第11話 狩場にて
父さんに連れられて、狩場に到着する。
今日の狩場は、今まで何度も着た事がある、勝手知ったる狩場だ。
街から馬で1時間弱の場所に位置するこの狩場は、広い森の中に位置しており、かなりの生物が住み着いている獲物の宝庫だ。
「お父様、右ですっ!!」
「わかってるよガキッ!!
親に指図してんじゃねぇっ!!」
そんな場所で狩りをし始めて、1時間は経っただろうか。
私と父さんは空を飛びながら獲物を探し、獲物が見つかると狩りを行うというパターンを、何度も繰り返している。
「おらよっ!!」
父さんが上空から矢を放つ。
父さんが射った矢はまるで意思があるかの如く、障害物を躱しながら、対象の眉間に突き刺さった。
「なんと……。
あれが当たるのですか……?」
「ハッハァーっ!!
みたかシルビア!」
私は父さんのスキルの事をよく知らないのだけど、どうやら弓に関するスキルを複数所持しているように思える。
今の様に矢にホーミング機能をつけるスキル等を多用しながら、父さんは的確に獲物を打ち抜いて行ってる。
狩りが始まって、父さんはまだ一度も射を外していないので、その腕は本当に凄いと思う。
ちなみに私は周囲を旋回して獲物を発見する役で、父さんは弓矢で獲物を打ち抜く役だ。
父さんは空で浮遊しながら弓を射るだけなのに、私はひたすら獲物を探して旋回する、マラソン状態である。
……なんか納得いかない。
何で私ばっか飛び回り続けてるんだろう……。
「おっしゃあっ!!
次行くぞ次ぃ!!」
父さんが獲物に向かって、上空から矢を『1本』だけ射る。
その瞬間、獲物も「これはヤバイ」と気付いたのだろう。
獲物はジグザグに走って、父さんが放った矢から逃れようと努力するのだが、それは無駄な努力だった。
父さんが射った矢は獲物に近づくにつれ、2本、4本とどんどん分裂していき、最終的に1,000本を超える程度にまで、矢は分裂を繰り返した。
ジグザグに逃げたところで、獲物が逃げる速度なんて限られている。
結果的に、その獲物は『分裂を繰り返した1,000本の矢』から逃れることはできず、ハリネズミのようになって、バタンと地面に倒れこむことになった。
「おっしゃあっ!!
こいつはデケェぞ!
大物だっ!!」
よっぽど嬉しかったのか、父さんは自分が射った獲物にわざわざ近づいて、頭の上まで掴みあげたまま、獲物をブンブン振り回しつつ、上空に戻ってきた。
普通、頭の上まで持ち上げられる獲物って、ウサギとかの小動物だと思うよね?
実は父さんが云う狩りとは、ウサギや鹿を対象としているのではなく、モンスターに対する狩りだったりする。
そういう訳で、今父さんが仕留めた獲物は、ファンタジー界で定番中の定番の雑魚敵と云える、ゴブリンだ。
ゴブリンは小柄な個体なら私と似たり寄ったりな体格をしているけど、今父さんが仕留めた大物は、ヒグマかって見間違うくらい、大きな固体だ。
ゴブリンは人型なので、最初の頃の私はゴブリンと魔族の区別がつかなかった。
以前、「ゴブリンって、魔族なのですか?」と父さんに聞いたら、「魔族とモンスターを一緒にすんじゃねぇ!!」って、怒鳴られた。
その時に父さんが教えてくれたのだけど、魔族とモンスターの違いは知能の違いであり、魔族や人間と比べて、モンスターは著しく知能が低い。
モンスターは云わば、動物性の感覚に基づいて行動を行う自然現象みたいなもので、魔族とモンスターには明確な区別があるらしい。
「おら!
どうしたシルビア!
何サボってやがる!」
「はぁ、はぁ、はぁ」
「おいおい……。
もう息切れかよ。
相変わらず体力ねーなぁ」
いやいやいや。
狩りが始まって、もう1時間は空飛んでるんだよ!?
私の飛翔スキルはE-なので、10分も飛べば速度を保てなくなるくらい、ショボイんだからさ。
1時間の飛翔は、頑張ったほうでしょ!!
「ちょ、ちょっと、休ませて頂けませんか……?」
「はぁぁ!?
狩りは始まったばかりだぜ?
なに寝ぼけた事言ってやがる!」
あんた、5歳の幼児に何を求めてるのさ!
いや、容姿の上では既に私は中学生くらいに見えるのだけど、それでも父さんの体力に付いていける訳ないじゃんっ!!
「シルビア、よく聞けよ。
魔族はな、強い奴が偉いんだ!
強さこそ全て!
強くなけりゃ、話なんて聞いてもらぇねぇ!
俺に話を聞いてもらいたけりゃ、俺より多く獲物を捕まえてみやがれっ!!」
「そ……んなの……ムリ……です……」
「ムリとか言ってんじゃねぇっ!!
やればできるっ!!
テメェならできるっ!!
誰の血がテメェに流れてると思ってやがるっ!!」
あかん。
この脳筋に何を言っても無駄だわ。
私は今日、疲労で死ぬかもしれない。
って言うか、もうやばい。
口からエクトプラズム出そう。
頭がフラフラしてきて、翼を動かしている筋肉ももう限界だ。
揚力も保てなくなってきたし、このままダイナミックに地面へ激突するかも。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……チ。
マジでキツそうだな。
ちょっとオメー地面に降りろ。
休憩だ」
そうして、私は1時間ぶりに自分の足で大地に立つことになる。
ああ……土の臭いって素晴らしい。
「うう……。
背中の筋肉が痙攣しています……」
翼を動かす筋肉が肉離れを起こしたのか、背中を触るだけでめちゃくちゃ痛い。
ここまで筋肉を傷めてしまったのなら、今日はもう空を飛ぶことはできないだろう。
と言うか、もうお家に帰りたい。
かなり満身創痍なんですけど。
「シルビアよ。
テメェはガワこそ堕天使族だが、中身はローザと同じ、魔眼族似だな。
体力も腕力もほとんどねぇし、致命的に運動音痴だ」
運動音痴はわかってるよっ!
私はまだ5歳なんだよ!?
今後の成長に期待してよ!
「テメェは接近戦で戦うよりか、違う戦い方の方が向いてるかもしれねぇ」
はい。いきなり駄目出し入りました!
別に私は接近戦がしたい訳じゃないし。
と言うか、別に戦いに行きたい訳じゃないし。
真人間として勝ち組な人生を歩み、童貞を卒業できたら私は満足だし。
まあ真面目な話をすると、私は『グリモワール・スプレッド』のスキルで召喚獣を具現化できるからね。
もともと戦争がやりたいわけじゃないので、もし揉め事が起こった場合は、「召喚獣の先生! お願いします!」って具合に、召喚獣が敵と戦うのを見物している方が、性に合っていると思う。
「シルビア!
ザンドルド!
探したぞ!!」
――と、背後からいきなり私達を呼ぶ声が聞こえた。
後ろを振り向くと、そこには私付のメイドである、セリカが居るではないか。
「おい待て。
何でセリカがここにいやがる」
「ちょっと待て。
少し息を整えさせろ……」
え。もしかして狩場まで走って来たの?
セリカは肩で息をして、かなりへばっている。
汗を吸ったシャツが肌にピチッとはりついて、胸の突起がどこにあるのかまるわかりだ。
……へえ。胸の突起か。
良いものを見て興奮もするのに、下半身がピクリとも上に膨張しない。
その代わり、なんか下腹部が熱っぽくなってきたんですけど……。
ああもうっ!!
私をこんな体にした奴出てこいっ!!
興奮するのに立たない苦悩が分かっているのかっ!!
「よし、復活だ!
待たせたなシルビア!
ザンドルド!」
「おい、質問に答えろセリカ。
何でテメェがここにいやがる」
「何でって、シルビアを探していたに決まっているだろう。
ザンドルド、なぜ私に声もかけずにシルビアを連れ出したのだ?
ローザもシルビアを勝手に連れ出したことに、激怒していたぞ」
「はぁ!?
俺は父親だぞ!?
シルビアをどこに連れまわそうが、俺の勝手じゃねぇかっ!!」
「ローザは狩りにシルビアを連れ出す事を、快く思っていない。
シルビアを私に任せて、ザンドルドは今すぐにでも飛んで帰る事をお勧めする。
ローザをそのままにしておくと、後が怖いぞ?」
「いや待て。
俺はまだちょっとしか狩りをしてないんだぞ!?
それなのに帰れる訳ねぇだろ!」
いや、父さん。
ここは一旦帰って母さんの機嫌を取った方がいいって。
いくら父さんが屈強な魔族だと言っても、イエローアイズ家で一番怖いのは母さんだ。
母さんこのままにしておくと、あんたこの前みたいに、一晩中正座させられる事になるよ?
「何も帰って、そのまま屋敷に居続けろとは言っていない。
ローザに弁解を済ませた後、ザンドルドの翼なら、再びここまでやってくるのに、それ程の時間はかからないはずだ」
「……俺が帰ったら、シルビアはどうなる?」
「もちろん私が直ぐに連れて帰るさ。
狩りを継続させる事は許されない。
もしザンドルドが狩りを行い足りないのなら、一人でやればいい」
「一人でって……おいコラ!
俺はシルビアと一緒に狩りがしたかったんだぞ!?」
「だから、それをローザに伝えればよいだろう。
いい加減ローザも我慢の限界だと思うぞ?」
真剣な顔をして、父さんが悩みこむ。
おそらく内心では、狩りをしたい気持ちと、母さんを怒らせた後の鬱陶しさで、どうするべきか揺れているのだろう。
「お父様。
私はセリカと帰宅しますので、お父様は先にお母様の元へお戻り下さい。
お母様をそのままにしておくと、後が怖いです」
「…………んな事いっても、まだ俺、狩りし足りねぇし。
シルビアに良い姿も見せ足りねぇし……」
「お父様?(ニッコリ)」
「ッ! ああクソっ!
わかったよ!
帰るよ、帰ればいいんだろっ!!
だからテメーはその笑顔をやめろっ!!」
ん? 今のはただ普通に微笑を浮かべただけだよ?
あれ、もしかして父さん、私の笑顔にトラウマを感じてる?
結局、父さんはそのまま全速力で屋敷に帰宅する事が決まった。
って言うか、今の父さんの顔、めっちゃ泣きそうな顔してるんだけど。
あんたそんなに私と狩りがしたかったのか?
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