第30話 幕間③

「セリカ中隊長!

 全員、指定の位置に配備されました!」


「よし!

 ではギガンタンを回収するぞ!」


 突如として領内に現れたギガンタンは、この私セリカ・カロリッツァと、ザンドルドによって倒された。

 このギガンタンは強敵だった。

 私は100年前のギガンタン討伐に参加して何体ものギガンタンを葬り去っているのに、この個体はそれらを遥かに上回る強さを見せた。


「セリカ中隊長!

 棺桶が用意されました!」


「よし!

 では綱を引け!

 それと……だ!」


「ハ! 何でしょうか!?」


「私はもう中隊長ではない!

 普通のセリカだ!」


「……ハ!

 了解しました!」


 今私はギガンタンの回収作業を手伝っている。

 実行しているのは、このイエローアイズ領に駐留している魔王軍だ。


 このイエローアイズ領の領都であるロアニールには、100人ほどの中隊が駐留している。

 ザンドルドも普段は領主としての仕事をしながら、この魔王軍の中隊長を務めているが、奴はどうにも忙しい。


 私やローザは元魔王軍として既に退役しているが、手が回らないのであれば、仕方がない。

 ゆえに私が予備兵として、たまにだが、彼らの指揮をとっているのだ。


「セリカ中隊……セリカ殿!

 中央より使者が到着しました!」


「よし! ここに連れてこい!」


 ギガンタンは過去、魔帝国に大量に生息しており、我々魔族はかなりの被害を受けていた。

 奴らは雑食で、人間や魔族を含め、他のモンスターや建造物すら捕食する。

 ゆえに業を煮やした我々魔族は、100年前に魔王軍の全勢力を終結させて、ギガンタンの大規模討伐を行った。


 100年という時間は長いようで、短いものだ。

 魔族の平均寿命は3,000年であるため、100年前の討伐に参加した兵士も、魔王軍には大量に残席している。


 ゆえに今回、魔王軍がイエローアイズ領にギガンタンが出た事を知ると、当時の被害を思い出して、彼らは過剰に反応した。

 軍の行動は迅速で、いち早く化物の亡骸を確認しようと、中央から使者がやって来る事になったのだ。


「セリカ殿!

 使者殿を連れてまいりました」


「そうか! ご苦労……」


「ほっほっほっ。

 セリカよ。久しぶりだの」


「な、なんだと!?

 ま、まさか貴方が使者なのか!?」


 私は使者を見て、驚愕した。

 胸元まである白髪の長い髭に、ダークエルフを示す、キラリと尖った長い耳。

 その人物とは、私を拾い上げ、鍛え上げてくれた恩師であったからだ。


「魔王軍第六魔将、アイエクス様本人が、わざわざ使者にだと……?」


「ほっほっほっ。

 久しぶりに外の空気が吸いたくなってのう」


 魔王軍第六魔将アイエクス。

 歳こそ3,000歳を超える老人でありながら、魔王軍に6人しかいない、軍団長の1人だ。


 この御方は私の恩師でもあり、元上司でもある。

 私とローザ、ザンドルドは最終的に同じ軍団にいたので、必然的にローザとザンドルドの上司でもあるのだ。


「最近はどうにも体が動かなくなってのう……。

 中央に引きこもってばかりでは、どんどん痴呆が増してきよる」


「な、何を言うのだ!

 貴方がそう簡単に駄目になったりはしないだろう!」


「そうは言うがな?

 ほれ。杖を手放すと、自然に右に重心が傾いて……」


「な! 危ないっ!!」


 フラフラと転倒しそうになるアイエクス様を慌てて支える。

 まさか、あの最強の魔力を誇った老人が、ここまで老け込んでしまったというのか!?


「ほっほっほっ」


「……む」


 さわさわと、しわがれた手が私の太ももを、まさぐる。

 そしてその手はお尻にまで到達し、挙句の果てにピラリとスカートまで持ち上げた。


「うひょひょひょひょひょ!

 タテジマとは、セリカも若いのう」


「ご老体……?

 これは、どういう事ですかな……?」


「む? どういう事とはなんじゃ? 

 お主が軍に居た時、あれだけワシが下着は黒にせよと言ったのに、なぜタテジマなぞ履くのじゃ?」


「そんな事はきいておらんっ!!」


「おっと!」


 私の下腹部を触る手を跳ねのける。

 するとその老人は、クルリと宙返りしながら後退し、不安定な岩の上にトスンと着地した。


「……呆れるくらい元気ではないか」


「ほっほっほっ。

 騙されるお前が悪いんじゃて。

 ワシはまだまだ現役じゃ」


 一瞬置いて、怒りが込み上げてくる。

 そうだった。この老人はそんな老人だった。

 私とした事がまんまと騙されるとは、もう私は貴方を絶対に信用したりしないぞ!


「……もう一度同じ質問を返す事にする。

 何故、貴方がここにいる?

 遊びに来たわけではないのだろう?」


 ギロリと睨みながら、老人へ問いただす。

 すると老人は私の近くに落ちて居た杖を拾い、今まさに運ばれつつあるギガンタンの死骸に杖を向けた。


「アレを見に来たのじゃ。

 まさか、ギガンタンが生きておったとは、寝耳に水だったでのう」


 ギガンタンは縄で縛りあげられ、2匹のスフィンクスと共に、棺桶に入れられる寸前だった。

 こいつの出没を魔王軍に伝えた時、軍はその死骸を塩漬けで保存の上、魔都まで持って帰ると言っていた。

 ゆえにこの回収作業は、魔王軍にギガンタンを引き渡す為の準備作業であり、引き渡し後は恐らく解剖され、生体に関する研究が行われるのだろう。


「貴方が来る事を、ザンドルドやローザは知っているのか?」


「まさか。

 ローザはともかく、ザンドルドの小僧にワシが来ると伝えたら、戦争じゃぞ。

 あいつ、ワシがローザに夜這いしようとした事、ネチネチ恨んでいるでのう……」


 むう。なつかしい。

 確かにそんな事もあったな。

 と言うか、あれは完全にご老体が悪いだろう。


 ローザとザンドルドの結婚前夜にローザの寝室に忍び込んだのだぞ。

 殺されても文句はいえまい。


「まあ、近々……な。

 公式に奴とは顔を合わせる事になるじゃろうて」


 ふむ? よくわからんが、顔を合わせるなら、あまり派手にやり合わないでくれよ。

 今の私達はシルビアの誘拐未遂に、ギガンタンの出現という、かなりピリピリした状態なのだからな。


「ところでじゃ。

 ギガンタンは、お主とザンドルドが倒したのじゃったな?

 どうじゃった?」


「どう……とは?

 強化されていたとか、そういう事ですかな?」


「ほう?

 あのギガンタン、強化されていたのか?」


「報告が上がっていないのですか?

 あの個体は私達が知っているギガンタンの、数段階上の強さだった。

 現に、私がギガンタン退治で培った退治技術が、まったくと言って良いほど効かなかった」


「ふむ……」


「何か知っているのですか?」


 片手で髭を触りながら、険しい顔つきになる。

 こうしていれば威厳があるのだが、何故この人はさっきのように、悪ふざけが過ぎるのだろう。

 知恵者なのか老害なのか、その両方なのか、まったくもって掴み処のない老人だ。


「100年以上前の話じゃが、魔王府に一つの噂が流れたことがあるのじゃ」


「噂?」


「モンスターが何故発生するかは、わかっておらん。

 その中で……じゃ。

 ギガンタンは人工的に作られたモンスターの可能性がある。

 そんな噂が流れた事があるのじゃ」


「な! 人工的だと!?

 どういう事なのだ!?」


「モンスターの強さは種によって、均一。

 そうじゃったな?」


「あ、ああ。

 社会通念上の常識だな」


「ところが、ゴブリンを見よ。スライムを見よ。

 ギガンタン以外の種は、キングもいれば、クイーンもいる。

 モンスターの強さが均一なのは、ギガンタンしかおらんのじゃ」


「な! そ、そう言えば、そうなのか……?」


「ギガンタンが当時、魔帝国に何匹生息していたか、お主知っとるか?」


「い、いや。数までは……」


「3,000匹じゃ」


「そ、そんなにいたのか?」


「そうじゃ。そんなにいたのじゃ。

 不思議に思わんか?

 ギガンタンの精神はA-じゃ。それも全ての固体が。

 ギガンタンはどの個体を見ても、強さが均一すぎるんじゃ」


「確かに、そう考えるとおかしい気もするな……」


「奴らは均一すぎる。

 まるで、誰かがそのような仕様に、作り上げているようじゃ……と、そういう噂が立った事があるのじゃよ」


「だ、だが、それほどの数を人工的に作れる訳がないだろう!

 誰がそのような数のギガンタンを製造したというのだっ!」


「だから、噂じゃよ。他愛もないな」


「……だがご老体は、その噂を噂として捉えていないのであろう?

 でないと、わざわざ貴方がここまで足を運んだ理由が説明できない」


「噂じゃよ。

 そういう事にしておけい。

 成り行きで話してもうたが、軍を抜けたお主には関係ないわい」


 ふざけるな!

 だったら何故そんな話を私に漏らした!

 その先の話を知りたければ、軍に戻って来いとでも言いたいのか!?


「セリカ殿!

 ギガンタンの回収作業、終了しました!

 このまま中央に引き渡してもよろしいですね?」


 む……いつのまにか、ヤツの塩漬け作業が終了していたようだ。

 途中までは私も眼を光らせていたが、この老人が来てからは、ほとんど意識が他の所に向かっていたな。


「まぁ、そういう事じゃ。

 あの個体はワシの方で引き取らせてもらうぞ」


 ご老体はそれだけ私に伝えると、背を向けて歩き去ってしまった。


 一体今の話は、何だったのだ?

 ギガンタンが人工的に作られている?

 そんなまさか……ありえない……と思いたい。


 その日以来、私の頭に変な“しこり”みたいなものが残った。

 きっと、偶然だろう。

 私はそう思い込むぞ!

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