第18話 怒り


 はろー。わたしシルビア。

 わたし今、貴方の家の前にいるの。


 や。そういう冗談は置いといて。

 正直言って、今の私は腸が煮えくり返りそうな程、激怒していた。

 理由は、この人が言った言葉だ。


 この人はこう言った。

 『鬼神のセリカを、ギガンタンごと火矢で焼き殺すよっ!!』―――と。


 頭に血が上る。

 我を忘れそうになる。


 私がこの場から逃げたら、セリカを殺す?

 ふざけんな!

 貴方達は知らないかもしれないけど、セリカは私の嫁候補だ!

 前世は女っ気がまったくなかったし、あんなに私を好いてくれる女性に、私は初めて出会ったんだぞ!


 私の嫁(候補)を殺すとか言われて、許せるほど私はできちゃいない。

 だったら、貴方達と云う障害を除いてから、私は先に進ませてもらう。

 私を好いてくれる女性が居る事を、私がどれだけ嬉しく思っているか、わかっているのかっ!!


 ――――と、その時だった。

 木々の隙間から、父さんが空を飛んで、さっきの切通しの方角に向かっているのが、チラリと見えた。


 流石父さん! 行動が素早い!

 きっと父さんはギガンタンを倒す為、セリカと合流するつもりなのだろう。


「ふふふふふ……」


「な、何この子……

 さっきと雰囲気、全然違うじゃない……」


 セリカは言っていた。

 セリカと父さんが組んだら、ギガンタンなんて目じゃないと。

 父さんはいつも調子良い事いうのであまり信用ならないけど、セリカが言うのだったら信用できる。


 ギガンタンは、父さんとセリカに任せればいい。

 父さんの弓はとんでもなく凄いし、セリカの剣も同様だ。

 単独でも凄いのに、これが二人揃うのだから、今私が知る中で最強のタッグだ。

 一大事とばかりに私もここまで走って来たが、これで一息つげる。


「へ、へぇ!? 

 天使みたいに可愛らしいと思ってたら、ま、魔族は魔族だったってワケ?

 今のお嬢ちゃん、悪魔みたいに怖い顔してるわよ!?」


 だからどうした。

 ゴミ虫が偉そうな口を利かないでよ。


 これで私はこいつらから、急いで逃げる必要がなくなった。

 そう思ったら、急に安心感が湧いてきた。

 別にこのまま私がここに留まろうが、街に戻ろうが、大した問題にはならない。

 後は私がこいつらを、どうにかするだけだ。


「お、おい! 早くやっちまおうぜ!

 ここは街に近いし、いつ魔族が来るとも限らねえ!」


 フン。でかい口利かないでよ。

 魔族に生まれた以上は、いつかは人間に襲われる日が来るとは思っていたけど、まさかこんな形で襲われるとは思ってもいなかった。


 というか、実際に襲われてみて、初めてその怒りが身に染みる。

 生前は人間だったし、できれば人間と仲良くしたいと思っていたが、魔族という体に生まれて、人間が鬱陶しいというDNAを捨てきれずにいたのは事実だ。


 今までは理性でそれを抑え込んでいた。

 しかしそれも、一旦怒りが湧き上がってしまうと、人間を大事にしようと考え方が、一気に魔族の考え方に塗り潰されてしまった。


 人間風情が、私達魔族に対して、ふざけないでよ――と、人間を憎む気持ちの方が、理性を上回ってしまっていたのだ。


(お、おい……あの子、さっきと雰囲気が180度違うんだが……)


(……と言うか、本性を見せたって言った方が良いのか……?)


(堕天のザンドルドの娘だからな……威圧感が有っても可笑しくねぇだろ……)


(……に、しては)


((((すっげぇ、怖ぇんだけどさぁ……!!))))


「ねえ、質問に答えて下さい。

 何故、貴方達はこんな事をしたのですか」


「ハ! それを答えるとでも?」


 まあ、そう簡単には答えてくれないだろうとは、思ってたよ。

 でもね、私には簡単に口を割らせる方法があるんだよ?

 もう急いでここを立ち去る理由もないし、ここは洗いざらい、貴方達の目的を吐いてもらうからね。


(ケルベニ。

 あの人間に対して、私の質問を拒む事は許されないって思いこませるよう、『狂信』させてください)


(■■――ぉ)


 私がそう言うと、ケルベニは私と対面するリーダー格の女性に対し、鬼火を送る。

 もちろん鬼火の存在を奴らに気づかせずに――だ。


 鬼火が対象の足元に当たったのを確認する。

 よし。これで私が質問をすれば、あの人間は答えざるを得ない。

 拒もうとしても、質問に答えないといけないという、脅迫概念に襲われるはずだ。


「もしかして、街でお父様に恥をかかされた貴族の命令ですか?

 お父様に復讐をする為に、私を狙ったとか?」


「……む、そ、そうよ。

 あんたの言う通りよ。

 これはマカド子爵の命令よ。

 し、子爵の目的は、ザンドルドに復讐する為に、あんたを誘拐する事よ」


(お、おい! メリッサの奴、何であんなペラペラ喋ってやがる!?)


(知るかよ……どうする……止めるか?)


(い、いや、止めたいのは山々なんだが、何故かさっきから体が動かねぇんだよな……)


(お、お前もかよ!

 ど、どうなってんだよ!)


 ザワザワと、周りから騒めきの声が聞こえる。

 駄目だね。貴方達は動けないよ。

 貴方達は前もって、私の姿を『恐怖』で動けなくするよう、精神攻撃を掛けさせてもらったからね。


「吊り橋を落としたのも、あんな化物を仕掛けてきたのも、貴方達ですか?」


「そ、そうよ。

 吊り橋を落としたのも、ギガンタンを連れてきたのも、あたし達よ。

 鬼人のセリカはあんたを誘拐するのに邪魔だったからね。

 足止めさせてもらったのよ」


「私を誘拐した後は、どうするつもりだったのですか……?」


「ま、まずは逃げられないように、翼と四肢を全て切り落として、達磨にするつもりでいたわ。

 その後は、あんたの翼を堕天のザンドルドに送り付けて、ザンドルドを激情させるつもりだった。

 達磨にされたあんた自身は、性奴隷として売却する予定だったわ。

 手足が無くても、穴があれば奉仕はできるからね」


 あ、だめだ。

 視界が怒りでぼやける。

 この人は何を言っているんだろう。


 私を誘拐する? 別に私、何もしてないよね?

 と言うか、むしろ私って父さんからあの貴族を守ってやった側だよね?

 普通は恩義を感じて当然のはずじゃないの?


 なのに誘拐する? 達磨にする? 性奴隷として売却する?

 この人達の頭は、何でできてるんだろう?


「……一応聞きますが、今ここであのギガンタンを回収してくれるのなら、危害は与えませんよ……?」


 これは私なりの最終通告だ。

 この返答次第で、この人達はもう殺す。

 ここまで譲歩したのは、あくまで私が元人間という過去を持つからだ。

 だけど、もう我慢も限界だ。

 魔族としての血がこいつらを殺せ殺せと喚き立てているし、これ以上私を苛立たせるならば、もうそれを抑えられる事ができない。


「ぎ、ギガンタンは一度放たれてしまった以上、もうあたし達にも戻せないね。

 そ、それに、あんたの誘拐も止める気はないね。

 あんたはあたし達に誘拐されて、達磨にされた挙句、私達の酒代として売られていくんだ」


(な、何でそんな事まで喋ってるんだよ……!)


(お、おい!

 誰かメリッサを止めろ! あいつオカシイぞ!?)


(クソ……!

 何で体が動かないんだ……!?

 体さえ動けば、あんなガキ……)


「そう、では、さよならですね」


 うん、もういいや。

 誘拐はまだ成功していないが、日本の法律でも未遂は罰するんだ。

 この人達はここで殺そう。


 私はポケットサイズのケルベニにカードに戻るよう指示を出す。

 すると、コートの中にいたケルベニは、小さい雄たけびを上げて消えて行った


「ぬ、あ!?

 う、動くぞ!? 体が動く!?」


 精神攻撃を掛けていた召喚獣を消したので、こいつらの金縛りも解けたようだ。

 まあ、それくらいは想定内だ。

 大した問題じゃない。


「お、おいっ!!

 メリッサ!

 何で機密をこんなガキに喋った!?」


「わ、わからない! 

 何故かあのガキの質問には答えないといけないような気がして、それで……」


「……っていう事は、このガキがメリッサに何かやったのか!?」


「おいっ!!

 このガキ、俺達に何をしやがったっ!」


 まあ、この場には私しかいないんだから、どう考えても私が何かしたって風に気付くよね。

 でも、本当に私が何かするのは、今からが本番だ。

 もう、お前らは許さないよ。

 私達魔族を舐めた事を、後悔させてやる。


「デミオ!

 網よ網!

 このクソガキ、何かおかしいわ!

 早めに縛り上げて、翼と足を切り落とすわよ!」


「わ、わかりました!

 覚悟しなよお嬢ちゃん!

 恨むのなら、魔族に生まれたその人生を怨むんだねっ!!」


 その言葉と同時に、私は再度、『グリモワール・スプレッド』を使う為に、眼を閉じて手を合掌した。

 今まで呼び出していたケルベニは、ポケットサイズでの召喚だ。

 ポケットサイズの召喚から、通常サイズの大きさに変更するには、一度術を解いた上で、さらに真言を唱え直さないといけない。

 ゆえに、私は一度ケルベニの召喚を解いただけだ。


「我が魂に宿りし月のタロットよ、今ここに顕在せん。

 グリモワール・スプレッド!」


 私が真言を唱えた瞬間、体に蓄積されているSPが、何かに搾り取られるような感覚に襲われる。

 背中の翼がぼうっと光り、体の周りを赤い光が浮遊する。

 その赤い光が体の正面で魔方陣を描くと、その中心に『月』のタロットが浮かび上がった。


「な! 何だ!? これは!」


「な、なんか出て来るぞっ!!

 こ、これは……う、うわあああっ!?」





「■■■■ぉぉ■■■■ぉぉ■■■■――――――――ぉぉぉぉぉ!!!!」





 生物の鳴き声が周囲に響く。

 そして、浮かび上がったタロットから、ゾウ程の大きさがある、一匹の生物が召喚された。


 狼と犬の二つの頭を持ち、胴体はザリガニ。

 ザリガニの胴体には黄色い女の顔が描かれ、その顔を挟み込むようにして生える、二本の角。

 動く度に周囲に鬼火をまき散らし、見る者を不安にさせる容姿を持つ、精神汚染の雄。


「な、な、な、な、何なのよこいつはぁぁぁぁぁぁっ!?」


「ば、バケモノぉぉぉっ!!」


「に、逃げ……れない!?

 ま、また体が動かないぞっ!?

 どうなってるんだっ!?」


 うん。そうだね。

 逃げれないよね。

 ケルベニの召喚と同時に、再度、金縛りの精神攻撃を掛けさせてもらったからね。


 もう貴方達は俎板の鯉だ。

 生かすも殺すも、私のさじ加減一つだ。


「さぁ、一人ずつ、精神を崩壊させてあげます。

 私の相棒、真なる姿のケルベニを、とくとご堪能あれ」

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