第21話 悪魔と呼ばれた天使①


 はろー。わたしシルビア。

 わたし今、貴方の部屋の前にいるの。

 や、冗談は置いといてだね。


「さぁ、一人ずつ、精神を崩壊させてあげます。

 私の相棒、真なる姿のケルベニを、とくとご堪能あれ」


 私はブチ切れていた。

 理由はこいつらが私を誘拐して、翼を切り落とすとかほざいたからだ。


 私は父さんに絡まれた貴族を、わざわざ救ってやったのに、こいつらはその恩を仇で返した。

 誘拐はまだ成功していないが、日本の法律でも未遂は罰するんだ。

 もう、お前らは許さない。

 私達魔族を舐めた事を、後悔させてやる!!


「神様……」

「ヒイィィィ……」

「助けて……」


 ――――と、思っていたんけど、なんか、この人達の異様に怯える姿を見て、急に萎えた。

 ちなみにこの人達は、ケルベニの精神攻撃で金縛りに有っているので、手足を1ミリたりとも動かす事ができなくなっている。

 最初はマジこいつら許すまじー! とか思ってたんだけど、なんか怯える姿を見てたら、だんだん可哀想になってしまった。


 べ、べつにヘタレた訳じゃないぞ!

 確かに私は魔族だけど、元人間なんだ。

 この人達はどうしようもないクズだけど、流石に殺すのは行き過ぎな気もしないでもないし、まぁ……この人達が私を襲わないと約束するなら、開放してやってもいいかもしれない。


「あくま……」


 誰が口に出したのかはわからないが、なんか失礼な事を言われた。

 悪魔って何なの。どうみたって天使でしょ。

 こんな可愛い姿してるのに悪魔とか……この人達の眼は節穴なの?


 文句の一つも言えば良かったのだけど、うーん、どうしよう?

 私を誘拐しようとした人間達は、その誰もが涙を流して嗚咽し、中には失禁している者もいる。

 うっわぁ……。

 大の大人が……何にそんな恐怖してるんですか。


「■■ぉぉ■■――ぉぉ」


 ケルベニの背中にポスンと座る。

 すると私に甘えるような感じで、ケルベニが軽く声を上げた。

 うん。可愛い子だなぁ。


 流石に街の中とかで召喚したりすれば大騒ぎになるだろうけど、それでもこの子は私の可愛い召喚獣だ。

 こうやってこのケルベニは召喚の度に私に愛情を寄せてくるし、正直言って癒される。


「ん……? 街……?」


 そこで、唐突に私はある事に気づく。

 イエローアイズ領の領都、ロアニールに所属する人間は、街の外に出る事を禁じられているので、簡単にはこの場所までは来られない。

 それに武器の所持なんてもっての他だ。

 ただでさえ治安が良くないロアニールで武器なんて持ち歩いてたら、一発で掴まっちゃう。


 えっ。じゃあ何?

 この人達、どうやってここまで来たの?


「一応聞いておきますが、貴方達はどこの人ですか?

 街の捕虜ですか?」


「ヒィィィィ……。

 あくまぁ……」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「嫌だ……。

 俺はこんなところで死ぬ人間じゃないんだ……」


 いや、人の話、聞いてよ。

 むう……なんかまた怒りが湧き上がって来た。

 これって私、無視されたの?

 そうなの?


「答えてくれませんか?

 街の捕虜なら、武器の所持は認められていませんし、そもそも街からも出られません。

 何で貴方達は武器を持って、街の外に居るのですか?」


「うあああ……」


「夢だ……。

 これは性質の悪い夢なんだ……」


「助けて……。

 神様お願い……」


 だめだ、らちがあかない。

 やっぱり私、この人達にスルーされてるよ。

 せっかく穏便に助けてやろうと思ってたのに、酷くない?


 もしこの人達が街の人間じゃないのなら、間違いなくこの人達は王国からやってきた人間だ。

 王国側は私が知らないだけで、何度も領内に進攻しているって話だし、いくら私が人間に寛容と言っても、危険分子を野放しにはしたくない。


 うーむ。仕方がない。

 じゃあ、さっきみたいに、ケルベニの精神攻撃で、もう一度あらいざらい吐いてもらおう。


「ヒッ!!」


 私はさっきペラペラといろんな事を喋ってくれたお姉さんに、照準を絞る。

 さっきはあれだけ勝気に私の事を縛り上げるとか言っていたのに、今やこんなにしおらしくなっちゃってまぁ……。


 もしかしてこの人達、ケルベニの姿にビビってるの?

 いやでも、ケルベニ可愛いし、そんな訳はないか。

 もしかしたら、これは怖がっているフリをしているだけで、私がついうっかり金縛りを解くと、一斉に襲ってくるつもりかもしれない。


 うう……怖っ!

 そうなったらステータスが虚弱な私はあがらう余地なんて無いし、騙されないようにしないと。


「では、ケルベニ、頼みましたよ。

 先ほどと同じです」




「■■■■ぉぉ■■■■ぉぉ■■■■――――――――ぉぉぉぉぉ!!!!」




 地響きのような声でケルベニが叫ぶ。

 わお……気合入ってるね。


 この子は忠誠心が高いからね。

 もしかしたら私が危険な目にあったのを、良く思ってないのかもしれない。


「たたた助けて!

 助けて下さい!!

 おおお、お願い助けてッ!!」


 ケルベニから送られた鬼火が対象を包む。

 うん。これでまた尋問タイムだね。

 それの内容を聞いて、こいつらを殺すかどうか、決めよう。


「あああ……あはは……。

 あはははははは……!

 あはははははははっ!!」


 突然、対象が狂ったように笑い出した。

 何で?

 私がやったのは、さっきと同じく、私の質問を拒む事は許されないって思いこませるための『狂信』なんだけど、コレどうなってんの?


「ありがとう天使さま!!

 こんなキモチイイ世界を教えてくれて!

 なんて、なんて幸福なの!!」


 対象が腰に掛けていた剣を抜き放ち、首に充てる。

 そして、そこからうっすらと血が流れ出してきた。


 なんで? なんか完全に様子がおかしい。

 これって絶対に正気じゃないよね?

 え? って言うか、剣なんか首に充てて、どうすんの……?

 術を解くか……? 


「最高! 最高! 素晴らしいわ!

 私はこの世の真実を知ったのよ!!」


「めめめ……メリッサ!?」


「お、おいっ!

 だだだ、誰かメリッサを止めろ!!」


「し、正気を持て!

 おおお、お前は何を言っているんだ!?」


 うーん。

 演技はしているようには見えないよね?


 いや、演技はしていなくても、術を解いた瞬間、金縛りまで解けて襲ってくる可能性は捨てきれない。

 あきらかにこの人、眼が逝っちゃってるけど、ここはもう少し様子を見てみるみよう。


「あんたら!

 私、先に遊びに行くからね!

 あんたらも良かったら後から来てね!!」


「ややや、やめろっ!!」


「それ以上!

 ちちち、力を手に込めるなっ!!」


「けけけ、剣を下ろすんだメリッサっ!」


 お姉さんの首に剣が徐々にめり込み、そこから赤い血がどんどん流れ出る。

 おかしくなったお姉さんの顔は、歓喜の表情をしていた。

 本当に幸せそうな表情だった。


 本当に幸せそうな表情をしながら――――


 そのお姉さんは――――自分で、自分の首を――――跳ねた。

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