第6話 頑張って女の子を演じています
夢の中に神様が現れてから、4年が経った。
結局、あの日以来、神様が現れる事はなくなった。
一体あの人は何がしたかったのだろう。
私も今では5歳になった。
5歳と言っても、容姿は既に中学生レベルまでに成長している。
どうやら魔族は成長が速く、ある一定の年齢にまで達したら、その年齢のまま、ピタッと成長が止まるみたいだ。
3対6枚の翼も順調に大きくなり、最大まで広げれば、自分の身長3人分くらいまで成長した。
普段は小さく折りたたんでいて、無駄にかさばる事は無いけれど、まさかこんなにも翼がある生活が大変だとは、思ってもいなかった。
寝ぼけているときは背伸びと同時に羽が開き、壁に激突する。
先日は翼が蝋燭に接触して炎上しかけたし、夏は毛布を担いでいるのに等しいので、死ぬほど暑い。
湯船に入れば浴槽の湯を翼がひたすら吸って、自分の体重より重くなる。
正直言って、空を飛べる事を除けば翼なんて無用の長物だと、私はこの5年でつくづく思ってしまった。
「おお……シルビア様だ」
「今日もお美しい……」
「無意識に拝んでしまいそうだ……」
「皆様、おはようございます。
私は裏庭で読書をしています。
静かに本を読んでいたいので、誰かが訪ねてきても、取次はしないで下さい」
ちなみに、今のセリフを喋ったのは、この俺もとい、私である。
まだぎこちない点があるかもしれないけど、女の子を演じるのにも、かなり慣れた気がする。
最初は演じる事自体に抵抗があったけど、外見はどんどん可愛く育っていくし、何よりも周りの目線が男としての振る舞いを許さなかった。
――――1人称だって、俺から私に変えた。
――――考え方だって若干は柔らかくなった。
――――清楚な乙女を演じるよう、意識して頑張った。
とは言え、私は女の子を演じるのに慣れただけであり、心の神髄は男そのものだ。
神様曰く、魔族社会では同性婚ができるらしい。
という事は、後は男性自身さえ生やす事ができたら、私の性別が女だろうが何だろうが、とりわけ大きな問題にはならない。
私は自分の目標に『真面目になること』も立てているので、郷に入れば郷に従えの精神で、女の子を演じているだけなのだ。
「皆様、どうかしましたか?」
「な、何でもありません!
裏庭で読書をされるのですね!?」
「ええ。
お母様に買って頂いた本を、早く読んでしまいたいのです」
そう言って、私はうっすらと微笑を浮かべた。
私が笑顔を浮かべて、落ちなかった者はいない。
その証拠にメイド・執事たちはポカーンと口をあけ、時が止まっているじゃないか。
「可愛らしい……。
なんて可愛らしいんだ……」
「ああ……お嬢様……。
私、一生お嬢様に付いて行きますからね……」
「お、お嬢様を守るためなら、俺は死ねるっ!
俺の命はお嬢様と共にあるんだっ!」
どーさ! この破壊力。
伊達に『魅力A+』は持ってないっての!
「皆様のご寵愛を頂き、シルビアは果報者です。
今後とも我がイエローアイズ家に尽くして下さいますよう、お願い申し上げます」
「「「は……はい!
承りました!
お嬢様!!」」」
私はしずしずと音を立てない歩き方で、その場を立ち去る。
よし。これで清楚な乙女を演じれていると思う。
まぁ中身30代のオッサンが少女を演じているので、それとなく犯罪臭は感じるのだが、そこらへんは許してほしい。
真面目に生きるために、私も必死なのだ。
◇
裏庭に出た私は山手に向かって歩き始める。
この庭の山手は広い森になっており、人通りが少なく、それでありながら結界により侵入者の備えも完璧なので、スキルの練習にはピッタリの場所だ。
森の中の遊歩道を10分ほど歩いた先にある、木漏れ日の広場にて、腰を下ろす。
「さて、本日も我が偉大なる目標を叶える為、頑張りましょうか」
私は4年前に神様と再開して以来、SPを増やす事にひたすら時間を費やした。
SPを増やさない限り、せっかく取得した『グリモワール・スプレッド』を使って、召喚獣を呼び出す事ができないからだ。
SPを枯渇させる方法とは、召喚獣を呼び出す努力をする事だ。
スキルを覚えると、その使い方も頭に浮かんでくるので、どうやって呼び出したら良いかの指南は必要なかった。
最初はもちろんの事ながら、召喚獣を呼び出すなんて不可能であり、SPの枯渇と回復を繰り返して、最近になってようやく召喚獣を呼び出す事が出来たのだ。
「……周りには誰もいませんが、用心くらいはしておきましょうか」
誰かに見られても言い訳できるように、本を開いて読書をするフリをする。
そのまま私は目を閉じて、合掌した。
「我が魂に宿りし月のタロットよ、今ここに顕在せん。
グリモワール・スプレッド!」
スキルの真言を唱えた瞬間、体に蓄積されているSPが、何かに搾り取られるような感覚に襲われる。
背中の翼がぼうっと光り、体の周りを赤い光が浮遊する。
その赤い光が体の正面で魔方陣を描くと、その中心に『月』のタロットが浮かび上がった。
生物の鳴き声が周囲に響く。
そして、浮かび上がったタロットから、ゾウ程の大きさがある、一匹の生物が召喚された。
狼と犬の二つの頭を持ち、胴体はザリガニ。
ザリガニの胴体には黄色い女の顔が描かれ、その顔を挟み込むようにして生える、二本の角。
動く度に周囲に鬼火をまき散らし、見る者を不安にさせる容姿を持つ、精神汚染の雄。
この奇妙な生物の名は“ケルベニ”と言う。
これが私に扱える『月』の召喚獣だ。
「ケルベニ。
今日の獲物はアレです」
私が指さす場所には、直径1mはあろうかという、大きなスズメバチの巣がある。
それを見たケルベニは、奇妙な声で鳴くと、対象に向かって睨みを利かせた。
最初こそ、ケルベニは私の言う事を聞いてくれるのか不安だったけど、実際は杞憂に終わった。
このケルベニは知能が高く、召喚者である私に非常に忠実だ。
ケルベニは私の言う事なら何でも聞いてくれるし、最初は「何ですか! この化物はぁぁぁっ!?」――って驚愕したけど、慣れてくるとつぶらな目とかが、可愛かったりする。
うん。順調に魔族的な価値観に侵されている気がする。
「よし! 行きなさいケルベニ!」
「■■ぉぉ■■■――――――――ぉぉ!!」
私がそう言うと、ケルベニは何とも形容しがたい声で、雄たけびを上げた。
ケルベニがその雄たけびに乗せて、対象へ向かって鬼火を舞い上がらせる。
その異様さに、スズメバチも異変を感じたのだろう。
何十、何百匹というスズメバチが、一斉に巣から飛び出てきた。
警戒反応を見せるスズメバチに、青白い鬼火が襲う。
鬼火と言ってもこの炎は熱が無いので、対象を焼き殺す事はできない。
しかし、本当に恐ろしいのはここからだ。
スズメバチを襲う鬼火。
その鬼火に包まれたスズメバチが、一斉に共食いを始めたのだ。
中には巣に激突して外壁に穴をあけるハチや、素の内部から外壁を食い破ってくるハチもいる。
『月』を表すタロットとして召喚されたケルベニの能力は、『精神B++』以下のステータスを持つ者の精神を『畏怖』・『恐慌』・『混乱』・『発狂』等により、崩壊させる事ができる。
つまり、伝説となるレベルの精神構造を持つ者しか、ケルベニの能力には耐えられないのだ。
スズメバチの精神ステータスなど知る由もないけど、さすがに伝説まではいかないだろう。
その証拠に、5分もしないうちに、スズメバチは『発狂』による共食いなどで、全滅してしまった。
「流石に凄いですね、ケルベニ。
召喚者として誇らしいです」
死んだスズメバチの死骸を確認する。
どの個体も共食いに有ってバラバラであり、何度使ってもエグイ能力だ。
「ご苦労様でした、ケルベニ。
貴方の忠誠心は見事でした」
「■■――ぉ」
私がそう言うと、ケルベニは小さい雄たけびを上げて、霧が発散するように消えて行った。
ふう。疲れた。
ブラフの為に開けていた本をパタンと閉じる。
さて。今のでSPが上昇したか、確認してみるか。
一応限界ギリギリまでSPは消費されたはずだ。
もしかしたら、経験値が溜まって、SPが上昇しているかもしれない。
「ステータスよ。
開きなさい」
●基本情報
名 前:シルビア・メル・シ・イエローアイズ
種 族:堕天使族
性 別:女
年 齢:5歳
称 号:お嬢様
●ステータス
H P:F
M P:F-(才能限界)
S P:E-
攻撃力:F
防御力:F
魔抵抗:F
俊敏力:D-
精 神:D+
魔 力:F−(才能限界)
運 :C+
魅 力:A+
●スキル
『占術F』
占を立てて未来を占う能力。
このランクでは占術の方法を知っている程度にとどまり、占いが的中する事はほとんどない。
ただの知ったかぶりともいう。
『飛翔D-』
自身の力で自由に空を飛ぶ能力。
このスキルは堕天使族という種族柄、SPを消費しないで使用することが出来る。
馬と同等の速度で自在に空を飛ぶことが可能だが、このランクでは継続して空を飛べる事は困難であり、飛翔時間は著しく低い。
また、高高度の飛行や超低空飛行等の技術を要する飛翔行動もできない。
『グリモワール・スプレッド』
召喚獣が封印されたタロットカードを展開し、召喚獣を召喚する能力。
カードの種類に関連した召喚獣が封印されている。
現在は使用できるカードが以下のカードに制限されている。
--保有召喚獣一覧--
【月】
この召喚獣は、『精神B++』以下のステータスを持つ者の精神を『畏怖』・『恐慌』・『混乱』・『発狂』等により崩壊させる事ができる。
また、同様のステータスを持つ者の精神が崩壊した場合、その者の精神を正常な状態へと回復させる事ができる
うーん。SPは相変わらずE-のままか。
もうそろそろEになるかと思っていたけど、全然ダメだね。
力を抜いて、SP消費に伴う虚脱感を和らげる。
召喚を一回使っただけで、ヘロヘロに疲れてしまうのは頂けない。
最低1時間くらいの具現化を果たすのには、どれくらいのSPランクが必要なんだろう?
あ、そうそう。
背中の翼も大きくなったので、飛翔のスキルがF-からD-に成長しましたよっと。
一応今の私は、自前の翼で空を飛ぶことが可能だ。
但し、飛んでみるとこの飛翔というのは、もの凄くハードな運動である事がわかった。
スキルの説明にある通り、私は馬と同程度の速度で飛べるのだが、10分もすれば疲れて速度を保てなくなってしまう。
もうちょっと翼が大きく成長すれば、速度も持続性も増してくるとは思うけど、これについては今後の成長に期待しよう。
「オゥ。シルビアはいるか?」
父親であるザンドルドが庭にやってきた。
むう。絶妙なタイミングで現れたね。
もうちょっと来るのが早かったら、召喚獣を具現化させている最中だったよ。
いくら魔族が人間よりもスキルに優れると言っても、5歳の子供があんな生物を召喚するなんて、普通ではないと思う。
もし私が召喚なんてしているのがバレたら、根掘り葉掘りいろんな事を聞かれるだろうし、面倒くさいことになりかねない。
なので、できれば私のスキルは、しばらくの間、隠し通しておきたいところだ。
「ガキが森林浴なんてジジクサイ真似してんじゃねーよ。
遠出して狩りにでも行くべ」
「狩りですか……?
勝手に街の外に出ると、お母様に怒られます」
「細けぇ事はいーの。
黙っときゃ、ばれねーよ」
「でも私、本を読んでる途中でして……」
「ガタガタ言うんじゃねぇよ。
この街では一番偉いのは俺なの。
で、俺が行きたいからお前を誘うの。
お前は俺のいう事を聞いときゃいいの」
このKYめっ!
遠回しに行きたくないって言ってるのが、わからないかな?
あんた街に出たら誰彼構わず喧嘩売るし、何より私は疲れてるんだよ!
「オラ! 行くぞガキ!
付いてこねぇようなら、ケツぶっ叩くぞ!」
ああもうっ、わかったよっ!
行けばいいんだろっ!!
あとで母さんに怒られるのは私ではなく、父さんだからねっ!!
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