第15話 不穏な空気が漂っています③


「まさか、プランBがギガンタンとは、思ってもみませんでした……」


 男はギガンタンが出現したのを見て、そう呟いた。

 彼は反乱作戦の長であるアイゼンの部下であり、その名前をデミオと云う。


 デミオは、シルビア達がギガンタンと体面する場所から、少し離れた丘の上に居た。

 ギガンタンはモンスターの中でも、上級に位置するモンスターだ。

 とりわけ、ギガンタンの出現地域は魔族領に限定されていた為、魔族は100年前に大規模なギガンタン狩りを行い、現在は絶滅したと云われるモンスターだった。


 もちろん、あのギガンタンを出現させたのは、反乱作戦のメンバーである。

 当初はあのギガンタンを街に出現させて、その混乱に乗じて反乱を行う予定だったのだが、プランAの確立により、ギガンタンを使うプランBはお箱入りになってしまっていた。

 そのお箱入りになったプランBを、シルビアの誘拐に流用しようと言い出したのは、反乱作戦の長であるアイゼンだ。


 これらのプランは機密事項であった為に、デミオのような一部下には、その詳細は知らされていなかった。

 ゆえに、ギガンタンを目撃した時、彼は自分の眼を疑ったのだ。


「どこであんなの、捕まえてきたんですか?

 というか、ギガンタンって、全滅したんじゃなかったでしたっけ?」

 

 デミオの質問は、至極当然の理だった。

 魔族がモンスターを狩る様に、人間もモンスターを狩る。

 危険度の高いモンスターの出没区域を知らずに、冒険者など務まらない。

 どの場所にどのようなモンスターが出現するのか、そのモンスターどれだけの強さを有しているのか、モンスターの生態については魔族だけでなく、人間にとっても重要な事項なのだ。


「お頭……アイゼンが呼び出したのよ。

 あのギガンタン」


 デミオの疑問を受けて、一人の女性がそう答えた。

 彼女の名前は、メリッサといい、アイゼンの副官に当たる人物だ。


「お頭が……?

 それに呼び出したって、まさかお頭は召喚士なのですか!?」


「召喚士? お頭が!?

 あはは、まさか! 

 召喚魔法や召喚スキルは既に失われた技術よ!

 召喚士なんてこの世に存在しないわ!」


 事実、召喚に関する魔法・スキルが失われた技術であることは、冒険者にとって周知の事実だった。

 デミオ自身も、まさか――と思って口に出したのだが、やはり軽率だったかと自分の軽口を恥じた。


「召喚士なんて王国設立当時の伝説じゃない。

 アイゼンは召喚士ではなく、『モンスター使い』よ!」


「モンスター使い!

 その国に1人いるかいないかの、レア職業(クラス)じゃないですか!」


 モンスター使いとは、モンスターを捕獲して使役者の虜にする職業である。

 この職業は失われた技術とまではいかなくとも、かなり希少なものとして、冒険者たちに周知されていた。


「あたしもよく知らないけれど、なんか昔、お頭に協力してくれる人がいたみたいよ。

 その協力者からもらったって、お頭は言っていたわ」


「もらったって……。

 誰があんなのをくれるんですか!」


「そんなのあたしも知らないわよ。

 気になるなら、直接お頭に聞いてみたら?

 教えてくれるかどうかは、わからないけどね」


 デミオがアイゼンの部下になったのは、この1年以内の事だった。

 それがゆえに、彼はアイゼンとの付き合いがまだ短く、アイゼンの事をあまり知らなかった。


 デミオは元貴族であった為、冒険者でありながら、実はあまり冒険者の事をよく知らない。

 噂に聞くと、アイゼンはかなり高位の冒険者らしいが、アイゼン本人が己の冒険者ランクを語らないので、あくまで噂でしかない。


 アイゼンは自身の事を冒険者と言っているが、一介の冒険者がこんな切り札を準備できるだろうか。

 酒のつまみじゃあるまいし、ギガンタンなんて化け物をポンと貰える事が、現実にありえるのだろうか。

 いや、ない。

 どう考えてもありえない。

 あんな伝説上の生物を手に入れることなど、普通はできる訳がない。


 では何故、アイゼンはあんな化物を、入手出来たのだろうか?

 アイゼンは本当に、ただの冒険者なのだろうか。

 デミオはアイゼンに対して、妙な嫌疑感を抱くようになっていた。


「ギガンタン……。

 この世で最も厄介な先兵……ですか。

 初めてアレを見ますが、物凄く強そうですね……」


「実際強いわよ。

 あの怪物には、攻撃強化や防御強化の魔法が重ね掛けされているから、伝承に云う普通のギガンタンよりも、あのギガンタンの方が圧倒的に強さは上よ」


 デミオは開いた口を閉じる事ができなかった。

 入手経路はどうあれ、あんな凄い切り札を、どうでもよい阿呆子爵の思い付きに使用した事に、非常に惜しいと感じた。


「何故お頭は、ギガンタンをここで使用しようと、考えたのでしょうか……」


「ギガンタンを使い捨ててでも、ザンドルドの娘を誘拐したかった、

 若しくは、鬼人のセリカをどうしてもここで倒しておきたかった。

 そんなところじゃない?」


「……と、言うのは?」


「これは確かに阿呆子爵の思い付きの誘拐計画だけど、もしここで娘を誘拐できたら、ザンドルドは娘の捜索に掛りきりになるわ。

 その中でプランAが発動できたら、あたし達の反乱がかなり優位なる。

 おまけに、ここで鬼人のセリカを討伐できたら、反乱の遂行も楽になる。

良い事ずくめじゃない」


 確かに、1,000人の冒険者が、鬼人のセリカ1人に全滅させられた事もある。

 1,000人の王軍が、堕天のザンドルド1人に全滅させられた事もある。

 阿呆子爵の思い付きで使用したと考えずに、反乱の障害となる障害を取り除くことが出来ると考えた方が、まだ建設的だ。


「あら、噂の天使様がやってきたみたいよ。

 皆さん、準備はいいかしら?」


「「「「「「オウ!!」」」」」


 メリッサの問いかけに、野暮ったい返事がその場に響いた。

 この丘の上に居るのは、デミオとメリッサだけではない。

 ここにはシルビアを誘拐する実行犯として、2人の他に、さらに20人もの屈強な兵士が、事の推移を見守っていたのだ。


 アイゼンが考えた作戦はこうだ。

 まず、シルビアとセリカを罠に追い込み、通常の帰路から罠へと誘導させる事を第一とする。

 そこで反乱兵の何名かが率先して吊り橋を落とし、シルビア達が旧道へ進むよう誘導した。


 旧道には切通しの道がいくつか存在するため、そこを封鎖してしまえば、空を飛べるシルビアはともかく、鬼人のセリカだけでも足止めできる。

 但しそれだけではシルビアとセリカを離れ離れにする事ができないので、ギガンタンを使用して、シルビアだけでも逃がすように、セリカを誘導させた。

 また、ギガンタンが出現するまでの足止めとして、集団のゴブリンをも配置するという、念の入れようだ。


 事が成功した場合は、シルビアは恐らく崖崩れが起こった切通しを、飛んで通るに違いない。

 しかし、アイゼンは狩場にて、シルビアがかなり翼を酷使しているのを見ていたので、そこまで長距離は飛べないだろうと判断した。

 ゆえに、崖崩れを飛び越えた後は、空を飛び続けるのではなく、足を使って街に戻るだろうと、アイゼンは考えていた。


 現実、シルビアはアイゼンが想定した通り、崖を飛び越えた後はそのまま地面に着地し、小走りで街へ帰ろうとしている。

 ここまで事が成功すれば、後はシルビアを捕縛して誘拐するだけだ。


 鬼人のセリカとギガンタンの決着には、かなりの時間がかかるだろうし、この誘拐計画は、いかにしてシルビアとセリカを離れ離れにして、セリカを追って来させないようにするか。

 それに成否が掛かっていたのだ。


「じゃあ、天使様を迎えに行きましょうか。

 空を飛ばれては厄介だし、捕まえたら即座に、全ての翼を切り落とすのよ」


「「「「「オウ!!」」」」」


 そうして、シルビアを捕まえる為、20人弱の兵士が、シルビアに向かって捕獲網を投げつけたのだった。

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