第66話 頑張る使用人たち


「キーーーッ!!」

「ギャー!! ギャー!!」

「オオオオオオッ!!」


「アリーナ! グールがそっちに行ったよっ!

 火矢を放ってっ!」

「うわああああっ!

 く、来るなっ!! 来るなぁっ!!」


 屋敷の使用人達は、屋敷の1階にある台所付近で、モンスターの進入を何とか阻止しようと、奮起していた。

 しかし、イエローアイズ家の使用人は、既に死んでいるバトラスと、屋敷の外に居るセリカ、ベルディアと一緒に居るケリィを除くと、残り7人しかいない。


 対するモンスターは、トロル、リザードマン、グール、人面蜂、バーグラー、スカルデーモン、ワイバーン、ヘルハウンド等、屋敷を取り囲んでいるモンスターは既に2,000体を超える。

 街のモンスターを含めると、数万単位だ。


 非戦闘員である7人の使用人が、屋敷を取り囲む2,000体のモンスターを相手に戦う。

 流石にそれは数の暴力と言う他無く、この7人がモンスターの餌食になるのは、時間の問題であった。


「お、お嬢様って、もう逃げたかな!?」

「わかんないっ!

 でもケリィが戻ってこないところを見ると、逃げたと思うっ!!」

「って言うか、旦那様とか、奥様とか、セリカさんとか、使者様とか、魔王軍とか、一体どうしたの!?

 あの人達が居れば、こんなモンスターなんて、一網打尽なのにっ!!」

「そんなの私に聞かないでよっ!!

 って言うか、もう無理!

 そろそろ私達も逃げないと、モンスターのおやつになっちゃう!」


 使用人たちはモンスターが屋敷を取り囲んでいる事を知ると、箒を油に浸して火打石でで火をつけて、モンスターの進入に備えた。

 また、納屋から狩猟用の弓を持ち出し、火矢も作った。

 そして屋敷に進入した後も、一致団結して、モンスターをこれ以上屋敷に進入させないよう死力していた。


 しかし悲しいかな、彼女たちは戦闘経験というものが存在しない。

 モンスターは火が苦手という事を鵜呑みにして、彼女達は屋敷で火を用いた。


 火を恐れてモンスターがその場に踏みとどまったとしても、それだけでは倒す事ができない。

 おまけに火のついた箒を振り回したり、火矢を放ったりした事で、カーテンや絨毯等に飛び火している。


 確かにモンスターは火に弱い個体が多いが、その前に屋敷が炎上してしまっては、元も子もない。

 所謂、生兵法は何とやらを地で行く行動に、彼女たちの戦いも限界を迎えようとしていた。




「■■ぉぉ■■■――――――――ぉぉ!!」




「うわっ!!」

「な、なにこの雄たけびっ!!」

「あああ、新手のモンスター!?」


 突如、犬のような、狼のような、それでいて女性の悲鳴のような、何とも形容しがたい奇妙な声が、屋敷の中から聞こえてきた。

 そのあまりにも不気味な声に、使用人達はもちろん、モンスターまで耳を塞いでしゃがみ込んでしまう。


「おおお、お嬢様っ!?」

「えっ!? お嬢……ななな、何ですか!?

 その不気味なモンスターはっ!?」


 使用人たちが見たのは、ケルベニの背中に座り、怒りの表情を見せるシルビアだった。

 普段は微笑を浮かべ、優雅にある姿は既にそこには無かった。

 使用人達はそのあまりに激しいシルビアの威圧感に、震え上がってしまう。


 シルビアを乗せた化物は、使用人とモンスターの攻め合う場に現れたかと思うと、そのまま屋敷に入り込んでいたモンスターに追突し、裏庭に追い出してしまった。


 3対6枚の翼を有する、堕天使の少女、シルビア。

 天使さま、天使さまと呼ばれて愛されていたシルビアは悪魔のように変貌し、その姿は死の象徴と呼んでも語弊ではなかった。


「貴方たち、よくここまで頑張りました!

 ここは私に任せて、地下水路に逃げなさいっ!」


 ケルベニから青白い鬼火が飛び、使用人達をくまなく包み込む。

 使用人達は預かり知らぬ事だったが、この鬼火には、シルビアの命令を狂信させる効果を含ませてあった。


「は……はい。地下水路に逃げます!」

「お、お嬢様、お任せしました!

 無理はしないで下さい!」

「さぁ、みんな早く逃げよう!

 お嬢様の邪魔になってしまうわ!」


 そうして、屋敷の使用人は、シルビアを残して、その場を立ち去って行く。

 残されたのは2,000柱を超えるモンスター群と、ザリガニの身体を持つ不気味な生物に腰かける、3対6枚の翼を持った、堕天使の少女だった。









 シルビアは使用人達を地下水路に逃がして、モンスターと対峙する。

 皆がモンスターを屋敷に進入させまいと防衛線を張っていた台所から扉に掛けての廊下が、かなりひどい事になっていた。


 台所は結構な個所が火に包まれ、既にシルビア一人での消化は難しくなっている。

 廊下もカーテンや絨毯に火が燃え移り、場所によってはかなりの炎が舞い上がりつつある。

 また、裏庭に出る扉・その隣の窓・扉に面した壁など、その一帯は既にモンスターに破壊されて、大きな穴が開いてしまっていた。


「……許しません」


 シルビアは廊下から裏庭を見やる。

 そこにはギッシリとモンスターの集団が屋敷を取り囲んでおり、モンスターは炎の隙間を探って、屋敷の中への進入を必死に試みていた。


「貴方達っ!!

 屋敷をめちゃくちゃにして、絶対に許しませんっ!!」


 シルビアは思う。

 何故これだけ大量のモンスターが屋敷に沸いたのかは不明だが、屋敷にモンスターの進入を許してしまったのは、私の責任だ。

 私は本当に、取り返しのつかないミスをしてしまった。

 あの時、自分の部屋で、ライオロスに偵察を命じなかったら、こんな事にはならなかった。


 私はなんて事をしてしまったのだろう。

 何とか頑張って、このモンスターを全滅させてやる。

 でないと、私は父さんや母さんに会わせる顔が無い!! ―――と。


 シルビアは知らなかったが、実はライオロスに偵察を命じたのは、失敗では無かった。

 もしシルビアがライオロスに裏庭の偵察を命じなかったら、彼女の母親は魔法使いノアに殺されていた。

 シルビアがライオロスに偵察を命じた時、魔眼のローザは魔法使いノアと戦闘を繰り広げていた最中であり、その偵察に出たライオロスがローザの危機を救っていたからだ。


 ゆえに、シルビアは失態どころか、とてつもない功績を上げていたのだが、シルビアはそれを知らない。

 もしシルビアがそれを知っていたら、屋敷にモンスターの進入を許した事に、ここまで固執していなかっただろう。

 もしシルビアがモンスターに対してここまで固執していなかったら、使用人達と一緒に地下水路に避難していただろう。


「行きますよ、モンスター。

 今日の私は、とっても怖いです。

 私の汚名返上の為に、絶対に許してあげませんから」


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