第16話 逃避


 狩りで痛めた翼で空を飛び、崖崩れがあった切通しを抜ける。

 痛い。物凄く痛い。

 背中の筋肉に穴を開けられ、それを内部から強引にこじ開けられているような激痛が背中を襲う。


 ああもうっ、これって背中の筋肉、本気で肉離れ起こしてるよね?

 ほんとふざけんなよクソ親父。

 何で今日に限ってあんなに翼を酷使させたのだろう。

 人生イージーモードで生きてきた私に、エクストラな肉体労働なんて耐えられる訳ないでしょうが!


 あまりの痛みに崩落場所を飛び越えたところで、地面に降りて、小走りで旧道を街へと向かう。

 ――――と、その時だった。


《自身の弱さを認識できる程度に成長したため、スキル『グリモワール・スプレッド』に召喚獣が追加されます。

 タロットカードを1枚引いて下さい》


「きゃっ!

 何ですか今のはっ!!」


 頭の中に急に声が鳴り響いた。

 え? なにこれ?

 これってまさか、スキル発動の神の声ってやつなの!?


 周りを見渡すと、ポケットの中にタロットカードの束が入っているのに気付いた。

 私、タロットなんて持ち歩いていなかったよね?

 手に取ってみると、このカード……私が乳児の頃に出てきた、あのタロットカードじゃない?!


 その証拠に、カードの至る所に血痕が付いており、やけに薄汚れているというか、使い込まれてある感がある。

 うん。間違いなくこれはあの時のタロットカードだよね。なんで急に……。


「って、今はそれどころではありません! 

 早く街に向かわないと!」


 再びカードを、コートのポケットに押し込む。

 本当はカードを展開すると新しい召喚獣が手に入り、ギガンタンを倒す手立てとなったかもしれないが、この時の私は動転していた。

 ゆえに、カードの事は後回しにしたのだ。


 ――――タロットカードを拾う為、その場に立ち止まっていたこと。

 それが、私の運命を分けた。

 立ち止まっていなかったら、私はそのまま捕縛されていた。

 なぜなら、私がこの声を聞かずに走り続けていたら、その走り続けていたであろう場所に、網が空から落ちてきたからだ。


「え? な、何ですかコレは!?」


 網と言っても、投網のような大きさに、針金を使って編まれている丈夫なものだ。

 こんな物に閉じ込められては、脱出が不可能になってしまう。


「ちょ!

 ちゃんと狙いなさいよあんたら!

 外しちゃったじゃない!」


「そう言っても、タイミングは合ってましたよ!

 あの子が立ち止まらなければ、ちゃんと捕獲できてましたって!」


「良い訳するんじゃないわよ!

 あの娘を誘拐できなかったらどうすんのよっ!!」


 え、ちょっと待って?

 コレどーいう事なの!?

 旧道のすぐ横の小高い丘に、なんか凄い数の人間がいるんだけど?!


「ああもうっ!

 次はもっとよく狙いなさいよっ!」


「次の網だ!

 次の網っ!!」


「おいっ!!

 デミオ早くしろっ!!」


「やってます!!

 やってますってば!!」


 その集団は同じような網をもう一度使って、何やら地上に下ろそうとしている。

 まさかあの人達、私を捕まえようとしているのか!?


「よ、よくわからないけど、ここは戦略的撤退ですっ!!」


「ちょっと!

 あの子、逃げちゃうでしょ!

 馬よ! 馬を出しなさい!」


「おい! 馬だデミオ!

 追いかけるぞ!!」


「ああもうっ!!

 何で僕ばっかりに命令するんですかっ!!」


 逃げる。逃げる。ひたすら逃げる。

 そんな逃げる私を追って、丘の上から20騎ばかり、馬に乗った人間が駆け下りてきた。


 その人たちを確認するに、その手には網やらロープやら、弓やら剣やらを持っている。

 ……どう考えても友好的な人種じゃないよね。


「ほぉ~ら、お嬢ちゃぁぁん!

 良い子だから、止まりなさぁぁい!!」


「止まれよお嬢ちゃんよっ!!

 黙って俺達に誘拐されろっ!!」


「と、止まれ!

 悪いようにはしないからさっ!」


「そう言われて止まる訳ないでしょうっ!!」


 私と奴らの距離は、物凄い速度で近づいていっている。

 非力で空が飛べなくなっている私の足では、この人達から逃げ通せる事はできないだろう。

 ここはどうにかして、あいつらを足止めしなくちゃ、捕まってしまう!


「我が魂に宿りし月のタロットよ、今ここに顕在せん。

 グリモワール・スプレッド!」


「■■――ぉ!」


 私は走りながら、ポケットサイズのケルベニを召喚する。

 ポケットサイズのケルベニは、『精神B+』以下のステータスを持つ者の精神を『鬱』・『恐怖』・『驚愕』・『狂信』の状態にさせる事ができる。

 これで何とか、足止めできるはずだ。


「キャハハハハハ!!

 ほらほらほら!

 もう少しで追いつくよ~!

 天使さまぁ~~!?」


「ガルフ。

 メリッサっていつもこうなのですか?」


「こうって……。

 まあ、デミオの言いたい事もわかるけどな……」


 私はケルベニをコートのポケットに入れ、精神攻撃の指令を送る。

 理由は、私が今走っている旧道に、とある罠を設置する為だ。


「ケルベニ!!

 今私が通り過ぎた場所を通った者を、驚愕させなさいっ!!」


「■ぉ■――――ぉ!」


 その言葉を聞いて、ケルベニが鬼火をあたり一面にまき散らす。

 鬼火をまき散らした瞬間は、藪が邪魔になって彼らから見えないだろうし、注意しなければ発見する事もできないだろう。


「ヒヒィィィィィィィン!!」


「え!? いきなりどうした……。

 キャアアアアァァァッ!!」


 最初にその鬼火を踏んだのは、リーダー格と思われる、戦士風の女性の馬だった。

 戦士風の女性が乗っていた馬はケルベニの鬼火によって『驚愕』状態になり、その女性はそのまま落馬してしまう。


「メ、メリッサさん!?

 何で急に止ま……うわぁぁぁぁっ!?」


「ヤバイ、避けろっ!

 メリッサとデミオが落馬したぞっ!」


「ふざけっ!!

 そんな急に止まれる訳……。

 うおぉぉぉぉぉっ!?」


 この旧道は馬が2匹と並んで走れないくらい狭い。

 前を走っていた者が落馬すると、後ろを走っていた者が転倒した馬に衝突しして、転倒の連鎖がどんどん広がって行く。

 結果、私を追ってきていた人たちは、全員その場に転倒する事になった。


「いったいどうしたって言うのよ……」


「ぐう……痛てて……」


「クソ……何で急に……」


 よし! これで時間は稼いだ!

 さらばだ明智君。

 このままできるところまで、逃げ去ってやる!


 そう思って、私が走りだそうとした瞬間――――


「ま、待てっ!!

 逃げるなっ!!

 鬼神のセリカを、ギガンタンごと火矢で焼き殺すよっ!!

 それでもいいのかいっ!!」


 ――――そんな声が聞こえて、足を止めた。

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