第63話 鬼人セリカVS重剣士スクラム③
山の法面が崩れ、私とスクラムに土砂が襲う。
この土の量、どれだけの範囲で山崩れが起きたのだ!?
吹雪で山が見えないので何とも言えないが、かなりの広範囲で山がずり落ちているのではないのかっ!!
「くっ! しまったっ!!」
雪上に落としてしまっていた私の剣が、山から落ちてきた岩にぶつかり、あさっての方向に転がり落ちて行く。
ああくそっ! 何と言う事だっ!
あの剣は昔から愛用していた愛剣だったのだぞ!
こんな状態で手放してしまっては、土砂か雪に埋もれて、二度と見つかりはしないだろう。
「ぬおおおおおっ!!」
「む……貴様っ!
フルメイルを着て飛ぶかっ!!」
スクラムは雪上に飛び出ていた岩を足場にして、大きく飛翔する。
これは……スキルか魔法か魔道具のかっ!?
人間の脚力で、しかもフルメイルなんて重装備であそこまで飛び上がるとは、普通は考えられん!
「はぁ……はぁ……逃がさんぞ男っ!!
部下達の仇だっ!!
貴様をここで逃してしまっては、地獄で奴らに顔合わせができんっ!!」
私もスクラムが飛んだ岩場を足場にして、奴の後を追う。
鬼の脚力ならば、恐らく空中で奴に追いつく。
貴様は絶対にここで死んでもらい、あの世へ向かう部下たちの、水先案内人を務めさせてやる!
「ぬうううううっ!!
追ってきおったか老婆めっ!!」
スクラムの剣に、再び闘気が灯る。
神速剣かっ!!
馬鹿の一つ覚えみたいに同じ技を何度も繰り出すとは、ただの馬鹿か、よっぽどそのスキルに自信を持っているかの、どちらかと言う事か!
「我が肉体は精霊と化す!
我が精神は魔に染まる!
我が剣技は神を殺す!
死ねいっ!! スキル『神速剣』っ!!」
スクラムの剣が放たれる。
だが、今の私の身体は、そんなものは通用しない。
いや、それ以前に、恐らくその技は空中では使えない。
「むうぅぅっ!? な、何故だっ!?
神速剣が発動せんっ!!
一体、どうしたと言うのかっ!!」
「馬鹿か貴様はっ!!
その技は常軌を逸した速度で繰り出す、いわゆる突撃剣の一つだろう?
足場が無く踏ん張りが無い空中で、地上の様に加速できるとでも思っているのか!?」
「ぬおおおおおっ!!
だ、だが、お主もそれは同じこと!
貴様とて大地を蹴れない以上、立場は同じではないかっ!!」
「はぁ……はぁ……。
本当に、そう思うか?」
「な、強がりを言うでないわっ!!」
強がりなどではない。
私はちゃんと、貴様に対する攻撃手段を持っている。
そのスキルを使えば、間違いなく貴様に一撃を与える事ができるだろう。
「疾風の聖霊よっ!!」
「ぬうっ!? 音速剣かっ!?
丸腰でこのフルメイルを貫けると思うのかっ!!」
「我が角に宿りたまへ!!」
「な、つ、角だとぉっ!?」
私は鬼人だ。
人間には無い2本の角が、頭に生えており、私の愛剣は、その角を素材として造られている。
鬼の骨で造られた剣で貴様の鎧に傷を付けたのだから、私の角で貴様の鎧を傷付けられない道理は無いっ!
「くらえっ!! スキル、音速剣っ!!」
「ぬおおおおおおおおっ!?」
私は自身の角を武器として、音速剣を放つ。
音速剣は私の刃のはるか先、10m程に離れた場所に位置する対象でも、切り刻むことが出来る技だ。
音速剣は『剣』という名称こそ付されているものの、その本質は武器全体を媒体として放つスキルだ。
ゆえに、必ずしも剣に媒体が固定される訳ではない。
それが例え私の頭に生える角であっても、武器として他者を害する事ができる以上、スキルが発動しない道理は無いのだっ!!
「が、がふおっ!!」
私の角から放たれた2本の音撃は、フルメイルで守られた奴の腹部を貫通する。
貴様は弱い訳では無かった。
もしあの場面でがけ崩れが起きず、貴様の足場が無くならなかったら、私は物理無効化の反動で、SP切れを起こしていたかもしれない。
まぁ、そもそも雪上での戦いでなければ、私もここまでこいつに遅れを取る事は無かっただろうが。
「ごおおおおおおおおおおっ!!」
そうして、スクラムは空中でバランスを崩して、土砂に巻き込まれて見えなくなってしまう。
もはやこれだけの土砂に巻き込まれては、恐らく即死だろう。
かく言う私は、音速剣を放った衝撃で、崩落が起きた現場から大きく離れて行く。
ザンドルドのように空を飛べる訳ではないが、音速剣は大気を轟かせながら、対象を攻撃する技だ。
今の私の様に空中で足場が無い状態だと、大気を轟かせた衝撃により、私の身体自身が後ろに吹っ飛んでしまう。
ゆえに、私は山の崩落に巻き込まれないで済んだ。
音速剣の発動により後ろに吹き飛ばされた私は、土砂が崩れ落ちる場所から運良く逃げ切る事ができたのだ。
そうして、私は無事……とは云い難いが、なんとか雪上に落下し、事なきを得る。
私とスクラムとの戦闘は、私の勝利で幕を遂げた。
◇
「はぁ……はぁ……随分と私も鈍ったものだ。
この程度の戦闘で息切れするとは……本格的に鍛え直さないといかんな……
私が落ちた場所は、魔王軍の駐留地のある高台の真下であり、いわゆる木漏れ日の広場と呼んでいる、裏庭から少し歩いた先に有る広場だった。
「部下達は……雪崩だけでなく、土砂に埋まってしまったか……。
雪も降り続いているし、もうこれでは遺体を発見する事は不可能だろうな……」
木漏れ日の広場から、魔王軍の駐留地のあった高台を見やる。
しかし吹雪く雪に視界を遮られ、漆黒の闇しか私の眼に映る事はなかった。
「麻痺が消えているという事は、奴は死んだという事か」
あの男は私に与えた毒を、スキルによるものだと言っていた。
バッドステータス系のスキルは物にもよるが、あいつの麻痺は放った術者が死ねば、その効果も消えてしまう種別に属するようだ。
「負傷個所は……斬り傷が数か所か。
それよりも、SP切れを警戒しないといけないな」
私の本気である、物理無効化のスキルは、かなりのSP食らいだ。
ちょっと使っただけでも蟒蛇(うわばみ)のようにSPを消費するし、屋敷でエーテルを飲んでSPを補給しておかねばならない。
「あの男……反乱を起こしたと言っていたな……。
しかし、どうやって屋敷に戻る……?」
木漏れ日の広場から屋敷までは10分とかからないが、その屋敷に向かう遊歩道は、大量の土砂で埋まってしまっていた。
これではこの道は通ることが出来ず、大きく迂回しないと屋敷に戻る事はできない。
「仕方がないな……迂回……するか」
ザンドルドはもう目覚めたであろうか?
ローザは上手く反乱に対処してくれているであろうか?
ご老体は街から屋敷に戻ってきたであろうか?
いろいろと考える事はあるが、武器も失ってしまったし、早く屋敷に戻らなくては何にもできない。
そうして私は、屋敷まで10分で着くところを、1時間もかけて迂回して、屋敷に戻る羽目になってしまった
◇
――――鬼人のセリカと、重剣士スクラムの戦闘が終わり、少しの時間が経過した。
重剣士スクラムの亡骸は土砂に埋まり、その土砂の上に雪がどんどん積もって行く。
そんな中、不思議な事が起こった。
唐突にスクラムの亡骸が、青く光り輝き出したのだ。
その青い光は遺体の上空に集まって行き、そこに1枚のカードが浮かび上る。
見る人が見れば解る。
それは、星を現したタロットカードだ。
星のタロットカードは、その後もどんどんと形を変えて行き、最終的に1人の女性の姿に変化する。
それは、両手に瓶を持つ、裸の女神であった。
女性の肩には橙色の鳥が止まっており、さらに女性の頭上に、光り輝く星が8つ、輝いている。
この女神の名は、ビシナスタ。
事前に加護を与える事で、死した者を復活させる能力を持つ、復活の女神であった。
「我が子よ……起きなさい……。
貴方が眠る場所は、ここではありません……」
女神は両手に持つ瓶に入れられた水を、スクラムが眠る土砂に向かって流し始める。
するとその土砂の中から浮き出るようにスクラムの遺体が現れ、水が無くなる頃には、セリカに貫かれた腹部の傷も、完全に完治してしまった。
「貴方を縛る者は……何処にも存在しません……。
暗い夜が終わり……希望の朝がやって来るのです……」
そうして、その裸の女神ビシナスタは、霧が発散したかの如く、消えて行く。
残されたのは、致命傷であった怪我が修復され、大きなイビキを上げる、一度死んだはずのスクラムの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます