訪れた者の一人だった。

「きっと誰もが、何かを愛おしく思えば形に残すことを選ぶ。人間は唯一それができる生き物。たとえそれが間違っていたとしても」

 少女の言葉が青年の心に触れる。それは針のように深く愛おしく刺さっては溶けて、かつて愛惜あいせきした存在の記憶を揺らす。青年の頬を小さな粒が伝い落ちた。

 すべてを取り戻すために青年は指先で花を掬う。やがて花は風に舞い、弾け、闇夜へと消える。

 少女の目には濡れた光を纏う月の涙が映っていた。

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