第60話 召喚士アイゼン
アイゼンと呼ばれた男が真言を唱えた瞬間、男の身体がぼうっと光り、体の周りを青い光が浮遊する。
その青い光が体の正面で魔方陣を描くと、その中心に1枚のカードが浮かび上がった。
「ぐ、グリモワール・スプレッドじゃとっ!?」
馬鹿な! グリモワール・スプレッドは召喚獣を呼び出す能力じゃ!
ワシも世に何人かの召喚士と会って来たが、その中でもこの『グリモワール・スプレッド』を使う召喚士は、数が限られているのじゃぞ!?
「グオオオオオオオオオオオォォォッ!!」
生物の鳴き声が周囲に響く。
そして、浮かび上がったカードから、とある生物が召喚された。
2匹のスフィンクスに跨る、3つの顔を有す単眼の化物。
その全長は5mを超え、手にはボロボロに錆びきった斬馬刀。
「おいでませっ!! ギガンタンっ!!」
「ば、馬鹿なっ!
ギガンタンじゃとぉっ!?」
モンスターの中でも上級に位置し、この世で最も厄介な先兵と言われる化物、ギガンタン。
しかも、それが10匹。
これらのギガンタンはワシが知る通り、全長、刀の錆び具合、スフィンクスの顔つきまで、全て均一だ。
まさに、ワシが知っておるギガンタンそのものではないかっ!!
「ヒイイイイイイッ!?
あ、アイゼン!?
何なのだこの化物はっ!!」
「ワイバーン。
ロイ伯爵を避難場所まで連れていきなせぇ」
「ややや、止めるのだモンスター!
わ、ワシは貴族だぞ!?
わああああ、アイゼンーーーーーっ!!」
ワシがモンスターに囲まれている隙に、ワイバーンが捕虜の貴族を掴んで、空に飛び上がって行く。
くそぅ! この中で秘密を吐かせやすそうなのは、奴が簡単そうなのじゃが、ワシもそれどころではない。
ギガンタン以外のモンスターも、次から次へと現れ、恐らくその数は1万体を優に超えとる!
この男、一体何者じゃ!?
「まったく……人生ままならぬものですなぁ。
プランB……ギガンタンの使用は、本来しないつもりでやした。
こいつらはあっしの命令を無視して、何でもかんでも破壊しつくすまで、止まりません。
流石に街を破壊しつくすのは損害が大きいので、お蔵入りとなっていやしたが、相手に第六魔将が出て来ては、仕方がありやせんなぁ」
「このギガンタンの群れ、先日イエローアイズ領で現れたギガンタンは、貴様が召喚したものなのかっ!?」
「先日……ああ、お宅ら魔王軍が、後生大事に塩漬けにして、持ち帰った奴でしょう?
確かにあれはあっしが召喚したものでやす。
ま、折角持って帰ってもらって何ですが、今頃はその死体も、霧に化しているとは思いやすけどねぇ」
「貴様、何者じゃ!
ワシが知る中で、『グリモワール・スプレッド』を使える奴は、この世におらんはずじゃっ!?」
「……爺さん。もう一度言いやすが、あっしは急いでいやす。
その話は、縁が有ったらにしやしょう」
「ま、待て!
それでは貴様、シルビアと言う名に、心当たりがないかっ!」
「シルビア……。
それはここの領主の娘さんでしょう?
さ、あっしの可愛いモンスター達よ、じっくりと爺さんの相手をしてあげなせぇ」
「貴様ぁぁぁっ!!
待たんかぁぁぁっ!!」
アイゼンはモンスターの波に紛れ、見えなくなってしまう。
そうして、1万匹を超えるモンスターと、10匹のギガンタンが、老人に牙を向け、突進した。
◇
「これは……通れませんねぇ……」
アイゼンはアイエクスと別れた後、街の高台に有る、イエローアイズ家の屋敷に向かっていた。
しかし、その屋敷に向かう一本道の坂道が、自身が操るモンスターが殺到して、モンスター渋滞が起こってしまっていた。
「これは失敗したかもしれやせんね……。
これだけの数のモンスターが道を塞いでいたら、あっしが命令したところで、物理的に通る事ができやせん」
アイゼンはモンスターには屋敷を取り囲むよう、指示を出していた。
しかし、屋敷の裏庭にある井戸から出たモンスターはともかく、街の井戸に出たモンスターは、屋敷へ向かう数少ないで道を通らないと、屋敷に向かう事はできない。
アイゼンは考える。
このままでは、反乱計画プランAの発動に、大きな遅れが生じてしまう。
ただでさえ計画の進行は順調とはいえない状態であるのに、これ以上遅らせる訳にはいかない――と。
そのような事を考えるアイゼンの眼に、鉱夫が体を洗う為の、小さな井戸が眼に入った。
モンスターは全て地上に出てしまっているので、その井戸はガランとしている。
アイゼンは思う。
モンスターが井戸から出きっているのであれば、井戸の中を通って屋敷に向かう事ができるな――と。
「そうですね。
街の井戸は川の水を引いているので、屋敷の井戸に繋がっていやす。
それしか屋敷に向かう手段は、無いようでやすねぇ」
そのような経緯から、アイゼンは井戸に備え付けた梯子を下りる事に決めた。
現在、井戸の水路に居るのは、魔眼のローザと、召喚士アイゼン。
この二人が暗い井戸の中を歩き、各々の目指す場所に向かう事になった。
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