第62話 鬼人セリカVS重剣士スクラム②

 吹雪で山は目視できないが、地鳴りはどんどん大きくなる。

 駄目だ! ここに居ては危険だ!

 直ぐにどこかへ避難しなくては!


「むうっ!? 落石かっ!?」


 すると、視界で目視できない山の方角から、スクラムの身体がスッポリ隠れる程の大きな落石が、目前に表われた。

 視界が著しく悪いので、突然もの凄い速さで岩が迫ってきた事に、私とスクラムの双方が驚愕する。


「ちぇぇすとぉぉっ!! 

 この程度の岩でやられるワシではないわっ!!」


「せいやぁッ!!

 そう言う割には声の高さが上がっているぞ?

 本当は肝を冷やしたのでないのかっ!?」


 次々と目前に現れる大岩に、私とスクラムは大岩に向かって攻撃を繰り出す。

 私が回し蹴りで岩を砕いたと思うと、スクラムは打ちおろしで岩を真っ二つに斬撃する。


「ぬぅぅぅぅんっ!!」


「甘いっ!!」


 そして、大岩を破壊しながら男が私に中段斬りを繰り出すと、私はそれを剣の腹で滑らせながら、男の首を狙ってせり上がらせる。

 山から降り続く岩に、血に飢えた鋭い刃。

 お互いの攻撃は一進一退であり、ここに来て私と男の勝負は、ようやく拮抗を見せ始めた。


「むうっ!?

 アダマンタイトの鎧に傷がっ!?

 老婆めっ!!

 かすっただけであるのに、よっぽどの業物を持っているようだな!!」


「光栄だなっ!

 だが装備は二の次で、身体が資本なのだろう?

 その割には随分と物欲しそうな目で、私の剣を見るのだなっ!」


 これは我が鬼人の里の伝統である、我ら鬼人の骨を削って造られた剣だ。

 鬼の骨は加工されると、ミスリルやアダマンタイトを貫く、ワールドクラスの武器にへと変貌する。


「老婆よっ! 何故だっ!?

 急に生き生きとしてきたではないかっ!」


「馬鹿め! 私が生き生きとしてきたのではなく、貴様の動きが衰えているのだ!

 貴様、一対一での戦いはそれなりだが、岩石を含めた1対多数の戦いは、熟練していないように見えるぞっ!」


 それ以外にも、雪上の戦闘が長引いてきたので、雪上を歩き回った事により、雪が踏み固められてきたのも、私を動きやすくしている大きな理由だ。

 丁度良い機会だ。

 このまま私も押し通させてもらうぞ!


 丁度、そんな時だった。




「――――ピリッ!」




 何だろう。

 何だかわからないが、剣を持つ指に、痺れが走った気がした。


「う……あ? な、何だこれは……」


 おかしい!

 何故だかわからんが、なんだか体の調子が、おかしいぞ!?


 一度走った痺れは指どころか腕や足、しいては体全体に回りつつあり、大岩を砕く威力も、男に対する攻撃の制度も、だんだんと雑になり始める。

 剣を持つ感覚も寒さすらも麻痺してきたし、視界も狭くなってきた。


「う……私は……どうしたと……いうのだ」


「フン! ようやく麻痺が効いてきたと見えるな」


「……なん……だと?」


「フン。これは『麻酔化粧』というワシのスキルだ。

 このスキルを使って斬られた者は、心肺停止を起こす程度まで体が麻痺するのだ!」


 なん……だと!?

 これはマズイぞ!

 私は男に一撃も加えられていない状態だし、この場所に本格的な崖崩れが起こるのに猶予はあまりないだろう。

 雪に足を取られて動きにくいとかの段階ではなく、既に立っているのも辛い状態だ。


「ぐぅ……」


「この麻痺は即効性のはずだが、流石にそこは鬼人の血という事か!

 まさかここまでバッドステータスへの抵抗力が有るとは、思いもよらなんだわっ!」


「う……ぁ……」


「フン! もう既にワシの声も届いてはおらんか!

 どうやら勝負はついたようだな!」


 駄目だ。

 男が何を喋っているのかすら、よく聞き取れない。

 視界に収めているはずの男が2人に分裂して見えるし、握力も維持できなくなってきた。


「ぐ……あ……」


 私は手に持っていた剣を、雪の上にカチャリと落としてしまった。

 くそ……このままでは、殺られてしまう。


「フン! 剣すら握れなくなったかっ!

 まあいい! ワシは崖崩れに巻き込まれぬよう、退散させてもらう!

 貴様は身内の魔王兵が眠るこの地で、息絶えるがよいっ!」


「はぁ……はぁ……」


「鬼人のセリカよっ!

 貴様は魔王軍の中でも、かなりの猛者と聞いていたが、拍子抜けであったぞっ!!

 さらばっ!!」


 二重に歪むスクラムが何かを喋ったかと思えば、私から遠ざかり始める。

 そんな男を見ながら雪上に立ち尽くす私の傍を、山から落ちてきた大岩が転がり過ぎて行く。

 くそ……こうなれば仕方がない。

 今の私に耐えれるかどうか不安な点もあるが、私の本気を見せるしかない。


「う……あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「むぅ!? この闘気……麻痺に侵されながら、まだ戦い足りぬと言うのかっ!?」


 私は丹田に闘気を貯めて、それを一気に放出させる。

 それを何回か繰り返すと、丹田にのみ込められていた闘気が、尾骨、みぞおち、胸、喉、頭頂部と、身体中に広がって来る。


「おおおおおおおおおっ!!」


「ぬうっ!? 何だ!? 貴様、何をしているっ!

 こ……これは、危険よっ!

 貴様に何が起こっているか知らぬが、ここから去るのは止めだっ!

 早々に息の根を止めてくれるわっ!!」


 男の両手剣に尋常ではない闘気が纏い始める。

 こいつ、先ほどの神速の一撃を放つつもりだな!


「我が肉体は精霊と化す! 

 我が精神は魔に染まる! 

 我が剣技は神を殺す!

 死ねいっ!! スキル『神速剣』っ!!」


 そうして、男は真言を唱え終わり、人間の思考速度と同じ速度で剣技を繰り出す、神速剣が放たれる。


 事実上、思考速度と同じ速度で動かれたら、例えそれを回避しようと思っても、思った瞬間に斬撃が私に到着する。

 脳から体の節々に命令を伝達する速度と、斬撃を繰り出す速度が同じなのだから、それは既に生きとし生ける者が防ぎ得る段階を遥かに超えているのだ。


 来るのが分かっていても、決して避けられ得ぬ斬撃。

 まさしく男の放った剣は、神の速度に達している剣速と云っても、語弊では無かった。


「……なん……だと?」


「はぁ……はぁ……。

 これが、鬼の本領だ。人間よ」


 神速の一撃は、私の首に向かって、放たれた。

 もちろん、私にその剣を躱せる程の速度なんて、有していない。

 だが、その剣が私を傷つける事はなかった。


 なぜなら、私の首に放たれたその斬撃は、頸動脈を直撃しつつも、金剛石を斬りつけたが如く、その私の首に弾かれてしまったのだ。


「なんだとぉっ!! この老婆めっ!!

 どのようなカラクリを使ったのだっ!!」


 スクラムはそのまま何度も私に剣を振り下ろして行くが、私の身体は傷一つ付ける事なく、その剣を次々に弾いていく。


 ――――物理無効化。

 それは鬼人が本気になった時にだけ使用できる、私の本気スキルなのだ。


「はぁ……はぁ……麻酔とやらが物理かどうかはわからんが、少しは緩和したか……」


 動機や手の幾ばくかの痺れは残るものの、先ほどまでの様に、体が動かなくなるまでの痺れは感じない。

 だが、私の物理無効化は、それほどの長時間は使えないものだ。

 一見、この能力は武器使用者にとって最強の天敵に見えるが、無効化している時間は短く、調子に乗って使い続けると、一瞬で私はSP切れになってしまうだろう。


「むうううっ!!

 この女っ! 化物かっ!!」


「はぁ……はぁ……なんだ?

 貴様、知らなかったのか……?」


「な、何がだっ!?」


「鬼は古来から、貴様ら人間にとって、化物だったのだ」


 直後、山から先ほどの比では無い地響きが鳴り、とうとう山の斜面そのものが崩れ落ちて来る。

 吹雪く雪に視界を遮られ、滑り落ちる土砂が視界に入った時は、既に私と男を土が飲み込もうとする直前であった。

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