第8話 説得 前編
この俺、ザンドルド・フォン・カム・イエローアイズには娘がいる。
名前はシルビア。
由来は魔族神話に出て来る、堕天使の名前だ。
ローザはシルビアを安全な所において、あいつから危険というものを排除した育児を行おうとしているが、俺は違う。
俺はシルビアを積極的に外に出して、バシバシ鍛えてやりてぇ。
俺はあいつに人生の辛さ甘さをしっかりと経験させて、優秀な魔族に成長させてぇんだ。
そうして、俺は今日もシルビアに声を掛けて、狩りへと繰り出す。
シルビアは狩りを嫌がっているが、そんなの関係ねぇ。
体力を付けるには狩りは最適だし、何より生物を『殺す』という経験を積ませられる。
シルビアが成長して、切った張ったの状況に遭遇した時に、ビビッて腰を抜かしちまう様には育てたくねぇ。
血に雨が降る中でも笑顔でいられるような肝っ玉を、あいつに付けさせてやりてぇんだ。
狩りに出る際は、街を通らないと外には出られないので、必然的に街を視察するような形で、街外に出る事になる。
空を飛べばクソムカつく人間どもの顔を見ないで住むのだが、毎回どこに行くにも空を飛んでいける訳ではねぇ。
シルビアはまだ長時間飛べねぇからな。
もしこれが空を飛んで外出しようものなら、目的地にたどり着いた時には、シルビアはへとへとで狩りができなくなってしまう。
ゆえに俺は、シルビアと外出する時は、わざわざ馬に乗って、クソムカツク人間どもの顔を見ながら、街の外へ行くのだ。
だが、そんなムカツク人間との対面も、娘と一緒なら観光地だ。
娘が隣にいるだけで、憂鬱な気分も吹っ飛ぶし、人間(ボンクラ)どもを大目に見る余裕が生まれる。
また、人間(ボンクラ)共がシルビアをチヤホヤするのも、俺の余裕が深まる因子だ。
シルビアは純白の翼を6枚も持っているし、漆黒の翼を持ち、あきらかに堕天使である俺の姿とは、えらい違いだ。
こいつの見た目はどう見てもモノホンの天使に見えるからな。
シルビアは天使だ。
可愛い。
本当に美しい。
そんな人間の声が、俺の耳に入ってくる度に、誇らしい気持ちになる。
ガキを褒められて喜ばねぇ親はクソだ。
褒めちぎってくるのが大嫌いな人間であっても、我が子を褒められて悪い気はしねぇ。
それがゆえに、俺は気を良くして、わざわざボンクラ共の目に長時間止まるよう、馬を下りて歩いている。
今日の俺は非常に機嫌が良い。
ボンクラ共を見ても、動物園を歩くような感覚で、街を歩けていたんだ。
――――馬鹿な2匹の虫けらが、シルビアを人質に取るとか、ほざくまではな!
◇
「お父様。
ここは私に免じて、このお方をお許し頂けないでしょうか?」
一瞬、シルビアの言葉に耳を疑った。
お前はこのボンクラに、危害を加えられるかもしれなかったんだぞ!?
街に入ってから今の今まで、やけに寡黙にいると思ってたら、第一声がそれかよ!
「……おい、シルビア。
こいつはテメェを人質に取るってほざいたんだぞ!?
そのテメェがこいつを許せってんのか!?」
シルビアを攻めるつもりはないのだが、ついつい口調が荒くなってしまう。
多少の危険ならシルビアの成長の為に黙殺できるが、人質に取るとか、流石に度が過ぎた。
そんな事言われてブチ切れない親など、いねえっつーの。
「私はその程度で怒ったりはしません。
私は、つまらない事で、人間と争いたくないのです」
「おい、シルビア!
テメェ、マジで言ってんのかっ!!」
流石の俺も、ちょっとイラッときた。
ボンクラの引き合いに出されたシルビアに対して、俺がとやかく言うのはお門違いだ。
だがな、今の俺はそんな事が関係ない位に腹が立っているんだ。
だから、シルビアよ。
テメェはちっと、黙ってろ。
俺はテメェに危害を与えそうなヤツを許すほど、心が広くねぇんだ。
「お父様。
どうぞご寛容な心を持って、人間をお許しください」
「……ガキが、俺に指図するなんざ、いい度胸じゃねぇか……!」
それでもシルビアは引かない。
おい、ふざけんなよシルビアっ!!
口調こそ荒いが、俺はテメェにどうこうしたいって訳じゃねぇんだ!!
ボンクラ共の手前、俺にも面子があるし、こう拒まれたら俺も引く事はできねぇんだからな!
――――その時だった。
それは突然起こった。
理由はわからねぇ。
理由はわからねぇが、シルビアの雰囲気があきらかに別のモノへと、変化したのだ。
「お父様?(ニッコリ)」
寒気がする。
心の臓を握りつぶされるような感覚に襲われる。
なんだっ!?
なんなんだっ!?
シルビアから出る、この圧倒的な威圧感はっ!?
こいつは、いつものシルビアの笑顔じゃねぇ!
最凶の修羅、神殺しの魔人族、もといこの威圧感たるや、まるで魔王のヤローに睨まれているみてぇじゃねぇかっ!
「お父様。
ご返答はいかに?(ニッコリ)」
「くっ、このガキっ!!」
シルビアの眼差しを受け流そうと、気合を入れる。
しかしそんな気合も虚しく、足はガタガタと震え、背後に1歩、2歩と後ずさる。
ありえねぇ!
こんなのありえねぇ!!
俺はどんな戦場でもビビった事がねぇのが、自慢の一つだったんだ。
それがまさか、たった5歳の自分のガキに、この俺が畏怖を覚えているだと?!
(うおおおお!
あの天使様からすっげぇ威圧感を感じるんですがっ!!)
(怖ぇぇぇっ!!
あのお嬢様、怖ぇぇぇっ!!)
(すごい……。
堕天様が完全に呑まれてしまっている。
あのお方は一体何者なの!?)
クッソっ!!
ボンクラ共が言う事は間違いじゃねぇっ!!
この俺様としたことが、掌が汗でビッショリだ!
動悸も激しくなってきやがるし、このクソガキ、いったい何をしやがった!?
「お父様」
「チッ!!
なんだよシルビアっ!!」
そうしてシルビアは、一つの言葉を口に出す。
今後の俺に限りなく大きな影響を与える、その言葉を。
「人は城、人は石垣、人は堀、ですよ」――――と。
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