第61話 鬼人セリカVS重剣士スクラム①

「行くぞ! 老婆め!」


「私はまだそんな歳ではないっ!!」


 この私、セリカ・カロリッツァと、重剣士スクラムとの戦闘が始まった。

 スクラムは雪上である事をものともせず、踏み固まったレンガの上に立つが如く、重心が安定している。

 この男の足元には豪雪地帯特有の軍用カンジキを履いており、それが雪上に対して効いているのだろう。


 他方、私の履くブーツは、凍結の滑り止めが付いた程度の、私物のブーツだ。

 日常の積雪ならこれで充分ではあるが、戦闘時における踏ん張りや重心移動等を行うには、いかんせん心許無い。

 くそ! こんな事になるなら、私ももうちょっと早く、カンジキを準備しておけば良かった!


「どうした老婆よっ!

 剣の切っ先がぶれているぞっ!」


 奴の両手剣を私の片手剣で、なんとか、いなして行く。

 しかし足元が雪にめり込んで行き、反撃の切っ掛けがどうにもつかめない。


「チッ! 貴様は装備に金を掛けているかもしれんが、今の私はただの使用人だ!

 まともなカンジキも履いていないのに、重心が安定する訳、ないだろう!」


「これは愚かなりっ!

 己の弱さを、装備のせいにするか!」


 何を言っている?

 装備は重要だろう?

 伝説の剣もなしに勇者が魔王様に傷をつけれるのか?

 杖も無しに、魔法使いが魔法を放てるのか?

 貴様も御大層な大剣を有し、高価なフルメイルなんかを装備しているではないかっ!


「装備など、あくまで敵を葬る為の手段にすぎぬ!

 重要なのは、己がどれだけの実力を有しているかであろうっ!」


「その手段が重要なゆえに、実力を発揮する為に、装備を備えるのだろうっ!

 知った様な口をほざくなっ!」


 しかし、そう言う私はスクラムの攻撃に対して、防戦一方になっている。

 奴の繰り出す剣の一撃一撃は、速い上に上手い。

 腕力こそ鬼の私が数倍上の様だが、速度と技術がついていかんっ!!

流石はオリハルコン級の冒険者というところか。


「いい加減に離れろっ!

 この鎧お化けめっ!」


「むっ! 体術だと!?」


 私の戦闘スタイルは剣一本で戦うものではなく、体術を織り交ぜながら戦うスタイルだ。

 剣の上手さでは後れを取るが、体術を含めた総合的な戦闘能力では、負けてはいないぞっ!


「はぁっ!!」


 私は奴の剣を受け流しつつ、後ろ回し蹴りを奴の延髄に直撃させる。

 私は並のギガンタンなら、腹部に穴を開けるほどの脚力を有している。

 しかし男が装備するフルメイルの輝きは、恐らくアダマンタイトだ。

 流石に私の脚力ではアダマンタイトを破壊する事ができず、私の蹴りが奴の延髄に当たっても、脳震盪すら起こさなかった。


「おおおおっ! むむ、胸やけがぁっ!!

 きき、貴様、何故このような吹雪の日に、足が見えるスカートなど履いているのだっ!!

 ししし、下着が……オエエエエエッ! 

見えてしまっただろうっ!!」


「本当に腹が立つ男だな貴様は!

 美女の下着を見ておいて、発する言葉がそれか!」


「むううっ!

 相手が男であれば、このワシもこんなに苦労はしないもののっ!

 老婆の下着を見ながら戦うなど、拷問ではないかっ!!」


「私とて、貴様のようなロリコンと戦いたくなんてないっ!!

 貴様なんぞ斬ったら、剣が穢れそうだっ!」


 私はスクラムと距離を取りたいのだが、なかなか間合いを遠ざける事が出来ない。

 今のところ、私が使える剣のスキルは、二つだけ。

 1回の攻撃で複数回、攻撃することが出来る『剣の舞』と、剣先が届かない場所でも斬ることが出来る『音速剣』だ。

 しかし『剣の舞』は不安定な雪上では繰り出す事ができないし、接近戦で『音速剣』を放っても、意味がない。

 ここは何とかして雪上から遠ざかるか、奴と距離を取るしか、スキルは放てない。


「フン! 激震とうたわれた鬼人の力は、どうやらただの噂だったようだなっ!

 ワシはまだ仕事が残っておるのだ!

ここは勝負をかけさせてもらうぞっ!!」


 男の両手剣に尋常ではない闘気が纏い始める。

 こいつ、一体何をするつもりだ!?


「我が肉体は精霊と化す! 

 我が精神は魔に染まる! 

 我が剣技は神を殺す!

 スキル『神速剣』っ!!」


「くっ!」


 真言を唱える男に危険性を感じ、私は男が真言を唱え終わる前に、回避行動を取り始める。

 その瞬間、身長2mはあろうフルメイルを装備した巨体が、急に私の視界から消えた。

 消えたと思ったら、私の横っ腹が抉られ、大量の血しぶきが周りに舞う。

 ぐううっ! 物凄く痛いではないかっ!!

 何だっ!? 何が起こったのだ!?


「貴様っ!!

 ワシの『神速剣』を躱したなっ!?」


「どこを見て、躱したと言っているのだ!

 私の横っ腹を抉り取っていっただろうっ!!」


「ワシは貴様の頭を狙った!

 この『神速剣』は人間の思考速度と同じ速度で剣技を繰り出す技よ!」


 思考速度と同程度の速度を有する剣技だと!?

 事実上、躱す事ができない、まさに神速の一撃ではないかっ!


「この技は放たれた瞬間、その速度の速さゆえに、瞬時にして貴様を切り刻んでいるはずだった!

 貴様が回避行動を取ろうと思っていても、取れないはずだったのだ!

 しかし結果は、貴様の頭を斬ることが出来ず、脇腹を斬った。

 これを躱したを言わずに、何と言うのだ!」


 おそらくそれは、ヤツのスキルが繰り出される前に、直感で回避行動を取り始めた事が、功を奏したのだろう。

 しかし、今は上手くいったが、必ず次も上手く行くとは限らない。

 今の回避はたまたま雪に足を取られなかったから良かったものの、こんな事を何度もしていたら、いつか掴まってしまう。


 くそっ!!

 戦場でこいつを探していた時は全然見つからず、何故今になって姿を見せるのだ!

 いやそもそも、何故こんな有名人がイエローアイズ領にまで来ているのだ!


「フン。少し聞かせるが良い!

 神速剣を躱すとは、貴様は魔族の中で、何本の指に入るのだ!?」


「……私は何本もの指には入れんよ。

私より上なんざ、いくらでも居る。

 魔王軍全体を見ても、上から何本もの指に入れるのは、ザンドルドだけだ」


 私は接近戦こそ自信はある。

だが、どちらかと言うと魔族の上位は、接近戦をカモにする奴の方が多い。

 まさにザンドルドがそのタイプであるし、現に私はザンドルドとの模擬戦で一度も勝ったことが無い。


「ふむ……確かそれはこの領の領主だったな!

 その男、それほどの剣の使い手かっ!!」


「……剣ではない。奴は弓だ」


 こいつ反乱を企てておいて、そんな事も知らないのか。

 ザンドルドの強さは、弓を持ってこその強さだ。

 正直言って、弓を持たず地上に居るザンドルドは、ヒグマを片手で絞め殺す程度の力しか持っていない。

 もし弓も持たない、空も飛べないザンドルドと私が戦ったら、1万回戦っても私は負けないだろう。


 だが、弓を持つザンドルドには、誰も勝てん。

 あいつの恐ろしさは、空を飛翔した上での遠距離攻撃だ。

 空を飛翔して弓を持ったザンドルドと私が戦ったら、とてもじゃないが勝てる気がしない。

 今までも負け続けているし、1万回戦っても私は勝てないだろう。


「ふむ。面白い!

 では貴様を倒して、そのザンド……ぬうっ!?」


「何だ! あの光は!」


 その時だった。

 唐突に街の上空が、昼間の如く輝き始めた。

 これは……雷か!?

 その衝撃で、ゴゴゴゴと大気が震える。


 それ程長い時間ではなかったが、あれはご老体の『雷燕』に間違いない。

 本来、屋敷や駐留地からは街が一望する事ができるのだが、吹雪が酷くて、今は街を望む事ができない。

 ご老体がアレを使うと言う事は、まさか街で戦闘になっているのか!?


「おおおっ!?

 大気の震えが、山にこだましよるっ!!

 このままでは……」


「山の崩落が……始まるっ!!」


 ご老体が放ったであろう『雷の燕』にて生じた大気の震えが山にぶつかり、ゴゴゴゴ――という地響きのような音が、山から返って来る。

 これはさっき、山から聞こえてきた音と同じだ。


「くそっ!

 大気の震えが、山の崩落を誘導させてしまった!

 このままでは、崩落に巻き込まれるぞっ!!」

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