第22話 悪魔と呼ばれた天使②


 アイゼンが部下の一人、デミオ・ラダンは、エリシュメシア王国にあるラダン男爵の5男として生誕した。


 王国の男爵家で5男というのは領地を授かる権限に乏しい。

 ゆえに彼は家を出て、自身の才覚で稼ぎを得ない以上は、生活ができる見込みがなかった。


 デミオと同等の階級に生まれた者は、他家に仕える者、軍属になる者、商人になる者、冒険者になる者等、様々だった。

 その中でデミオは、貴族と云う身分を隠して、冒険者になる道へ進む。


 冒険者ならば、一芸に秀でれば力の有るクランに加入する事も可能であるし、そこから成功の道が開けるからだ。

 貴族である身分を隠したのは、冒険者の大半が平民であり、貴族に対する反発が少なからずあるゆえの、行動だった。


 彼の運命が動いたのは、彼が所属していたクランに、他のクランから協働の依頼がかかった時である。

 人手が足らない。ギルドの掲示にはない、良い案件がある。

 仕事内容は、ロアニールの反乱作戦の加担だ。


 デミオはまさか自分にこんなに早く運が向いてくるとは思っていなかった。

 デミオはこの誘いを心の底から喜んだ。

 もしかしたらこの案件を無事にクリアすれば、その重要案件を受けている協働先のクラン自体が、自分を引き抜いてくれるかもしれない。

 そう思って、彼は日々努力していたのだった。









「私は、神になったのよぉぉぉぉっ!!」


 意味不明な事を放つメリッサは、歓喜の顔をしていた。

 本当に幸せそうな表情だった。


 本当に幸せそうな表情をしながら、メリッサは、自分で自分の首を跳ねた。


「う、うわあああああああああっ!?」


「メ、メリッサぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


「何でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 メリッサの首が、ゴトンと土の上に落ちる。

 その首は地面をゴロゴロと転がり、デミオの足にぶつかって止まった。


「めめめ、メリッサさん!?」


 デミオはメリッサだった物の一部と、目線が合う。

 メリッサの表情は、死んでもなお、歓喜の表情だった。

 本当に幸せそうな表情だった。


「ヒィィィ……」


 その表情を見て、デミオは失神しそうになった。

 そのまま失神できていたら、どれ程幸せだっただろうか?

 結局のところ、彼は目の前にいる怪物の恐怖から意識が覚醒させられ、失神できなかったのだ。


「なんだよこれぇ……」


「あくまぁ……あくまぁ……」


「神様助けて……」


 デミオ達は恐怖していた。

 恐怖の対象は、3対6枚の翼を持つ少女と、死の象徴にしか見えない巨大な怪物だ。


 狼と犬の二つの頭を持ち、胴体はザリガニ。

 ザリガニの胴体には黄色い女の顔が描かれ、その顔を挟み込むようにして生える、二本の角。

 動く度に周囲に鬼火をまき散らし、見る者を不安にさせる容姿を持つ、精神汚染の雄。

 3対6枚の翼を持つ少女曰く、この化物の名は、ケルベニと云うらしい。


 狼の顔に犬の顔という二つの顔が有るだけでも奇怪であるのに、体の後ろ部分はザリガニで、その全長はゾウ程も有る。

 しかも、この怪物の狼の顔は普通の大きさであるのに、犬の顔については可愛らしいチワワの顔を持ちながら、狼の4倍程も大きいのだ。


 恐怖。驚愕。衝撃。畏怖。混乱。絶望。

 この怪物を見て、デミオ達が恐怖するのも仕方が無い事だと云えよう。


「では次、行きましょうか」


 天使の笑みを浮かべた悪魔の少女が、軽声を上げる。

 その声を聞いて、デミオ達は現実に引き戻された。

 これが続く? 次の犠牲者が出る? 


「あ……悪魔だ!

 悪魔の少女だ!

 俺達は何でこんな悪魔に手を出してしまったんだっ!!」


 誰が発した言葉かはわからないが、それが誘拐犯達に共通する結論であった。

 天使の風貌をした少女から醸し出される恐怖の感情は、悪魔そのものであり、デミオ達は、泣き、嗚咽し、嘔吐し、そして失禁する事でしか、少女の恐怖に抵抗する事ができなかった。


「ひいっ!! ひいっ!!」


「い、いやだぁっ!!」


「お願い……許して……」


 中学生程度の容姿にしか見えない少女に対して、身長190cm近い男達が涙を流して懇願する。

 少女は死の象徴である怪物の背中に乗って、天使のように美しい笑みで、懇願する彼らを見つめていた。


「ケルベニ、お願いします」




「■■ぉぉ■■―――――ぉぉぉ!」




「いいい、嫌だっ!

 しし死にたくないっ!!

 まま、まだ死にたくないぃぃぃぃぃっ!!」


 そうして、次の犠牲者が、青白い炎に包まれる。

 炎に包まれたのは、元々デミオと同じクランに属していた、アーチェだった。


「ヒイイイイイイイイイイッ!?」


 アーチェの泣き叫ぶ声が、眼の前で叫ばれる。

 但し、それも数秒の事だ。

 彼の叫び声も、だんだんと鎮静化していく。

 そして炎が消え去る時にはメリッサと同じように、彼もただ沈黙のまま、ポツリと立ち尽くす姿を周囲に見せる事になった。


「ふ、ふはは……ははは……」


「あああ、アーチェさんっ?!」


「ふはは……ふはははははははっ!!

 そうかそうかっ!

 これがメリッサの見た世界か!

 確かに、なんて素晴らしい!

 なんて愉快な世界なんだ!!」


 アーチェもメリッサと同じく、歓喜に顔をゆがませながら、高々と笑い始める。


「ああ、アーチェ!!

 やめろっ!?」


「アーチェさんっ!!

 きき、気をしっかり持ってくださいっ!!」


「ななな、何で懐に手を入れているんだっ!?

 それだけは止めろぉっ!!」


 アーチェは自身の懐に手を入れて、大量の包紙を取り出す。

 彼は、破壊工作を得意とする冒険者であった為、彼が大量の火薬を所持している事を、他の冒険者たちは知っていた。

 ゆえに、彼らはアーチェが今から何を行うのか、メリッサの例を見るに、鮮明に想像できてしまった。


「お前らも綺麗な花火、見たいだろ! 

 俺はもう見る事はできないけど、これ見て皆もほっこりするんだぞ!」


 それだけ言うと、彼は手に持った包紙を口に含んで、その導火線に火を付ける。

 アーチェも、歓喜の顔をしていた。

 アーチェがこんな幸せそうな顔をしているのを、デミオ達は見た事が無かった。




「ほぉ~ら! ほっこりぃ~~~!」




 そんな幸せそうな表情をしながら――――アーチェの頭は――――四方八方に、爆散した。

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