第31話 幕間④
それは、たまたま使用人室の前を通りがかった時だった。
開けられたドアから、使用人たちの声が聞こえてくる。
なんだろうと思って覗いてみると、そこには執事長のバトラスを中心に、数人のメイドが粘土みたいなものをこねていたのだ。
「何をしているのでしょうか?」
「あ、お嬢様!」
「「「お嬢様、本日もお美しく……」」」
「あ、いいですいいです。
挨拶は必要ありません。
それより何をしているのですか?」
「ペンダントを作っています。
不肖このバトラス。
実家が細工屋でして、私も簡単な物なら工芸できるスキルを有しているのです」
「へぇ? ペンダントですか?
私にも見せてもらえますか?」
「お嬢様にお目に適うような品では無いのですが……」
そういうバトラスの手にあるペンダントは、どう見てもプロと言うか、宝石店とかに並んでいる精巧な出来の物だ。
「凄いじゃないですか!
こんなに精密に作れるものなのですか!?」
「まぁ、趣味の一つとして、長年作り続けてきましたゆえに……」
私のお目に適う品では無いとか言っておきながら、執事長のバトラスは思いっきりドヤ顔だ。
口ではそう言っておきながら、実は自信があるんでしょ?
そうでなければ、そんなムカツク顔、普段しないじゃん。
「私のペンダントは出来の良い物ではないのですが、メイド達が趣味の一環として教えてほしいとせがまれ、作り方を教えていたのです」
(なにそれー。
執事長、自分の作ったペンダント見てほしさに、自分から声かけてきたんじゃん)
(だよねー。
別に私達、作りたいとは言ってないのに、勝手に教えてきてるよねー)
(お嬢様にそんなに良い眼で見られたいのかなぁ?)
(いやーあれは素でしょー。
お嬢様も間の悪い時に来ちゃったかもー)
(でもさー。
そんな事は置いといてさー)
(((((お嬢様って、いつ見ても最高に美しいよねーーー!!)))))
「もし良ければ、お嬢様にも作り方をお教えしましょうか?」
「良いのですか?
私が入る事で、皆さんの邪魔をしてしまう事になりませんか?」
「邪魔なんて、とんでもございません!
なあ、お前たち、そうだろう?」
(邪魔なんて畏れ多い事は考えないけど、執事長に掴まってお嬢様、可哀想)
(でもさ、お嬢様が一心不乱に手芸をしている姿、見てみたくない?)
(それは……天使だね!
すっごい見てみたいー!)
(っていう事は、お嬢様が手芸をしている間、お嬢様のお姿を私達で独占できる?)
((((((それだ!)))))
「「「「「「お嬢様も参加される事を、歓迎いたします!!」」」」」
「……一瞬、何か間が空いたような気がしましたが」
「とんでもございません。
お嬢様が手芸に興味を持って頂く事に、彼女たちは感激していたのです。
そうだろう?」
「「「「「その通りでございます!!」」」」」
ふむー。
邪魔にならないのなら、私も参加してみようかな?
生前の私もプラモデルとかフィギュアとかそれなりに作ってたし、手の器用さは少し自信があるんだよね。
「では、教えてもらえますか?」
「ええ、ええ!
ではこちらにお座りください!」
◇
「ええと、ここをこうして……」
「そうです!
上手ですよお嬢様!
これは私も指導の甲斐があります!」
(ああ……一心不乱に手芸に打ち込むお嬢様。
最高に美しいわぁ……)
(お嬢様って、集団の神様があーでもない、こーでもないって相談しながら、本気で理想を追求して創造された美しさなんだろうねー)
(いーなー。
私もお嬢様とお話したいなぁー)
(ねー。執事長ばっかりズルイよねー)
「あれ? 何だかここ、上手くいきませんね……」
「ここはこうするのです。
ほら、こうです」
(ちょっと執事長!
私のお嬢様にそれ以上近づかないでよー!)
(近い近い!
もっと執事長離れて!)
(ああああ!
何どさくさに紛れて、何で手とか握ってるんですかぁー!!)
「あ、上手く行きました!
流石ですねバトラス!」
「いえいえ。
お嬢様の才能の賜物です」
バトラスに頭をナデナデされる。
ふふふ。どうだ私の器用さは!
職人レベルの腕前を持つバトラスがべた褒めなんて、私も捨てたもんじゃないよねっ!
(頭ナデナデとか、羨ましすぎて、殺意が湧くわー)
(旦那様に報告ねー)
(奥様にもー)
(セリカさんにもー)
(しかも尾ひれをつけてー)
(((((覚えていなよ、執事長ー!!)))))
「よし! できました!
これが私のペンダントです!」
「おお! どれどれ!」
どやぁ――と言わんばかりに、私は自作のペンダントをバトラスに渡す。
うん! これは良いできだ。
性別や運動神経はこの体になって失っちゃったけど、手の器用さだけは引き継いでいるみたいだね!
(えっ! えっ! 私も見たい!)
(ちょっと私が先よ!
あんた後輩なんだから後ろに引っ込みなさいよ!)
(いやぁぁぁ!
お嬢様のペンダントを一番に見るのは私なのぉぉぉ!!)
(天使が創ったペンダント。
絶対に幻想的なものになってるはずよっ!!)
「これは……素晴らしい!
ワンちゃんですね!」
ワンちゃん?
チャンスはもう一度やってくる?
One Chance?
「いやああああ!!
この犬、可愛いぃぃぃ!!」
「流石お嬢様ぁぁぁぁ!!」
「これ欲しいぃぃぃぃぃ!!」
「まるで天使様の使者のようなお犬様よぉぉぉ!!」
「天はお嬢様に美貌を与え、類まれな才能も与えられた……。
私一生付いて行きますっ!!」
……なんか皆の反応がおかしい。
これ、お犬様じゃないです。
って言うか、私、動物なんて作っていないです。
貴方達は知らないかもしれませんが、これはユニオン・ジャックと言って、地球のイギリス国旗のマークなんです……。
「感服いたしました。
いやはや、お嬢様に手芸を教えるなんて、私の思い上がりでした。
ここまで精巧に銀細工を作られるとは……。
まるで生きているようではないですか!」
「……ありがとうございます」
「お嬢様っ!
これ、わたくしめに下さりませんかっ!!」
「なっ!? なんて図々しい!
私もほしいですっ!!」
「あのワンちゃん、私がもらうのぉぉぉっ!!」
「やだぁぁぁぁっ!!
これは私の! 絶対にほしいわっ!!」
「何を仰っているのですお前たち!
このワンちゃんは私が後学の為に頂け……おふぅっ!?」
「執事長は引っ込んでいて下さい!
これは私がもらうんですっ!!」
「はぁぁ!? ふざけないでよ!
こうなりゃ戦争よ!」
「上等だわ!
メイド歴50年の私に敵うと思ってるの!?」
「たかだか50年とか、まだ新人じゃないの!」
えっと……なんで皆、ヒートアップしてるんだろう?
バトラスがメイド達に突き飛ばされて、机で頭を打った。
バトラスは頭を抱えて、しゃがみ込んでしまっている。
って言うか、これ、そんなに凄い出来栄えなの?
何でワンちゃんでみんな意見が統一されているの?
騒がれるたびに、へこんでくるんだけど。
「……あげません」
「ええっ!」
「お願いしますお嬢様ぁ!」
「私、何でもしますからっ!!」
「これ程のデザイン、オークションでも出品しない出来なんですよっ!?」
「あげませんっ!!
あなた達は、芸術というものを理解していませんっ!!
そんな人には、このペンダントはあげられませんっ!!」
なんか腹立ってきた。
そうだよ。
私の芸術性を理解できない人なんかに、私の創作物をあげてなるもんですかっ!
もっと貴方たちは美意識を養いなさい!
「これは私が使います。
異論は認めません」
「じゃあ、私にペンダントを作ってくださいっ!!」
「あ、私ネコちゃんがいい!」
「ゴブリンでよろ!」
「私、ウサギで」
「じゃあ私は、クマちゃんかな?」
「あああーーーもうっ!!
作りません!
ありがとうございますバトラス!
では、私は用事ができたので、失礼いたしますねっ!!」
「お、お嬢様待って!」
「私のペンダントぉぉぉ!!」
「お嬢様ぁぁぁぁぁ!!」
そうして、私が作ったペンダントは、私の狙いとは関係ない所で、高評価を受ける。
なんだよぉ。
これはユニオン・ジャックなんだよぉ……。
どこに犬の成分があるのさ……。
……って言うか、さっき、ゴブリン言った奴、手挙げろ。
よろ、って何だ。よろ、って。
あんたは昔の私か!
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