第26話 エピローグ②

 さて、じゃあケルベニを呼び出そっか。

 この子を呼び出すのも、あの誘拐未遂事件以来だよね。


 私は目を閉じて、両手を体の前で合掌する。

 実はこの動作、本当はしなくても良いのだけど、「さあ、今から呼び出すぞ!」って風に、気合が入るんだよね。


 スキルを使用するのに必要なのは、詠唱だけ。

 しかもその詠唱も熟練者は省略できるって言うし、そもそも私の飛翔や占いみたいに、詠唱すらいらないスキルもある。

 詠唱の省略がどれだけ難しいのかはわからないけど、将来私も召喚の詠唱を省略できるよう、上達したいものだね。


「我が魂に宿りし月のタロットよ、今ここに顕在せん。

 グリモワール・スプレッド!」


 真言を唱えた瞬間、体に蓄積されているSPが、何かに搾り取られるような感覚に襲われる。

 背中の翼がぼうっと光り、体の周りを赤い光が浮遊する。

 その赤い光が体の正面で魔方陣を描くと、その中心に『月』のタロットが浮かび上がった。


「■ぉ■――――ぉ!」


 生物の鳴き声が周囲に響く。

 そして、浮かび上がったタロットから、ゾウ程の大きさがある、一匹の生物が召喚された。


「おいおいおい!!

 まさかこれって、召喚スキルか!?」


「まさか!?

 召喚に関するスキルは、既に廃れた能力なはず!」


 え、なにそれ?

 ここは剣と魔法な世界なんだから、召喚士なんてありふれたものじゃないの?

 もしかして私が使っている能力って、すっごいレアな能力なの?


「……シルビア、よく聞きなさい。

 お母さんは貴方が裏庭に出た後、この神獣を呼び出す練習をしていた事、早々から知っていたわ」


 うん……だよね。

 母さんの左眼の魔眼は遠視・透視だもんね。

 まぁだから、今この場で私のスキルお披露目会をやっている訳なんだけど。


「召喚スキルや召喚魔法というのは、非常に希少な能力で、数百年に1人、世の中に出るかどうかの、珍しいスキルなのよ」


「えっと、普通は使う人はいないって事ですか?」


「そうね。

 召喚士が呼び出す召喚獣は、それ単体で、国家の進展に著しく影響を及ぼすものだと聞いているわ。

 ゆえに、召喚士はさまざまな時代で活躍してきたみたいね」


 あらま!

 召喚士はそんな優れたランクだったんだ。


 確かに、ケルベニを扱える召喚士が国家の中枢に潜り込めば、政務をやりたい放題できるもんね。

 という事は、私の立てた目標の「①勝ち組な人生を歩むこと」が確約されたと言ってもいいよね!


「でも、その一方で、召喚士は時代時代の権力者に翻弄され、とても悲劇な運命を辿ってきた者たちなの」


 え? どういう事?

 さまざまな時代で活躍してきたんでしょ?

 それが何で悲劇的な運命を辿るの?


「召喚士の扱う召喚獣の力は巨大すぎるのよ。

 それは魔族側にとっても、人間側にとっても同じね。

 召喚士はその時代の権力者の駒となるよう、何らかの方法で強制的に服従を誓わされ、戦争の道具としてボロボロになるまで、使い潰されてきた。

 そんな負の歴史も有るのよ」


 ……まじすか。

 つまり、地球でいう核兵器みたいなものなの……?

 ああいや、やっぱり核兵器とは違うか?


「私は貴方が召喚士である事を知っていたわ。

 でも、それを誰にも教える事はしなかった。

 それはもし貴方が召喚士だと外部に漏れると、貴方はきっと戦争の道具として酷使されてしまう。

 私はそれを避けたかったの」


 むう……。

 私は知らず知らずのうちに、母さんに守られてきたのか……。

 と言うか、召喚スキルってそんなヤバイ代物だったのか……。


「でも、今回貴方を誘拐しようなんて事件が起こって、私は考えたわ。

 貴方を今回誘拐しようとした動機は、お父さんに対する単なる逆恨みだったけど、次はそうじゃないかもしれない。

 貴方は人前で召喚獣を扱えることを示したわよね?

 もしこれが誰かに見られていたとしたら、貴方の争奪戦が始まらないとは決して言えないわ」


「争奪戦って……。

 人間が襲ってくるという事ですか?」


「確かに、人間も貴方を誘拐して、戦争の駒になるよう、洗脳したりする可能性もあるわね。

 それ以外にも、魔王軍に知れたら、貴方は間違いなく魔王様の元に連れ去られて、軍属に入れられるわ。

 召喚スキルを持つ魔族がいれば、軍にどれだけの便益をもたらすか、その経済効果は計り知れないもの」


「み、身内の魔族からも、狙われるのですか……?」


「間違いなくそうなるわ」


 という事は、私って知らず知らずのうちに、かなり危険な事をポンポンしてたって訳なの?


「シルビア。

 今日あなたのスキルのお披露目をしたのは、お父さんやセリカに貴方の事を理解してもらったうえで、対策を立てるべきだと思ったからよ。

 貴方がどんなスキルを保持しているかで、警護の方針も変わってくるし、今後、簡単な理由で召喚スキルを使っちゃだめよ」


「は、はい。

 わかりました……」


「いい子ね。

 大好きよシルビア」


 言って、私は母さんにぎゅーっと抱きしめられる。

 ああ……母さんって本当に私の事を考えていてくれたんだな……。


 む。やばい。ちょっと涙出てきた。

 生前の母親はギャンブルばっかりしてて、私の事なんてかまってくれなかったけど、これが母親の愛情なんだな。


「まぁ、そういう事だシルビア。

 今後、テメェは安易にこいつを呼び出すな」


「安心するんだ。

 シルビアはお姉ちゃんが必ず守るから。

 信用してくれ」


「え……ええ。

 ありがとう……」


 まぁ……そういう事情なら仕方がないかな……。

 とは言え、私は召喚スキルがなければ虚弱体質だし、正直言って何のとりえもない。

ケルベニの精神攻撃を使えば相手の精神をどうにでも操れるし、今後は如何にケルベニを上手く使えるか、それに掛ってくるかもしれないね。


「シルビアよ。今回の誘拐事件みたいに、召喚術を使わなければならない事もあるだろう。

 その時は仕方がねぇと思う。

 だが召喚獣を使うまでもねぇ雑魚には、あまりソレを見せるな。

召喚獣を使わないでも制圧に足りる相手なら、これを使え」

 

父さんは懐に手を入れて、ゴソゴソと何かを探す。

なんだろう。何かくれるの?


「これは?」


「見てわかんねぇのか? ナイフだ」


父さんの手には、白く輝く銀に似た素材でできた、1本のナイフがあった。

ゴテゴテとした装飾が持ち手の部分に着けられていて、実用品と言うよりは儀式用のナイフと言われた方が、しっくり来るようなナイフだった。


「このナイフは、俺が使っている弓矢の刃から再生されたナイフだ。

俺の弓矢はちょっとした魔道具でな。

たとえ無くしても自分の手元に戻って来るし、折れようが錆びようが、勝手に元通りに修復してしまう。

もし誘拐犯みたいなのが今後現れたら、こいつをそのボンクラのキン○マに突き刺してやれ!」


「き、キン○マって……」


正直、私は運動神経も鈍いし、ナイフ一本有ったところで、襲われた時にどうこうできるとは思えない。

まぁでも、父さんも母さんもセリカも居るし、ケルベニだって居る。


だからさ、きっと大丈夫だよ。

ギガンタンなんて規格外が出てきたときは、どうしようもないけど、自分の力を見極めつつ、上手くやって行くよ。

だからそんなに、心配しないでね。

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