第28話 幕間①

「何ですかこれは?」


 冬を間近に控えたある日、セリカと中庭を歩いてたら、10個ばかりのプランターが置かれてあるのを発見した。


 近づいてプランターに掛けられた不透明のカバーを捲ると、青色に熟した葡萄大の実が何個も生っている。

 なにこれ?

 すっごい良い匂いなんですけど?


「む? 誰かがマギナの実を育てているみたいだな」


「マギナの実?」


「マギナの実は、伝承で魔力を向上させるという効果があるそうだ。

 本当かどうかは知らんがな」


 へぇ? そんな実があるんだ。

 私の魔力はF-で魔法も覚えていないし、あまり恩恵的なものは存在しない。

 なのでこの実があったからと言って、どうこうって訳ではないんだけど、とにかく甘そうで、美味しそうだ。


「誰が育てているのでしょうか」


「知らんが、使用人の誰かだろう。

 食べてみたいのか?」


「美味しいのですか?」


「軍属だった頃に何回か口にした事があるが、美味いぞ。

非常に斬新な甘味をしていてな、魔王都では食後のフルーツとしても有名だ」


 ヘェ! いいね!

 この世界に来て数年が経つけど、その中で食糧に関する事が、私の中での問題になっているんだよね。


 この世界は香辛料や甘味といった物が少なく、非常に味気ない食べ物が多い。

 日本の多種多様な食べ物に慣れた私にとっては、この世界の食事をどうしても日本の食事と比べてしまうので、どうにも口に合わないというか、ぶっちゃけマズイんだよね。


「食べたいのなら、食べてみるがいい。

 マギナの実は初冬が旬だからな。

 丁度良い按配だと思うぞ?」


「え! 良いのですか?

 誰が育ててるのかわからないし、怒られませんか?」


「気にする事はないだろう。

 シルビアはこの屋敷のお嬢様だ。

 お前が食べる分には誰も文句は言わないだろうし、これを育てている使用者も、お前が食べてくれるなら、本望だと思うぞ?」


「そうですか……。

 問題なさそうなら、頂きましょうか」


 私はプランターに植えてあるマギナの実の中で、できるだけ熟れているのをセリカに選んでもらい、口に運ぶ。


「こ、これはっ!」


「どうだ? 美味いだろう?」


 え、エクレアだ!

 何でこんな複雑な味がでるのかまったくわからないけど、食感も甘みも、我が人生とも言える、エクレアそのものだ!


 口に入れたとたん、実の薄皮がパキリと割れ、中からトロトロのクリーム風果実が口いっぱいに広がる。

 しかもその薄皮はカカオたっぷりの、チョコレート味だ!


「凄い! 本当に美味しいです!

 セリカも食べてみて下さい!」


「あ、うむ……どうしようかな……。

確かに美味しそうなのだが……使用人のお姉ちゃんが勝手に食べて良いものなのかと……」


「でも、私が良いと言えば、良いんですよね?」


「そうだが……まぁ、少しくらいは構わんか」


 セリカも熟れている実を一つ選んで、口に入れる。

 途端にセリカの顔が、ほにゃぁ~って風に緩む。


「これは……上物だな!

 誰が育てているのかは知らんが、作物の生育というのがわかっているじゃないか!」


「もう一個食べませんか?」


「うむ! 確かにこんなにあるのだ。

 もう少しくらい食べても大丈夫だろう!」


 そうして、私とセリカは次から次へとマギナの実を食べて行く。


 あま〜〜〜いっ!

 おいし〜〜いっ!

 我が人生のエクレアが、こんなところで味わえるなんて!

 もう私、死んでもいいよぉ〜〜っ!!


「ああ……本当に美味しい……。

 もっともっと食べたいです」


「ほう、本当に美味しいな……。

 どんどん食が進むぞ」


 そんなこんなで、30分は経過しただろうか。

 食い意地が張った女子2人が次々に実を食べた結果、プランターに生えている実は残り1つにまで減ってしまっていた。


「た、食べ過ぎましたか……?」


「う、うむ……。

 お姉ちゃんとした事が、食い意地に負けるとは……。

 流石に怒られるかもしれん……」


 私とセリカの眼が交差する。

 そこで交わされるアイコンタクトで、「悪いけど、知らなかった事にしよう」との結論が出る。

 このやりとりが交わされるまで、わずか1秒だ。

 うん。お互い以心伝心で、やりすぎた感がひしひしと伝わって来るね……。


「か、カバーを元に戻しましょうか?」


「そ、そうだな。

 そうしよう」


 罪悪感を生じつつ、私とセリカの二人で、せかせかとプランターカバーを戻していく。

 見た目、元通りになったプランターを尻目に、心の中で「ごめんなさい」とつぶやいて、私達は屋敷の方に足を向けた。

 その時だった。


「あら?

 シルビア、セリカ。寒いのに、お散歩?」


 どっき~~~~~~~~ん!!

 心臓が飛び上がりそうになる。

 いきなり背後から母さんに声を掛けられたのだ。


「え、ええ。

 屋敷にずっといても暇ですしね!」


「う、うむ!

 つまりはそういう事だ! 

 ろ、ローザはどうしたのだ!?」


「私は、アレを収穫しに来たの」


 母さんが指さす先には、さっき私とセリカが食い荒らしたプランター。

 はぅあ!? ま、マジすか!? 

 こ、これ、母さんが育てていたの!?


「あれはマギナの実よ!

 もうそろそろ熟した頃だしね!

 今日の食卓に出そうと思っていたのよ!」


 ドヤぁ! と云わんばかりに、母さんが自慢する。

 ヤバイ! とてつもなくヤバイ!

 この家で怒らせてはいけない魔族ナンバーワンの座を代々死守しているのは、何を隠そう、母さんだ。


 母さんに逆らってどうなるのかは、父さんが常日頃それを実証してくれているし、もし実を食い散らかした事が知られれば、地獄の説教を受けるのは想像に難くない。


「お、お母さまは、家庭菜園が趣味なんですね……?」


「う、うむ……。

 ローザにそんな趣味があったとは、私も知らなかったぞ……」


「え? そう?

 軍属時代も、私ハーブとか育てていたじゃない。

 セリカ覚えて無いの?」


 セリカの顔を覗き見ると、視線が斜め上に泳いでいき、口元がヒクヒクと引きつっている。

 え、なにその「そう言えば、そうだった」って顔は!?

 完全に忘れてたって事なの!? ねえそうなの!?


「ほら、貴方たちも見て見なさいよ。

 私、かなり上手に育てられているでしょ?」


「あ!」


「や!」


 何も知らない母さんがガバっと、プランターのカバーを捲る。

 その無残な姿になったプランターを見て、最初は上機嫌だった母さんの顔が、みるみる内に、赤化していく。


「……なによこれ」


 ゴゴゴゴゴ――なんてオーラが、母さんから醸し出される。

 2mはある髪がゆらゆら揺らめき、まるで悪鬼のようだ。


 と言うか、怖い!

 死ぬほど怖い!

 早くここから逃げ出したい!


「これも……この鉢植えも……誰よ!

 誰がこんな事したのよ!

 私この収穫の日を、ずっと楽しみにしていたのよ!」


 全てのプランターカバーが取られた後、その場に大魔神が出現した。

 そーっと、セリカの顔を見ると、セリカも私の方向に顔を向ける。

 そんなセリカの顔色は血の気が無く、冷や汗がダラダラと流れている。

 うん。きっと私も同じ顔している。って言うか、どうしよう……これ……。


「ゆ、許さない! 絶対に許さないわ! 

 誰がやったか知らないけれど、そいつは私の思いを踏みにじったわ!

 必ず犯人を捕まえて、それ相応の報いを受けさせてあげる!」


 激怒するおかん。

 どうしますや……セリカさん。

 え? なになに? ここは知らず存ぜずを貫きとおす?


 うん、それがよぅございますね。

 あっしらは、ただ散歩していただけ。

 偶然ここを通りかかった。

 ええ、そんな実があったなんて、知りもしませんでしたよ。

 うん、それでいきましょう。


「お、雁首そろえて、テメェら何してやがる?」


 空気の読めない男がやって来た。

 と言うか父さん、パジャマ姿とか、今起きたのか……。

 もうすぐ夕方になろうとしてるんだけど、あんたは前世の私か!


「お! 何だコレ!

 マギナの実じゃねぇか!

 もーらいっ!」


「「「あっ!!」」」


 止める間もなく、父さんが最後に残ったマギナの実をかじってしまう。

 モグモグという音が聞こえるたびに、母さんの顔が赤色から青色へ変化して行く。


「おー! うめぇっ!

 誰がこれ育ててんだ!?

 甘みといい、食感といい、上物じゃねぇか!」


「あ……あなただった……のね……。

 あなたが……犯人だった……のね……」


「あん? 何が?(モグモグ)」


「せ、セリカ?」


「あ、ああ。わかっている。

 今のうちに……」


 ソロリ、ソロリと、私とセリカはその場を後ずさる。

 後は任せたよ父さん。

 誠にご愁傷さまだが、空気が読めなかったと諦めてくれ。


「あなたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「うおっ!? 吃驚した!?

 な、なんだよローザ!」


 長い髪をウネウネ動かす母さんに、父さんは首根っこをガシッと掴まれる。

 まさかこの状況に陥っても、気付かないとか……。

 流石父さん。ああはなりたくないよね……。


「ゆ、許さない!

 きょ、今日と言う日は、もう許さない!

 ああ……魔王様……。

 ローザは怒りで頭がおかしくなってしまいそうです……」


「え!? な、何だよ!?

 テメーも食べたかったのか!?

 食いかけでよければ、いるか?」


「あなたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 その後、父さんは堆肥制作用の生ゴミコンポストに詰められて、縄でぐるぐる巻きの上、蓋をされた。

 うん、この人、一応ここの領主なんです。

 でも、それ以上に怖い人がいるので、父さんの権力はなんとなくヘタレにしか見えないのです。

 合掌。


「セリカ。

 私達は、何もしませんでした。

 いいですね……?」


「う、うむ。

 すまんザンドルド……。

 この領ではローザにだけは逆らってはいけないのだ……」


 そうして、父さんは初冬の凍えそうな寒空の中、一晩中、中庭に放置される事になる。

 コンポストの中から、「何故だぁぁぁぁ!! 俺はやましい事は何もしていねぇぇぇぇ!!」という悲鳴が一晩中、聞こえたという。


 ごめんね。

 父さん。

 母さん。

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