第7話 あまり他人を挑発するのは止めて下さい
私はあの後、父親に強引に馬に乗せられて、街に行く事になった。
気乗りはしないのだが、事ここに至っては、仕方がない。
母さんに何か言われたら、父さんに強制連行されたと泣きついてやる。ふふふ。
「あ! お待ちなさいダンテっ!
そっちではありませんっ!!」
私は父親が乗る馬とは別に、少し小柄な白馬に乗っている。
私が乗る馬の名前はダンテといい、父親が私の5歳の誕生日に与えてくれた、可愛らしい馬だ。
「ダンテ!
そっちではないと言っているでしょうっ!
私の言う事を聞きなさいっ!!」
「……おめー、相変わらず運動神経ニブイなぁ。
マジで俺の血、流れてんのか?
戦に出る時、ぜってぇ苦労すんぞ?」
何で戦に行く事が前提になっているのさ。
とは言え、私が運動音痴なのは否定しない。
現にダンテを乗りこなすのに精いっぱいで、既に汗だくだ。
生前はもう少し運動神経が良かったような気がするのに、今の身体は頭で思い描いた動きを、まったくと言って良いほど、行ってくれない。
転生して失ったものは何かと聞かれたら、1位が男性自身であり、2位は運動神経だと、即答できる。
「シルビア。
上手く馬に乗れねぇのなら、俺が手を貸してやるよ」
「え? ちょ、いやぁぁぁぁぁ!」
父親がダンテの尻を蹴っ飛ばす。
ちょ、止めてよっ!
そんな事すると、ダンテが止まらなくなるじゃないかっ!!
「乗馬はな、馬が荒れれば荒れるほど上達すんだぞ?
だからテメーも、荒れ馬を乗りこなしてみやがれ!」
「ふふふ、ふざけないで下さいっ!!
あああっ! 駄目ですっ!!
何故こうなるのですかぁっ!!」
ヤバイって!!
ダンテの目、明らかに競走馬の目に変わってる!
止まらん止まらん止まらんっ!!
父さんのバカヤローーーーーーっ!!
◇
私はダンテと格闘しながら、なんとか屋敷から続いていた坂道を下り降り、街の中に入る事ができた。
と言うか、街に降りるまで10回は落馬しそうになりつつ、その度に翼を使ってバランスを取り、なんとか落馬せずに済んだ。
父親は「それでこそ俺の子だ」とか喜んでいたが、正直、殺意が湧いた。
後で絶対に母さんに言いつけてやる!
町に入ると父親は馬を降りて歩きだしたので、私もそれに倣う。
父親が統治するロアニールの街は、ガーデンロンド魔帝国の北東部に位置している。
また、このロワニールは、人間側の国と国境を面している街であり、山を一つ越えれば、そこは人間が治めるエリシュメシア王国だ。
これは最近知った事だが、ロアニールの街に住む住民の殆どが、魔族と人間の戦争で捕虜になった、人間側の兵士で構成されている。
この街に住んでいる人間は、父親が戦争で直々に捕縛した捕虜であり、魔族に対する恨みや怯えは、かなり強いものがあるのだ。
「オゥ! 人間ども、しっかり石、掘ってるか?
さぼってんじゃねぇだろうな!?」
「え! 嘘!
だ、堕天のザンドルド!?」
「お、おいっ!!
平伏っ! 平伏だっ!!
領主様がお見えだぞっ!!」
父さんが街中の人込みで大声を上げると、そこに居た人たちが一斉に道の端に寄って、平伏した。
ガヤガヤと騒がしかった街並みが、一瞬にして静かな街に変貌する。
ったく。なんでこの人は、こうやってすぐ人を威圧するんだろうか?
狩りに行くには街を通らないと外に出れないのに、街に行けばこうやって人間を威圧しまくる。
私はそういったDQNな行為が嫌だから、付いていきたくなかったのに。
(……おい。何で堕天様が街にいるんだよ……。
今日は視察の日だったっけ?)
(知らないわよそんなの。
堕天様よく狩りに出るし、その通りがかりに視察をしてるんじゃない?)
(……なあ、あの堕天様の隣にいるお姫様は誰なんだ?
本当の天使のように見えるのだが……)
(ちょっと、あなた知らないの!?
あれは堕天様の娘、シルビア様よ)
(まじかよ!
あれって堕天使なのか!?
教会に描かれている天使にしか見えんぞ!?)
(だよね……堕天様に全然似てないよね……。
だってあの子、どう見ても神々しいもん)
「オゥ!! このボンクラ共!!
俺様の為に、身を粉にして働けよ!」
父親が喋るたびに、どこかで「ヒッ」なんて悲鳴が聞こえる。
うーん? 心なしか、今日の父親は機嫌が良い気がする。
威圧っぽいのは確かなんだけど、いつも人間と接する時は、こんな程度じゃない位イライラしているからね。
「返事はどうしたボンクラ共っ!
テメェら雁首揃えて、俺に文句も言えねえのかっ!?」
大声で怒鳴る父親に対して、住民たちはしーんと静まり返って、身動きすらしない。
まあ、確かにこの父親は怖いよね。
それでなくても、この街に居る人間の殆どが、戦争で父さんが捕まえてきた捕虜って聞くし、そういう経緯があれば、余計に怖いよね。
(……なあ、なんか今日の堕天様、様子がおかしくないか……?)
(……シ! 頭を上げちゃだめよ!
目立ってしまうと、堕天様に目を付けられるわ!)
(……おい、娘の方を見てみろよ。
あの笑顔、まるで白薔薇の様に美しいじゃねぇか?)
(……なんか、俺達とは住む世界が違うって感じだよな。
俺の娘もあんだけ可愛けりゃなぁ……)
(……お前の娘なんかと一緒にするなよ。
あれは成長すれば魔王の嫁とかになれる器だろ)
「か、数々の無礼っ!!
もう許せんっ!!」
「そ、そうだっ!!
我々を誰だと思っているのだっ!!」
その時だった。
父親の挑発に、2人の男が立ちあがった。
このど阿呆! 変に父さんを挑発するんじゃない!
あんたら、何考えてるんだ!
「ほう、これはこれは。
エリシュメシア王国のロア伯爵さまに、マカド子爵さまじゃねーか」
「い、今すぐ捕虜たちを解き放つのだ!
捕虜を奴隷として扱う事は、国際連合で決められた条約により、禁じられている!」
「そ、そうだそうだ!
これは条約違反だぞ!」
(……誰かあの二人を止めろよ……)
(……いやよ。
そんな事して、堕天様の矛先がこっちに向いたら、どうするのよ……)
(……あの二人、人間の貴族の権力が魔族に通じると思ってんのかな……?)
(……あいつらが馬鹿な指揮をとらなきゃ、俺は捕虜なんてやってないんだ……)
(……よしお前ら。ここは見て見ぬフリだ。
馬鹿伯爵と阿呆子爵は俺達と関係がない。いいな?)
((((了解))))
「国際連合って人間側の連合だよな?
そこで決められた屁理屈を、何で俺が聞かにゃならんのだ?」
「い……いや、だから条約で……」
「その条約を魔王様が締結したのか?
あ~ん?」
父親が薄ら笑いながら、ロア伯爵とやらに近づき、胸倉を掴みあげる。
この馬鹿貴族め、相手を見て喧嘩を売ってよ。
もし父さんの機嫌が良くなかったら、この時点で公開処刑だよ?
「だ、誰ぞこの魔族を討つのだっ!!
早く伯爵様を助けるのだっ!!」
(((((ただいま我々は留守にしております)))))
「お、おいっ!!
私達は貴族だぞっ!!」 」
(((((御用のある方は、時間を置いて、もう一度お問い合わせください)))))
「ははは、早くするのだこの平民どもぉっ!!」
(((((郵便の方は、チリンチリンと呼び鈴を鳴らして、使用人にお申し付け下さい)))))
「な……なぜ、なぜ貴様らは黙っておるのだっ!!
ロイ伯爵様がどうなってもよいのかっ!?」
「むむむ! そ、そうだっ!! 娘だ!
マカド子爵よ! あの娘を人質に取るのだ!!
そうすればこの野蛮な魔族も……」
(((((娘……って、伯爵様の大馬鹿者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!)))))
「……テメェ、今何て言った?」
「は、な、何!?」
「だから、テメェ今何て言った?」
「あ、ななな、何?」
「このボンクラがぁっ!!
命より大事な俺様の娘を、人質に取るとかぬかしやがったなぁぁぁっ!!」
「ヒ……ヒイイイイイイイイッ!!」
父親の怒気に中てられ、馬鹿な伯爵はあろうことか、失禁してしまう。
ああ、もうっ! この馬鹿貴族、何考えてるのさ。
娘に危害を加えようとしたら、親として怒るに決まってるでしょっ!
ここで父さんを放っておいたら、ホントにこの人殺されちゃうよ!
「ひ、ひいいいいいぃぃぃっ!!」
「ま、まつのだマカド子爵っ!!
わ、わ、私を一人にしないでくれっ!!」
阿呆貴族の片割れが、もう一人の貴族を残して、一目散に逃げて行く。
って言うか、こうなる事は目に見えてわかってろうに……。
青い血の人々の考える事はよくわからないや。
「オウ……釜茹での刑か股裂きの刑か、それともここで首を跳ねられるか。
好きな死に方を選ばせてやるよ」
「ひ、ヒイイイっ!!
だ、誰ぞわ、私の身代わりに……」
「心配すんなや。
逃げたボンクラもしっかり後を追わせてやるから、安心して逝けや」
「や、やめて助けて!!
ごめんなさいお願い許してぇぇっ!!」
あーあ。どうすんのさコレ。
私を引き合いに出された時点で、私自身もかなり気分が悪いんだけど、それだけで人が殺されてしまうのは、少々やり過ぎのような気もする。
私は元人間だからね。
魔族に生まれた以上、考え方もだいぶ魔族寄りになってしまったけど、人間が殺される事に可哀想だと思う程度は、まだ人間らしさが残されているんだよね。
これが敵意を持って攻撃してきたのなら、私も非道になれるのだけど、別に私は人間の事をそこまで嫌っていないし、実害が無い限りは、仲良くやってほしいと思う。
うーん。どうしよう?
倉庫からギッてきたエーテルを飲んでいるから、SPは一応回復しているんだよね。
まあいいか。
今日はスズメバチを大量に殺害したし、今から狩りでいろいろ殺傷するだろうし、あまり殺してばっかりだと、業が深まってしまう。
ここは徳積みとして、私が一つ庇ってやるか。
(我が魂に宿りし月のタロットよ、今ここに顕在せん。
グリモワール・スプレッド)
私はコートの中で手を合唱し、誰にも聞こえないような小声で、召喚獣を呼び出す真言を唱えた。
直後、私のコートの中に、ポケットサイズのケルベニが召喚される。
私のスキル『グリモワール・スプレッド』は、術者の意思によって、召喚獣を本来の姿よりも小さい姿で、召喚する事が可能だ。
但し、このサイズで召喚された召喚獣は、真言を本気で唱えた時と違って、能力の効果が数ランク低下する事になる。
戦闘状態ではポケット召喚はあまりおすすめできないが、隠密状態ならかなり便利な能力なのだ。
「お父様。
ここは私に免じて、このお方をお許し頂けないでしょうか?」
「……おい、シルビア。
こいつはテメェを人質に取るってほざいたんだぞ!?
そのテメェがこいつを許せってんのか!?」
「私はその程度で怒ったりはしません。
私は、つまらない事で、人間と争いたくないのです」
「おい、シルビア!
テメェ、マジで言ってんのかっ!!」
(お、おいっ!!
あの天使様、あんな馬鹿貴族を守ろうとしてるぞ?!)
(嘘だろ……。
危害を加えられそうになった魔族が、人間を庇うなんて……)
(何てお優しいお方なの……。
私、あのお方のファンになっちゃったかも……)
「お父様。
どうぞご寛容な心を持って、人間をお許しください」
「……ガキが、俺に指図するなんざ、いい度胸じゃねぇか……!」
うーん。
やっぱり私の言う事なんて聴きはしないか。
父さんの苛立ちもピークに達しようとしているし、このままではらちがあかない。
私はケルベニに、父さんが私の笑顔を見る事で『恐怖』するよう、指令を送る。
もちろん、手加減をして能力を掛ける指令もやっておく。
なにも父さんの精神を崩壊させようなんてまったくもって思っていないし、あくまで私の話を聞いてもらう精神状態にさせるだけだ。
「■■――ぉ」
ケルベニは私にしか聞こえない小さな声でうめき声を上げると、小指の爪先程度の鬼火を、父さんに送る。
父さんはヒートアップしてるし、父さんに首根っこ掴まれた伯爵も、こんな小さな鬼火に気付くとは思えない。
事の推移を見守る住民たちも、太陽の光で鬼火を視認する事はできないだろう。
さて、事は整った。
後は、私が適当に父さんを説得するだけだ。
頼んだよケルベニ!
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