第23話 悪魔と呼ばれた天使③
デミオ達の目の前で、アーチェの首から下が、ドスンと崩れ落ちる。
そして、アーチェの一部だったであろうモノが、大量にばらまかれて、草木を真っ赤に染めた。
「アーーーーーーーチェーーーーーっ!!」
「もうやめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「何でだぁぁぁぁっ!!
何でこうなるんだぁぁぁっ!!」
そして、再度の混乱騒ぎが始まった。
そこにいる屈強な冒険者たちの全てが嗚咽し、失禁し、少女に対して許しを請う。
そのような惨劇を目の当たりにしても、その少女は死の象徴である怪物の背中で、ニコニコと笑顔を浮かべているだけであった。
「……そうですね。
次、行きましょうか」
「■■ぉぉ■■―――――ぉぉぉ」
「ひひひ、ひいっ!?」
「かかか、神様助けてぇぇぇぇぇっ!?」
少女によって次の犠牲者が選ばれる。
その後の出来事は、まさに惨状としか例えようが無かった。
「俺っ! 舌を噛み切って生きてたら、メリッサの遺体と結婚するんだ!」
――――そうしてその者は、舌を噛み切って、絶滅した。
「うーん?
耳の中がゴロゴロいうなぁ?
頭にナイフを突き刺してみようか?」
――――そしてその者は、ナイフが頭を貫通して、絶滅した。
「私の首を絞めて、どれだけ早く私が死ぬか、勝負よっ!!」
――――そうしてその者は、自分の首を自分で絞めて、絶滅した。
「今まで黙ってたけど、実は俺、空を飛べるんだ。びゅーん!」
――――そうしてその者は、崖からチャタレー川に飛び下りて、絶滅した。
「はいっ! 一発芸!
大サソリの毒、一気飲みします!」
――――そうしてその者は、致死量を超える服毒により、絶滅した。
「も、も、う……。
やめて……くだ……さい……」
デミオは、とうとう恐怖により、我慢が出来なくなった。
「も……もう、やめて下さいぃぃぃっ!!
ぼぼぼ、僕はもう貴方を金輪際、狙いませんんんっ!
こここ、このデミオ・ラダンは、バース・ラダン男爵の息子なんですっ!
ここ、この平民たちの命を全部集めても、きき、貴族である僕の命の方が重いんですよぉぉっ!!」
デミオはアイゼンにさえ隠していた真実を、ここで告げた。
少女がその事実を聞いて、どうにかするとも思えなかったが、彼は恐怖から、叫ばずにはいられなかった。
「デデデ、デミオ!?」
「おおお、お前が貴族だってっ!?」
デミオはもう正気ではなかった。
いや、デミオだけではなく、彼らの中に正気を保っている者は一人も残って居なかった。
何でもいい。何でもいいから、助かりたい。
そんな気持ちが、普段のデミオなら言わなかったであろう叫びを、今ここに引き出してしまったのだ。
「貴族ですか……」
その時、彼らの懇願を無視し続けていた天使に、変化が起きた。
デミオが言い放った言葉を聞いて、あきらかに興味がある反応を示したのだ。
「そそそ、そうです!
ぼぼ、僕は貴族なんです!
ててて、天使様も貴族なのでしょう!?
ほ、ほら! おおお、同じです!
天使様と僕は貴族同士なんですっ!!
だだだ、だから僕だけでも、助けて下さいぃぃぃぃっ!!」
「でで、デミオっ!!
お前っ、ひひ、一人だけ助かろうって腹かっ!?」
「ひひ、卑怯だぞっ!!
おお、俺達は仲間だろっ!!」
「ううう、五月蠅いっ!!
ぼ、僕は貴族なんだっ!!
ここ、こんな場所で死んで良い人間じゃないんだっ!!
ああああ、あんたら平民と一緒にするなぁぁぁっ!!」
もう滅茶苦茶だった。
滅茶苦茶でもいいから、恥も外聞も投げ捨てて、デミオは少女に懇願した。
デミオは思う。
この少女は、あきらかに僕に興味を示した。
きっと、この彼女は僕と同じ貴族である事に、親近感を抱いている。
そうでなければ、さっきまで僕達の懇願を無視し続けていたのに、あれだけ都合良く僕の言葉に反応する訳がない。
もしかしたら、僕だけでも、助かるかもしれない――――と。
少女は、少し何かを考える節を見せた後、おもむろに両人差し指を天地へ向ける。
そして少女は、デミオの心に生涯残り続ける結果となる、とある言葉を口に出した。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず、です」――――と。
デミオは生まれてこの方、そのような言葉を聞いた事がなかった。
言葉を聞いた事は無かったが、言わんとしている意味は、なんとなく理解する事ができた。
彼はその言葉の意味を、このような意味に理解した。
『魔族にとって人間は、貴族で在ろうが無かろうが、一律に等しい存在である。
ゆえに、貴様が貴族だろうが平民だろうが、そのような事は関係ない。
平民が殺されているのに、貴族が殺されない道理はなく、死は、人の身分に関わらず、平等に訪れるのだ』――――と。
「ああ……ああ……」
もう、デミオに希望は何も残っていなかった。
彼は絶望の闇に襲われ、精神が崩壊する一歩手前だった。
そして、彼は確信する。
3対6枚の翼を有する、堕天使族の少女。
シルビア・メル・シ・イエローアイズ。
この子は、人の命を弄ぶ、悪魔だ。
天使の様な見た目に、騙されるんじゃなかった――――と。
「では、さよならですね」
少女の無慈悲な声が聞こえた。
そしてデミオも、死を受け入れ、人生の走馬燈がぐるぐると頭を巡った。
そんな時に、奇跡は起こった。
「■■ぉぉ――■■ぉぉ」
怪物の雄たけびが体に響く。
その雄たけびの直後、彼らはとある変化に気づいた。
「あああ、あれ……?」
「うう、動く!?
かか、体が動くぞっ!?」
理由は不明だが、唐突に彼らの金縛りが解けたのだ。
デミオも手先を恐る恐る動かそうと試みた。
すると、何のことは無い。自身の意思で、体を動かすことができるではないか。
デミオ達は、何故そうなったのかはまったくわからなかった。
わからなかったが、とにかく彼らは少女から解放された。
理屈ではわからなかったが、この金縛りを掛けたのは彼女であり、それを解いたのも彼女しかいない事だけは確かだった。
「もう行ってもいいですよ。
お父様やセリカには内緒にしてください」
少女がデミオ達に向かって、笑顔を持って答える。
その言葉を聞いた彼らは、最初こそ少女に裏があるかもしれないと、疑心暗鬼だった。
しかし、暫くの時間が経っても少女が何もしない事がわかると、少女は自分たちを本当に許したのだと、ようやく彼らは、その言葉の意味を理解することが出来た。
「ににに、逃げろぉぉぉぉぉぉっ!!」
「たたた、助けてぇぇぇぇぇぇっ!!」
「うあわあああ、ママぁぁぁぁっ!!」
「ま……まって!
まって下さいっ!!」
許されたとわかるやいなや、デミオ達はその場から、一目散に逃げだした。
少女が追いかけてこないか確認する余裕すら無いまま、彼らは必死に逃げた。
草が伸びきった旧道を全速力で走る。
理由はわからない。
理由はわからないが、助かった。
助かったのだと思うと、涙が止まらなくなった。
もう彼らに、少女を追い詰めようとしていた時の覇気は、皆無だった。
「待って……待って、ああっ!?」
デミオは涙で前が見えず、崖から足を踏み外してしまい、川辺まで転がり落ちてしまう。
デミオはこれが原因で大けがを負った。
しかし、他の誘拐実行犯のように、あの2人の魔族に出会うのを、回避する事ができた。
後にデミオは、この崖に落ちた事を、こう振り返ることになる。
本当に僕は崖から転がり落ちて、幸せだった――と。
◇
「あぅぅぅぅ……うううっ……」
「ひっく……ひっく……ひっくっ……」
「ひあぁぁぁ……あああ……っ」
デミオと離れ離れになった後、デミオ以外の冒険者達は、地面に座り込んで、鼻水を垂らして泣いていた。
あの地獄から逃げる事ができた。
俺達は助かったのだと、彼らは生の喜びに対して、泣きじゃくっていたのだ。
「助かった……。
俺達は助かったんだ……」
「ちくしょう……。
もう俺は冒険者を辞める……。
あんな化物を相手にできるか……」
「王国へ……エリシュメシア王国へ……。
誘拐なんてもうどうでもいい……」
「くくく……。
見ねぇツラだと思ったら、テメェら、王国の手先かぁ?」
その時だった。
一人の粗暴な男の声が、彼らを見下ろしながら、質問を投げかけた。
「あたり前だろ……」
「今さら何を言ってるんだ……」
「もうこんな魔族領での活動なんか真っ平だ……」
彼らは、先ほどの死地から生還してとてつもなく疲労していた。
ゆえに、彼らはその男の声が誰であるのか、詳細に判別する余裕はなかった。
「ははは……誘拐と言ったな。
誰を誘拐しようとしたのか、私に教えてくれぬか?」
続いて、女の声が聞こえた。
その声は静かな口調ながらも、どこか怒気を含んだ声だった。
「そんなの……」
「あのシルビアとかいうガキに……」
「決まって……決まって……え?
だだだ、だれ?」
一人の冒険者が、ようやく自分たちに声を掛けていた存在が、己の知らぬ声調であった事に気づく。
粗暴な男の姿は、漆黒の翼を有して、2mを越える大弓を持った魔族であった。
他方、静かな口調の女は、頭に2本の角を有して、緩やかにそり曲がった剣を持った、メイドであった。
「くっくっくっ。
王国のボンクラが黒幕だったんだなぁ……?」
「はっはっはっ。
聞いたかザンドルド。
こいつら、シルビアを誘拐しようとしたらしいぞ?」
「だ……堕天のザンドルド!?」
「きききき、鬼人のセリカ!?」
一難去って、また一難だった。
彼らは、このイエローアイズ領で、最も出会ってはいけない魔族に出会ってしまった。
「くっくっくっ!」
「はっはっはっ!」
「あああああああああ!?」
「ひいいいいいいいい!?」
「うああああああああ!?」
「「てめぇ(貴様)らぶっ殺す!!」」
もし彼らがデミオのように、崖下に落下していれば、助かったかもしれない。
もし彼らがこの場所で座りこまずに、先へ先へと進んでいれば、助かったかもしれない。
そうしてデミオ以外の生存者全て、ザンドルドとセリカに捕縛される事になった。
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