第65話 地下牢への階段
「お、お嬢様!?
良かった! 無事なのですね!?」
私とベルが父さんの寝室で相談していたら、食事係であるメイドのケリィが、部屋の扉を開けた。
ケリィ、無事だったんだ。
私はあまりケリィと話した事はないけど、知っている顔が無事でほっとしたよ。
「お嬢様! 早く避難して下さい!
今、屋敷の使用人が総出でモンスターを1階に押しとどめていますが、時間の問題です!
今のうちに、お嬢様とベルディア様は避難して下さい!」
「使用人って……セリカ以外、みんな非戦闘員ですよね!?
大丈夫なのですか!?」
「あまり大丈夫ではありません!
お嬢様が逃げて頂かないと、私たちも逃げる事ができません!」
「逃げる……場所なんて、無いでしょう!」
「屋敷の地下牢にある井戸を下りれば、地下水路に出る事ができます!
そこには緊急時の為に、食料などが備蓄されています。
もし地下水路が危険でも、水路はチャタレー川の水を引いているので、そのまま街の外まで逃げる事ができます!」
地下水路!?
井戸にそんなものが有ったの!?
正直言って、初耳なんだけど!
「そこは安全なのですか?」
「と言うか、もうそこしか安全な場所はありません。
モンスターが屋敷になだれ込んだ以上、私達使用人の力では、もうどうにもなりません。
とりあえず一旦、水路に避難して、様子を見ましょう。
そうしている間に、魔王軍も動き出すはずです」
――――今、魔族の中に、街や魔王軍駐留地など、俯瞰的に領内全ての状況がどうなっているか、これを知る者は、一人としていなかった。
使用人達は、しばらく何処かに避難すれば、魔王軍も動き出し、ザンドルドやセリカなどがモンスターを退治してくれるだろうと思っていた。
シルビアも屋敷に取り付いたモンスターを押し返せば、その間に魔王軍が動き出すと常識の如く、確信していた。
ゆえに、彼女達は決断を誤ってしまう。
本当に屋敷から逃げ切るには、いち早く外に出て、他領に逃げ込むしか無かった。
しかし、決断の間違いについて、シルビア達を責めることはできない。
例えるなら、自宅が火事になって外に逃げようとしたら、街全てが火事にっており、消防組織を待っても、その消防組織がいち早くその火事で焼け落ちている状態だ。
通常の避難なら、現場から避難する程度で事足りる訳であり、彼女達がそこまでの危機感を持ち合わせていなかったのも、正常の範囲だった。
「……1階で、モンスターを押し留めている。
そう言いましたよね?」
「お嬢様?」
「ケルベニ、鬼火を」
「し、シルビア!?」
「お、お嬢様!? な、何をっ!?」
そうして、ベルとメイドのケリィは、ケルベニの鬼火に包まれる。
ベルは短時間に二回目の鬼火か……。
流石に来れだけ精神を操ってしまうと、罪悪感が湧いてくる。
ほんとごめんね、ベル。
「ベル、ケリィ。
貴方達は一緒に、先にその地下水路に避難しなさい。
私は後でそこに向かいます」
「う、うん。わかったよ」
「わ、私も了解しました……。
で、でもお嬢様は何を……」
「それは貴方が知らなくても良い事です。
私の事は心配ありません」
「わ……わかりました」
「さあ、行きましょうベル!」
「う……うん。
何でボク、急に逃げたくなったんだろ……」
私達はメイドのケリィに先導されて、父さんの寝室を出る。
ベルとケリィが地下水路に向かうには、屋敷の地下牢まで行かなくてはならない。
モンスターは使用人達が総出で食い止めていると言ってたけど、念のため地下牢の入り口までは、彼女たちのボディガードに努めた方が良いだろう。
「む……何ですか?
この臭い……」
廊下に出ると、異常な煙たさに咳き込みそうになった。
暗い廊下に目を凝らすと、うっすらだが煙が漂っているような気がする。
……まさか、屋敷のどこかが火事になっているの?
「セリカさんを除いて、私達使用人は戦闘ができません。
なので、モンスターを追い払うには、火を使うしか方法が無いのです……。
かなりのモンスターが屋敷に進入していますし、もしかしたら私達の火が屋敷に燃え移っているのかもしれません……」
まじすか!?
火って……まぁ非戦闘員モンスター相手に戦うのであれば、それが一番効果的な手段なんだろうけど、そこまで追い詰めらているの!?
廊下を走っていると、ドタンバタンという音と共に、使用人の怒鳴り声が1階から聞こえてくる。
きっと、かなり熾烈な戦闘が1階で繰り広げられているのだろう。
……早く私も駆けつけて、使用人たちを助けてあげたい。
そんな強迫観念に襲われる。
「お嬢様、ここです」
「ここって……これは倉庫ですよね?」
ケリィが案内したのは、2階にある倉庫だった。
まぁ2階と言っても、この屋敷は傾斜がある高台に立っているので、この倉庫が有る場所は地面と接している。
ゆえにこの倉庫は2階であって、1階でもある微妙な場所だったりする。
「お嬢様は地下牢に降りた事は、ありませんでしたよね?」
「ですね。
場所すら教えてもらっていません」
この屋敷に地下牢が有るのは知っていたけど、私はその場所を今の今まで知らなかった。
と言うのも、私が牢屋に近づく事を母さんが許さなかったからだ。
まぁ、母さんの思う事も、理解できる。
私は子供なんていないけれど、もしいたと仮定したら、自分の子供に牢屋なんて陰気な場所に、近づいて欲しくない。
「地下牢へ降りる階段は、この倉庫の中です」
「ここに?」
ケリィがギギギという音を立てて、扉を開ける。
倉庫の中には埃の被った書物やら脚立やらが置かれ、とてもかび臭い。
私も数えるくらいしかここに入った事ないけれど、こんなとこに地下牢の入り口が有るの?
「ここです」
ケリィが本棚を軽く押すと、ゴゴゴと音を立てて、本棚が横にスライドして行く。
するとそこに馬車でも降りれるんじゃないかって程の、広い階段が出現した。
「ここから地下牢に降りる事ができます。
地下牢に降りると直ぐに井戸がありますので、そこにロープを垂らせば、地下水路に降りる事が可能です」
「うーん、ねぇシルビア?
この階段の奥、なんだか変な感じしない?」
階段の奥は真っ暗闇で、まるで無限に階段が続いているような錯覚を覚える。
って言うか、実は私、ぶっちゃけ少し霊感があるんだよね……。
占いと霊感って切っても切れないものだから、それで私に霊感が有るんだろうけど、久しぶりに私の霊感が、警告を鳴らしている。
その私の霊感によると、間違いなくこの階段の奥は、出る。
まぁ……この階段の奥にある牢屋で、何人もの人間が絶滅しているらしいし、心霊スポットとしては、SSS級の場所なのは間違いないだろう。
「ベルは何か変な感じがするのですか?
大丈夫です。
私には何も感じませんよ?」
「そうなんだ。
じゃあ、ボクの想い過ごしかぁ」
うーん、ベルもなんか嫌な雰囲気を感じ取っているみたいだね。
大丈夫。幽霊は居るには居るけど、ベルのような心を燃やしている子に、取り憑く馬鹿はいないよ。
本当は地下水路までベルに付いていてあげたいんだけど、早く使用人たちを助けに行かなきゃならない。
かなり後ろ髪が引かれるけど、私はここで引き返させてもらおう。
「ベル。ここから先は、ケリィと2人で行って下さい。
わかりましたか?」
「う……うん。
シルビア、あまり無茶しないでね」
「ではケリィ、ベルをお願いします」
「は、はい。
お嬢様も早くお逃げ下さいね……」
そうして、ベルとケリィは暗い階段をコツコツと足音を立てて、地下に降りて行った。
さて……今から私は、モンスター退治だ。
屋敷の結界を破ってしまった汚名を、何とかして返上しなければならない。
早く、使用人達が防衛線を張る、1階に向かわなければ。
みんな、直ぐに私行くからさ、無事でいてね。
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