第9話 説得 後編


 そうしてシルビアは、一つの言葉を口に出す。

 今後の俺に限りなく大きな影響を与える、その言葉を。




「人は城、人は石垣、人は堀、ですよ」――――と。




 ッ?! な……んだ、と!?

 その言葉を聞いて、体に電撃が走った。


 頭の中でその言葉を反復する度に、その言葉の至言性に驚愕する。

 コイツ……。

 ガキのクセに、何て凄い事を考えるんだ!


 人は城、人は石垣、人は堀。

 その短い言葉に、俺の今までの価値観がガラガラと崩れ去った。

 俺は人間なぞ、魔族に害をもたらす、ただの害虫でしかないと思っていた。

 そう考えていた俺の価値観を、わが娘は短い一言で、ぶっ壊しやがったんだ。


 人は城、人は石垣、人は堀。

 シルビアの言ったこの言葉の真理は、こうだ。


 人間に対して恨みを持ち、ぶっ殺すのは簡単な事だ。

 だが、どうせぶっ殺すのなら、魔族にとって益にならない殺し方はするな。


 人間を使い潰して城を立てろ。

 人間を使い潰して石垣を造れ。

 人間を使い潰して堀を掘れ。


 殺すのはそこからでも遅くはない。

 俺は人間から利益を吸い上げきれていない。

 その方が俺達魔族の為になるじゃないか――――と。


 寒気がする。

 なんという。なんという利発なガキなんだ。

 その真理を突いた発言に、末恐ろしさを感じる。


「お父様(ニコニコ)」


「…………」


「お父様?(ニッコリ)」


「あぁクソッ!!

 わかったよ!!

 許せばいいんだろっ!!

 だからその笑顔、もうやめろっ!!」


 結局先の折れたのは、俺の方だった。

 クソがっ!! これで俺のメンツも丸つぶれじゃねーかっ!!


 ああでも、何故か頬がにやけてしまうぜ。

 ついこないまでオシメも取れていない赤子だと思っていたが、ところがどうして、気が付いたらとんでもない大器に育とうとしているじゃねぇか。


「伯爵様よぉ。

 この場は娘に免じて、命だけは助けておいてやる。

 だがな、次は容赦しねぇぞ!

 娘に感謝しやがれっ!!」


「ひ、ヒイイイイッ」


 そのまま馬鹿貴族は崩れ落ちる。

 この馬鹿貴族も、使いようによっては魔族に益をなす、益虫になるのだろうか。


 身も精神も粉々になるまで使い潰し、そして最後には処分する。

 クッソ!

 これを人間に行うとか、スッゲー愉快じゃねぇか!


「お怪我はございませんか、伯爵様?」


「ヒ、ヒイ……」


「怯えないで下さい。

 貴方に危害を加えるつもりはありません」


 自分の言い放った真理を体現するかの如く、シルビアは馬鹿貴族に向かって、情けを掛ける。

 ふむ、なるほどな。

 人間を使い潰すには、まずアメを与えて信用させて、自発的に魔族の利益になるよう、仕向けようというのか。


「ククク……カカカ……。

 アッハッハッハッハッ!!」


「……お父様?」


 人は城、人は石垣、人は堀か。

 うむ。まさしく名言だなぁ。


 シルビアよ。

 俺のメンツは潰れちまったが、その代わりにとんでもないモンを教えてもらったぜ。

 父ちゃんは嬉しいぞ!

 こんなクソガキに成長するたぁ、俺の子にはもったいなさすぎるぜ!





///シルビア視点///


「お父様。

 ご返答はいかに?(ニッコリ)」


「くっ、このガキっ!!」


 私がケルベニに指令を出して乗せた、私に対する『恐怖』の効果は、正常に作用したようだ。

 その証拠に、私が父さんへ笑顔を向けると、父さんが私を見る目があきらかに変わった。

 眉を顰め、体を力ませながら、それでいて背後に1歩、2歩と、後ずさる。


 正直言って、父さんの精神耐性がどの程度かわからないし、もし効かなかったらどうしようかとも思ったが、全然そんな事はなかった。

 これでなんとか父さんを説得する事ができそうだね。


(うおおおお!

 あの天使様からすっげぇ威圧感を感じるんですがっ!!)


(怖ぇぇぇっ!!

 あのお嬢様、怖ぇぇぇっ!!)


(すごい……。

 堕天様が完全に呑まれてしまっている。

 あのお方は一体何者なの!?)


 周囲の人間たちも、私が父さんを押していることに、異常性を感じ取っているようだ。

 そりゃそうだよね。

 私は傍から見たらただの子供なんだし、歴戦の魔族である父親を恐怖させるなんて、普通に考えたら有りえない事だ。


 ん、でも待てよ。

 これで私が父さんを押し切ってしまったら、領主としての父さんの顔を潰してしまわないかな?

 そうなったら父さんは屈しやすいと、舐めてかかる人間が出てくることも考えられるし、そうなればさらに治安が悪くなってしまう。


 うーん。

 どうすればいいんだろう?

 今までのやり方で舐められてしまうのなら、これを機会に、父さんが善政を引くよう、意識を変えてもらうおうか?

 うん、それがいいね。そうしよう。


 そうして、私はケルベニに、父さんが私の言葉を『狂信』するよう、指令を送る。

 私の言葉を『狂信』する事で、父さんの統治に係る意識を変化させようって方針だ。

 もしこれが効いた場合は、今よりも善政を引くよう、意識が改革されるはずだ。


「■■――ぉ」


 ケルベニは私にしか聞こえない小さな声でうめき声を上げると、小指の爪先程度の鬼火を、父さんに送る。


 しかし、ホントにケルベニは優秀だね。

 ポケットサイズでは相手の精神状態をかき乱すことができ、戦闘等で通常サイズになると、相手の精神を崩壊させる精神攻撃を行うことが出来る。

 このケルベニがいれば、私はもしかして天下を取れるんじゃないかな?


「お父様」


「チッ!!

 なんだよシルビアっ!!」


 そうして私は、一つの名言を、父さんに送る。




「人は城、人は石垣、人は堀、ですよ」――――と。




 ――――私がその言葉を喋った瞬間、父さんの顔が驚愕のそれに染まった。

 よしっ! 

 どうやら上手く行ったみたいだ!


 この言葉は戦国時代で最強と言われた、かの有名な武田信玄の名言だ。

 この言葉の意味は、どれだけ城を強固にしても、人の心が離れれば国を統治する事は不可能であり、情を持って接するならば、人は城以上に国を守ってくれるという意味だ。


 私は父さんが人間と仲良くやってくれる事を目的に、この言葉を『狂信』させる事にした。

 結果は上手く行ったようだし、これで父さんも人間を粗末にしないよう、変化するだろう。


「お父様(ニコニコ)」


「…………」


「お父様?(ニッコリ)」


「あぁクソッ!! 

 わかったよ!!

 許せばいいんだろっ!!

 だからその笑顔、もうやめろっ!!」


 よしっ! 折れた!

 これであの馬鹿な貴族も、命だけは助かるだろう。


「伯爵様よぉ。

 この場は娘に免じて、命だけは助けておいてやる。

 だがな、次は容赦しねぇぞ!

 娘に感謝しやがれっ!!」


「ひ、ヒイイイイッ」


 そのまま馬鹿貴族は崩れ落ちる。

 まあ、父さんの怒気に長時間中てられたんだ。

 そりゃ腰を抜かすよね。


「お怪我はございませんか、伯爵様?」


「ヒ、ヒイ……」


「怯えないで下さい。

 貴方に危害を加えるつもりはありません」


 まあ、これで懲りてくれるなら――って言葉が後に続くけどね。

 ビジネスチャンスは1回だけさ。

 私だって身内は魔族なんだし、これは私の前世が人間だった事による、慈悲的な行動だ。


 ゆえに、次は助けないし、こいつが死のうが殺されようが、知ったこっちゃない。

 今回の手助けは、あくまで私の気まぐれ的な要素を含むことを、重々承知しなよ。


「ククク……カカカ……。

 アッハッハッハッハッ!!」


「……お父様?」


 父さんが急に笑い出した。

 何で?


 父さんの顔を観察する。

 馬鹿みたいに爆笑したかと思えば、時折、人間をじーーーっと直視して、その度にまたニタニタと笑ってる。

 まるで人間にどれだけの勝ちがあるのか、値踏みをしているようだ。


 あれ?

 もしかして、私が伝えた名言、なんか捻じ曲がって伝わってる?

 私は「人間と仲良くすると、いろんなメリットを返してくれるようになるよ!」って意味で使ったのだけど、父さんはこの名言をどういう風にとらえたんだろ?


 うーん、わからん。

 わからないけど、まあ、そんなに大事にはならないよね?

 とりあえずは、父さんが矛を降ろしてくれたという事で、ここは良しとするか。


 ――――そうして、街でのいざこざは決着がついた。

 その後、街で「お嬢様の容姿は天使だが、一皮むければ悪魔になる」という噂が飛ぶようになった。

 

 何で私が悪魔なのさ!?

 私は穏便に事を終わらせたかっただけじゃないかっ!


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