第14話 ゴブリン襲撃


「切通しが……」


「……崩れているだと!?」


 その大きな切通しの真ん中くらいの場所で、崖崩れが起きていた。

 岩が何層も積み重なっていて、とてもじゃないが、馬ではこの場所を抜ける事はできない。

 ここまできて、私とセリカは袋小路に追い込まれてしまったのだ。


「…………シルビアっ!!」


「え!?」


 急にセリカが飛びついてきて、そのまま私は馬上から地面に押し倒された。

 え? なにこれ、なにこれ?

 もしかして、セリカって女の人でも食っちゃう系の人?

 いや、私は嬉しいだけど、今はそれどころじゃないんじゃ……


「ハアッ!!」


「ギャッ!!」


「え? え?」


 なんか、頭の上で、変な声が聞こえた。

 同時に地面へ血痕が広がり、その異様さに私は顔を上げる。

 するとセリカの抜き放った剣が、ゴブリンの身体に突き刺さっているのが見えた。


「え? な、何ですか!?」


「シルビア!

 ボーっとするなっ! 

 ここはまだゴブリンの縄張りだぞ!」


 その言葉を聞いて、我に返る。

 慌てて周囲を見渡すと、私らはゴブリンの集団に周りを囲まれてしまっているではないか。


「チッ!

 いつのまに囲まれた!?

 まるで私達が来るのを待ち構えていたかのようではないかっ!!」


「キーッ!!

 キーキーキー、キーッ!!」

「キーッ!!」

「キキーッ!!」


「なっ!? 馬がっ!!」


 と、その時だった。

 私とセリカの馬が、同時に地面に崩れ落ちるのが見えた。

 さっきセリカが私を助けてくれた時に、ゴブリンの石斧が馬に当たったのだろうか!?


 私達が乗っていた馬は大量の血を流して、ピクリとも動かない。

 首が取れかかっているところを見ると、もう生きてはいないのだろう。


「くそっ!!

 貴様ら、生きて帰れると思うなっ!!」


「キキキーッ!!

 キキーッ!!

 キーッ!!」


 数匹のゴブリンが石斧を振りかぶって、セリカに突撃してくる。

 しかし、セリカは立ち上がって剣を頭上に構えると、走り寄って来るゴブリンに向かって、剣を一閃させた。


「「「「「ギャアッ!!」」」」」


 セリカの一撃。

 その一撃で、セリカを襲ったゴブリン全てが、複数の肉塊に分断されてしまった。


「どうしたモンスター!!

 その程度かっ!!」


 スゴイ。

 セリカの剣技は半端なくスゴイ。

 セリカとゴブリンは10m以上も離れているのに、セリカが剣を抜き放つと、何故かゴブリンがどんどん両断されていく。


 しかもただ両断されるだけじゃない。

 セリカの攻撃は、たった一振りでゴブリンを4つの肉塊に分断し、二振りで8つ、三振りで12……という具合に、セリカの手数よりも多い肉塊にゴブリンは分割されてしまう。

 

 もしかしたら、セリカは剣に関するスキルを使っているのかもしれない。

 セリカが何かを斬る瞬間なんて今まで見た事がなかったけど、ゴブリン程度ではどうにもならないくらい、セリカは強い。


「フン!

 たったこの程度の数で、私をどうにかできると思うな!

 私をどうにかしたいなら、1,000匹や2,000匹くらいの集団でくるのだなっ!!」


「「「「「ギャアッ!!」」」」」


 2,000匹は流石に言いすぎだとは思うけど、これは一方的なワンサイドゲームだ。

 父さんの弓も凄かったけど、セリカの剣も負けずと劣らずだ。

 長距離戦の父さんに、接近戦のセリカか。

 二人が手を組んで戦うと、きっと強いんだろうね。


 そんな事を思っている間にも、どんどんゴブリンはセリカに両断されていく。


「お前で最後の一匹だっ!!」


「ギャッ!!」


 そうして、最終的に、計40匹のゴブリンが、セリカの手によって分断されてしまった。

 セリカは息一つ上がっていないし、確かに2,000匹と言われても、嘘ではないのかもしれない。


「よし、シルビア!

 あの鳴き声の主が来ないうちに、先へ急ぐぞ!」


「でも、馬が……」


「……馬はもう仕方がない。

 今はとにかく、あの声の主から逃げる事だ。

 馬は後で葬りに来よう」


 ショックだった。

 最初は乗馬に全然なれなかったが、私が乗っていた馬『ダンテ』の事は、嫌いではなかった。

 ここまで来て私達は、崖崩れによって袋小路に閉じ込められ、さらには移動の足すらなくなってしまった。


「ウオオオオオオオオオオオォォォッ!!」


「くっ!!」


「きゃっ!?」


 直後、謎の生物から発せられた雄たけびにより、地面がビリビリと振動した。

 そのあまりの迫力に、つい身を屈めそうになる。

 

 近い。

 もう謎の生物はそぐそこまで近づいてきている。


 って言うか、ゴブリンに気を取られすぎていて、この声の存在をすっかり忘れていた!

 とりあえず私はいつでもケルベニを召喚できるようにしておかないとヤバイ!


 私のケルベニにそんじょそこらの生物が勝てる訳がない。

 どんな生物がやってくるかはわからないけど、私のケルベニなら、対象の精神を崩壊させて、事無きを得ることが可能なはずだ(と願いたい)。


「……シルビア。

 もしアイツがここまできたら、お前は崖を飛んで街まで逃げろ。

 それで急いでザンドルドに伝えるんだ。わかったな」


「う……飛ぶのはどうでしょう。

 私は狩りで翼を酷使したので、崖崩れを飛び越える程度が限界だと思います……」


「チ……そうか。

 それでもいい。

 私がここでヤツを食い止める。

 お前だけでも先に逃げろ」


 セリカを勇ましいと感じる一方で、その顔には拭いきれない焦りの色が見え隠れしている。

 2,000匹のゴブリンでも討伐できると言っていたセリカが、なんでこんなに焦るんだろう。


「セリカはこの声の主を知っているみたいですが、何なのですか!?」


「まて! シルビア! 来るぞ!」


「えっ!?」


 その時だった。

 切通しの手前側にある森の木々を薙ぎ倒しながら、灰色の肌を持った生物が、近づいてくるのが見えた。


「な……何ですか!

 あれはっ!」


 3つの顔が有る単眼の化物が、2匹のスフィンクスに跨っている。

 その全長は5mを越えているだろう。

 手にはボロボロに錆びきった斬馬刀を握っており、その盛り上がった筋肉を見るに、とんでもない膂力を有しているのがわかる。


「グオオオオオオオオオオオォォォッ!!」


 その巨人が大声を上げる。

 すると周りの木々が突風でも舞い上がったかが如く揺らぎ棚引き、私も地面にしがみ付いていないと、吹き飛ばされそうになってしまう。


「……あれはギガンタンというモンスターだ。

 モンスターの中でも上級に位置する化物であり、この世で最も厄介な先兵と言われる。

 膂力もさることながら、あいつの恐ろしさは精神力の高さだ。

 あいつを仕留めるには、脳を破壊するか、心臓を貫くかでしか、仕留められん」


 ギガンたん? 萌え系?

 いや、全然こんなの萌えないから!

 ただの化物だから!


「な、何でこんなものが、街の近くにでるのですかっ!!」


「……わからん。

 100年前の大規模討伐で、全滅させたつもりだった。

 まさか、まだ生き残っていたとは思わなかった」


 なんかよくわからないけど、とりあえずヤバイ相手だってのはわかった。

 もうこうなったら、ケルベニ一択しかない。

 ケルベニなら、『精神B++』以下のステータスを持つモンスターなら、精神を……。


「ちょ、ちょっと待ってください!

 先ほど、精神力が高いって言いませんでしたか!?」


「あ……ああ?

 ギガンタンは『精神A-』もある化物だ。

 奴はこちらが攻撃を加えても、痛みが無いかの如く、突撃してくるのだ」


「せ、『精神A-』っ!?

 伝説級のステータスじゃないですかっ!」


 ヤバイ! これは物凄くヤバイ!

 そんなに精神力が高いのなら、ケルベニの攻撃が効かない!!

 ケルベニの能力が効かないのなら、私が出来ることは無くなってしまう!!


「グオオオオオオオオオオオォォォッ!!」


「チッ!!

 来るぞシルビア!!

 早く逃げろっ!!

 逃げた後の行動はさっき言った通りだっ!!

 早くするんだっ!!」


 セリカがそう叫んだのを機に、ギガンタンが斬馬刀を振り回しながら突進してきた。

 セリカはギガンタンに立ちふさがる形で、剣を上段に構える。


 あ――だめだ。

 あんなの、躱せない。

 セリカが――死ぬ。


「うおおおおおおっ!!」


 しかし、ギガンタンが振り回した斬馬刀は、セリカが構える剣に当たって止まった。

 ちょ、嘘でしょ!?

 あんなのを受け止めるなんて、セリカどんだけ凄いんのですか!


「グオオオオォッ!!」


「く……そ!

 元魔王軍、第六魔将アイエクス様が部下、激震のセリカを舐めるなぁぁっ!!」


 セリカがそう叫ぶと、ギガンタンの斬馬刀を押し返しつつ、右足で2匹のスフィンクスの片方に、前蹴りを当てた。

 スフィンクスは顔を歪ませたものの、どうやらこれで本当にギガンタンを怒らせてしまったようだ。


 ギガンタンの巨木を押し返していたセリカの剣が再び押し返されて行く。

 そして双方は密着しながら、均衡状態に入りつつあった。


「何をしているシルビアっ!!

 そんなとこに居ると、戦えないだろうっ!!

 シルビアはお姉ちゃんを化物の餌にしたいのかっ!!」


 そうセリカに怒鳴られて、私は気づいた。

 そうか。

 セリカは私を庇う為に、わざとあの攻撃を受け止めたのか!


「急いでお父様を呼んできます!

 大丈夫ですよねっ!?」


「私とザンドルドが組んだら、こんなヤツ、目じゃない!

 信用しろっ!!」


 そうして、私は狩りで痛めた翼で空を飛び、切通しの崖崩れを飛び越える。

 

 ああもうっ! ケルベニさえいればどうにかなると思ってたけど、全然甘かった!

 確かにケルベニは精神攻撃特化だから、相性的に合わない敵と対面する事も、いずれは有るとは思ってはいた。

 でも、まさか初の実践に等しいこの機会で、そのいずれに当たるなんて、酷過ぎるじゃないかっ!


「……泣き言を言っても始まりません。

 だったら、私が出来る事を、確実にこなすだけです!」


 ちょっと化物が現れたくらいのピンチで、あたふたなんて、してやるものかっ!

 生前も私の性格は図太いって、有名だったんだ。

 私の手で負えないのなら、父さんやセリカの力を借りればいい!

 私はあんな化物に負けたりしないからねっ!









《逆境に負けない強さを有する程度に成長したため、スキル『グリモワール・スプレッド』に召喚獣が追加されます。

 タロットカードを1枚引いて下さい》

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