第4話 母の思い
1年前、このイエローアイズ家に新たな家族が加わった。
その家族は、魔眼族であるこの私、ローザ・カノン・ド・イエローアイズにとって、今か今かと待ちわびて生を受けた、とても可愛い女の子だった。
彼女がお腹の中に居た時の事を、まだ鮮明に覚えている。
初めてシルビアが胎動を見せたのは、このロアニールの街が夏を迎えた日だ。
夫は感激して泣き出してしまうし、ああ――これが生命を育むって事なんだなと、感極まったのを、とてもよく覚えている。
それからは毎日の様に、お腹に向かって話しかけたり、絵本を読んだり、歌を歌ったり、魔王府から効果があるとして教えられた胎教に、毎日の様に取り組んだ。
その成果なのか、シルビアが生まれて間もないころから、私達の言葉を理解している節がある。
流石魔王様ね。
こんなに効果が出るなんて、やって良かったわと思う。
新生児はしわくちゃのお猿さんのようだけど、シルビアは非常に整った顔立ちで生まれてきた。
周りからも美人だ美人だと言われ続けて、ザンドルドなんかは「流石は俺の子だ!」なんて、周囲に言いふらしているみたい。
でもね。お母さんはシルビアが美人とかは関係なく、生まれてきてくれた事だけで幸せなのよ。
別に魔族だからと言って、強くなって欲しいとかは思わない。
平穏な場所で、幸せに生きてくれれば、ただそれだけでいい。
お母さんはそう思っているのよ。
「セリカ。いる?」
シルビア付きのメイドの部屋をノックする。
すると、「なんだ、ローザ」なんて言って、凛々しい振る舞いが特徴的な女性が顔を出した。
「昼間に夫が言ってた話、貴方も聞いたわよね?
今は治安の悪化でも、それが暴動に繋がらないとも言い切れないわ。
警戒しておいて頂戴」
「つまり、シルビアの警護を1段階引き上げろと。
ローザはこう言いたいのだな?」
話が早くて助かる。
セリカはメイドと言っても、過去は魔王軍の軍人として、幾多の戦場を駆け抜けてきた、一流の戦士だ。
今でこそ軍をやめて使用人の身分にあるけど、その強さは重々理解している。
シルビアの護衛として、彼女ほど頼りになる魔族はいないだろう。
「安心しろローザ。
既にシルビアの警備レベルは、戦時体制に引き上げている」
「あら、流石に仕事が早いわね。
昼間の話を聞いて、直ぐに動いてくれたの?」
「いや、シルビアの警護レベルは、生誕した時からずっと戦時体制だ」
「……はい?」
「女神の如き美貌を有すシルビアに、悪い虫がついたらどうする。
シルビアの警備ランクを低く設定するなど、私にはできん」
「で、でもあの子はまだ1歳なのよ?」
「甘い。甘いぞローザ。
シルビアは将来、ガーデンロンド魔帝国で最も美しい女性へ、成長するだろう。
いや、魔帝国だけではない。
シルビアならこの世で最も美しい美女として、歴史に名を残す事も可能だろう」
「あ……はい。ありがとう?」
「クソ……シルビアの出産を機に街の治安が悪化するとは、どういう事なのだ……。
ハッ! まさかシルビアを誘拐する為に、良からぬ輩が街に潜入しているのではないのか!?
なんたる事っ!!
きっとそうに決まっているっ!!
おのれ許さんぞゴミ虫どもめ!
魔王軍で激震と呼ばれたこの私が、命を懸けてシルビアを守り抜いてみせようっ!!」
……うん。
彼女に任せておけば、シルビアは安全ね。
「フフフ……シルビア……。
何故あんなにもシルビアは可愛いのだ……。
ああ……シルビア……。
セリカお姉ちゃんは、お前を愛しているぞぉーーーーーっ!!
ふふ……ふふふ……あはは……あーっはっはっはっはっは!!」
ごめん。やっぱ凄い不安だわ。
彼女にシルビアを任せておいて、本当に大丈夫かしら。
◇
セリカと別れて、シルビアが眠る子供部屋の前を通りかかった。
もうこんな時間だ。
シルビアはぐっすりと眠っている事だろう。
シルビアは赤ちゃんとは思えないほど泣く事が少なく、お腹が空いても、オシメを変える時も、喃語で指示を出して、私に訴える事が多い子だ。
シルビアはママにとても優しい赤ちゃんだったりするけど、気合を入れていた私としては、少し寂しい感じもするわ。
「あら? シルビア?
まだ起きているのかしら」
部屋の前まで来ると、シルビアの声が聞こえた気がした。
少し耳を澄ましてみるが、確かに、部屋の中から声が聞こえてくる。
「……少し見てみようかしら」
もしこの声がシルビアの寝言だったら、ドアを開けた瞬間に彼女を起こしてしまうかもしれない。
ゆえに、私は子供部屋には入らずに、左眼の魔眼を使って、シルビアの様子を覗き見る事にした。
「我が左眼に宿りし不可視の邪霊よ、我が欲する願望を浮かび上がらせよ。
スキャナアイ!」
私がそう言うと、左眼の魔眼が発動し、ドア越しに子供部屋の中が視認できるようになった。
私は右眼に攻撃系の魔眼を持ち、左眼に探索系の魔眼を持っている。
夫やセリカと同じく、私も魔王軍の出身だ。
魔王軍を辞めてからというもの、日常の生活にあまり必要が無い左眼の魔眼はあまり使わなくなっていたけど、シルビアが生まれてからは、こうやって彼女の様子を確認する為に使っている。
私が有する左眼の魔眼は、遠視・透視を可能にするので、子育てにも非常に有用なのだ。
ドアに耳を当てて中の音を聞きながら、左眼でシルビアの様子を確認する。
すると、シルビアは「うーうー」言いながら、何かをじーっと見ているように見えた。
(……なにを見ているのかしら)
視線の向きを変えて、シルビアの見ている物を確認する。
(あれは……タロットカード?
私あんなの持っていたかしら?
なんであんな物がシルビアのベッドにあるのよ……)
「あいぅうい、おんあいぉうおう、いぉえい、おうえい、おうおう、おいいおあい」
シルビアの喋る喃語をドア越しに聞いて、背筋がゾクッとするのを感じた。
その喃語は、タロットカードを知っている者なら、ピンと来た事だろう。
魔術師、女教皇、女帝、皇帝、法王、恋人たち。
それらはタロットを構成する各カードの名称であり、あろうことか、娘はそれを使って、占いを展開しているではないか。
(ちょっと……!
あなたまだ1歳になったばかりなのよ?
何でそんな事が出来るのよ……!)
成長が速いとは思ってたけど、こんなの速すぎよ。
どれだけ魔王様の胎教のすすめは、効果があるのよ……!
(まあいいわ……。
もうこんな時間だし、じきにシルビアも寝付くでしょう……)
そうして、私は左眼の魔眼の効果を落とす。
あのタロットが何故シルビアの部屋にあるのか不明だけど、もしかしたら、使用人の誰かが落とした物かもしれない。
本当はあんな誰が触ったかわからないカードなんて、直ぐに取り上げてしまえば良いのだろう。
だけど私は、カードを取り上げた後に、シルビアが泣いてしまう事を嫌がった。
今のシルビアくらいの月齢だと、些細なことで夜泣きの原因になってしまう。
明日シルビアが部屋を出ている隙に、片付けてしまえば良いわ。
///シルビア視点///
《ステータスを認識できる程度に成長したため、スキル『グリモワール・スプレッド』に最も縁深い召喚獣が追加されます。タロットカードを1枚引いて下さい》
……ん?
頭の上らへんから変な声が聞こえた気がして、目が覚めた。
せっかく気持ちよく寝ていたのに……一体なんだ?
音がした辺りに手をやると、変なカードの束が置いてあった。
今は夜なので部屋の中はかなり薄暗いのだが、月明かりを頼りにカードを確認する。
「あいぅうい(魔術師)、おんあいぉうおう(女教皇)、いぉえい(女帝)、おうえい(皇帝)、おうおう(法王)、おいいおあい(恋人たち)」
え? 何だ?
これってまさか、タロットカードか?
何でこんな物が枕元にあるんだ?
カードをまじまじと眺めていると、やけに薄汚れているというか、使い込まれてあるカードである事に気づいた。
ふーむ。これは母親が使っていたカードなのか?
でも……このカードに付いている染みは、血痕だよな……?
どんな使い方したら、こんなものがカードに付くんだよ。
俺がこの世界に転生する前は、趣味で始めたタロット占いにて、糧を得ようとした時があった。
結局俺の占いは殆ど当たらず、客が来る事などあまりなかったが、それでもタロットカードを見ながら、妄想を膨らませる事は大好きだった。
なので、今こうやってカードを眺めていたら、体がムズムズしてきた。
タロットカードを見るのは久しぶりだ。
今の俺はどういう状態にあるのか、ちょっとだけ、占ってみようかな?
タロット占い特有の準備をカードに施し、一枚のカードをレイアウトする。
流石に今の俺の手では、手の大きさや器用さが足りていないので、あくまで簡易な占いだ。
ゆえに俺は、一枚だけカードを引いて吉凶を占う、ワンオラクルを選択した。
カードをペラリと表に向ける。
「ういおえいいいあ(月の正位置か)」
うーむ。あまり良いカードではない。
月の正位置には、不安・恐怖・悪寒・悲観的などの意味がある。
異世界に転生して、将来が見えない状態に不安を感じているのだろうか。
確かに、俺の立てた目標の最重要事項が既に破たんしている状態だし、考えようには当たっているのかもしれん。
「はうあー」
むう。変なあくびが出た。
今は夜中の何時だ?
乳児の身体になってから、どうにも疲れやすいと言うか、いくら寝ても寝足りない。
まあ乳児である以上、そういうものであるのは理解できるが、ここまで体に精神が引っ張られるとは思っていなかった。
もうちょっとタロットで遊びたかったが、それは明日以降にして、ぐっすり寝よう。
タロットは母親が片づけてしまうかもしれないが、もうちょっとで俺も歩けるようになるし、片付けられたらその時にまた探せばいいだろう。
そうして、俺は再び夢の世界に入って行く事になる。
唐突として、俺の枕元に現れたタロットカード。
俺が寝静まったのを境にして、そのタロットはかき消されるように、自然に消えて行った。
もちろんそんな事など、既に夢の中に入ってしまった俺には、知る術は無かった。
《スキル『グリモワール・スプレッド』に『月』の召喚獣が追加されました。
詳細はステータスで確認してください》
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