第12話 不穏な空気が漂っています②


「こいつぁ……良くないですなぁ……」


 エリシュメシア王国の冒険者クラン『ビースト』の頭領アイゼンは、森の狩場に居る3人の魔族を見て、眉を顰めた。


 アイゼンはマカド子爵の命令で、シルビアを誘拐するため、その隙を狙っていた。

 しかし、その娘の傍からザンドルドは離れようとしないし、あろう事かその狩場に、娘付きのメイドまでやって来たのだ。


「お頭……。

 あのメイド、鬼人族のセリカじゃないですか……?」


「……そう見えやすねぇ」


 鬼人族のセリカは今でこそメイドの身分であるが、その過去は王国との戦争で、傍若無人に戦場を暴れまわった有名人だ。

 アイゼン自身も戦場でセリカの暴れっぷりに何度も煮え湯を飲まされており、厄介なのが合流したな――というのが本音だった。


「どうしますかお頭。

 堕天のザンドルドに、鬼人のセリカが加わっては、流石にこの人数では不可能なのでは……」


「不可能ではありやせんが、困難でしょうねぇ。

 あっしはまだしも、お宅らの数人は殺られちまうでしょうなぁ」


「…………そう、ですか」


「うーん。

 あっしが承諾したとは言え、面倒な事を引き受けちまいやした。

 折角街から抜け出して来やしたが、計画倒れって事で、引き返した方が良さそうすなぁ」


 折角街から抜け出して来たのにという思いは、冒険者クラン『ビースト』の頭領であるアイゼンを筆頭に、その配下20名が共通に感じた思いだった。

 本来ロアニールの街に住む捕虜が、町の外に出る事は許されない。

 街の周りを取り囲む城壁はザンドルドの配下が目を光らせており、仮に街を抜け出そうものなら、城壁から100mも離れないうちに捕獲されて街に戻されるか、殺されてしまうだろう。


 では、なぜアイゼン一味は街からこの狩場まで、無傷で来られたのか。

 アイゼンの一味は、鉱山内から街の外へ続く横抗を掘削し、そこから街の外へ脱出するという、抜け穴を開発している。

 この抜け穴はアイゼン一味しか知らない極秘のルートであり、その場所はアイゼンよりも身分が高い貴族であっても、知る事は許されない、厳密なものだった。


 現にシルビアを誘拐する計画を持ち込んだマカド子爵は、このアイゼン一味に随伴できていない。

 この抜け穴は反乱を起こす際に使用する重要なものでもあるし、アイゼンは信用に足りない者へは、この抜け穴を決して教えなかった。


「あれ?

 お頭、動きがあるようですよ?」


「ッ!!

 皆さん、頭を低くしてくだせぇ! 

 ザンドルドが飛んできやす!!」


 まさか俺達の存在がばれたのか? ――とアイゼンは肝を冷やした。

 しかし、ザンドルドはアイゼンが隠れる場所の上空を通り、後ろを振り向きもしないまま、街の方へ飛び去ってしまった。


「……ザンドルド、行ってしまいましたね」


「……どうしますかお頭。

 今娘の傍に居るのは、鬼人のセリカだけですよ?」


 アイゼンは考える。

 この計画は突如決まった行き当たりばったりなものであったため、アイゼンにとっては頭の痛いものであった。


 ザンドルドは空を飛べる魔族である。

 もし娘を誘拐しようとしても、娘を担ぎ上げて逃げ去ってしまえば、計画は破たんする。

 娘を狙って罠を仕掛けようとしても、ザンドルドがそれを許す訳がない。

 そんな不可能に近い計画であったが、ザンドルドがいなくなった事で、希望の光が見えて来始めた。


「鬼人のセリカを足止めして、その間に娘を誘拐しやす。

 メリッサとデミオ達は網の準備を、アーチェ達はつり橋を落として下せえ」


「わかったわ!」


「了解しました!」


 いけるかもしれない。

 そんな希望がアイゼンの頭に浮かぶ。

 ザンドルドとセリカの双方と敵対しては勝ち目が薄いが、鬼人のセリカなら、話は別だ。


 何も鬼人のセリカが弱いと云う訳ではない。

 鬼人のセリカも規格外に強い魔族である事は、アイゼンも重々承知している。

 ザンドルドが駄目で、セリカなら良い理由は、単に空が飛べるか、否かだ。


 鬼人のセリカは空が飛べないので、罠を仕掛ければ足止めは可能だ。

 足止めさえ成功してしまえば、捕獲網を使用して、シルビアを捕獲できる可能性が高いのだ。


「……お頭、鬼人のセリカはどうやって足止めしますか? 

 私達の中にはお頭以外に魔法使いがいないですし、相当な被害がこちらも生じますが……」


 アイゼンにはとある秘策があった。

 空を飛べるザンドルドには通用しないまでも、空を飛べない鬼人のセリカなら、必ず引っかかってくれる秘策が。


「プランBを使いやす」


「ッ!

 しかしそれは反乱の為に取っていた作戦では……」


 反乱の作戦プランは二種類あった。

 その内の予備プランがプランBであり、今回の計画に流用が可能なプランでもあった。

 

 アイゼンにとってプランBは、あくまでプランAの予備でしかなかった。

 アイゼンはプランBで反乱を起こすことは考えてはいなかったので、どうせお蔵入りするなら、せめてここで使ってしまおうと考えたのだ。


「確かに、プランBは反乱作戦の為に考えた作戦でさ。

 ですが、我々にはプランAがありやす」


「い、いいのですか……?」


「どうせマカド子爵様がこの計画を持ち込んだ段階から、反乱作戦に大きな作戦変更が生じてやす。

 娘を誘拐されたザンドルドは、何をするかわかりやせん。

 ここは出し惜しみをしないで、プランBをこの計画に流用して全力で娘を誘拐し、間髪入れずにプランAを勃発させて内乱を起こすべきでしょう」


 この誘拐計画が成功すれば、一気に反乱作戦が勃発する。

 それを聞いて、アイゼンの部下は冷や汗を流した。

 1年越しの反乱作戦が、まさかこんな形で開始されるとは、夢にも思わなかったからだ。


「もしここで娘を誘拐できたら、ザンドルドは激怒するでしょうが、混乱もしやす。

 その混乱の中でプランAが発動できたなら、あっしらの反乱がかなり優位なりやす。

 そう考えれば、この誘拐は必ずしも下策とは、言えなくなってきやしたね」


「……成功しますかね?」


「可能性は高いと思いやす」


 アイゼンには自信があった。

 だが、その一方で不安もあった。

 それはあのザンドルドの娘が、どれだけの強さを有しているのかが、未知数だったからだ。


 部下の話によると、あの娘は街でザンドルドに対して、かなり威圧的な態度を取ったらしい。

 しかしそれは娘であるからこそ、取れた態度かもしれないし、そうではないのかもしれない。


 魔族は生誕から1歳~5歳の間に生涯の強さが決定する。

 人間は生涯を掛けて鍛錬を行わないと強くなれないのに対し、魔族は生まれた段階から強い者がいても、おかしくないのだ。


 今までザンドルドの娘にそういう兆候があったとの情報は入っていない。

 ゆえに、大丈夫だろうとも思うが、本当のところはどうなのだろうか。

 それが部下には言えない、アイゼンの本音であった。


「アイゼン、提案があるわ。

 念のためにアイゼンは街に戻ってほしい。

 あの娘の誘拐は、私達だけでやるわ」


「メリッサ?

 どういう事ですかい?」


「私達が失敗しても、補充が効くけわ。

 だけど、アイゼンの替えは利かないわ。

 この計画が成功してもアイゼンがいないと、反乱作戦がとん挫しちゃうのよ」


「……そんな事は無いと思いやすが」


「違うわ。

 例えあのお嬢ちゃんの誘拐が失敗してもアイゼンさえ居れば、話は馬鹿貴族がこの計画を持ち込んでくる前の段階に戻るだけ。

 でも、アイゼンがいなくなれば、反乱は成り立たない。

 貴方さえ無事なら、反乱は成るのよ」


 アイゼンは迷った。

 ここにいる部下の、とりわけその一部は、アイゼンと長年に亘って同じ釜の飯を食べた戦友であり、信用できる。

 アイゼンは自分だけが安全な場所に引っ込んで、部下を危険に晒すのを、承諾できかねていたのだ。


「大事の前の小事よ。

 迷う事はないわ!

 アイゼンさえいれば反乱は成功するんだから!」


「そうですお頭!

 ここは俺達に任せて街に戻って下さい!」


「お頭お願いします! 

 ここでお頭がどうにかなったら、俺達が生き残っても意味はありません!」


「……わかりやした。

 娘を攫うのは、任せやす。

 慎重に事を起こしてください」


 そうして、アイゼンは一人街に戻る事が決まった。

 アイゼンは後ろ髪を引かれる思いをしたし、結果的にこの判断が正しかったのかは、誰にもわからない。


 シルビア・メル・シ・イエローアイズを誘拐する計画が、今ここに勃発する。

 もちろん、彼らはシルビアが最凶とも呼べる召喚獣を召喚できる事など、知る由もなかった。


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