第3話 堕天の魔族

 出産から1年がたった。


 生誕時は『とある事情』で驚愕の方が大きかったが、これだけ時が経てば、流石に落ち着いてくる。

 とは言えども、その件についてのショックは、1年たっても引きずったままだ。

 その『とある事情』が俺にとってどれだけ大きな出来事だったのか、押して知る事ができるだろう。


 さて。

 今俺は西洋風の大きな屋敷の子供部屋に、寝かされている。

 大小合わせて20室ほどの部屋がこの屋敷にあるらしく、今居る部屋はその一つという訳だ。


「えい、えい、えい」


「あら、どうしたの? お腹空いたの?」


 母親が俺の頭を優しく撫でる。

 母親は自分の身長の2倍はありそうな長い髪をしており、歳は若い。

 私16歳のJKです! とか言われても、普通に信じられるレベルだ。


「あら、確かにもうこんな時間。

 ちょっと待ってね。

 今準備するから」


 そう言って母親は髪の毛をズリズリと引きずりながら、部屋を出て行ってしまった。

 母親の歩いた後は、もれなく床が綺麗になるので、掃除機のコマーシャルのような、清掃の轍ができる。

 インパクトは強いが、衛生的にどーなの? とも思う。

 ただ、母親の髪が汚れていた事は一度も無いので、なにか汚れを弾く仕掛けを髪に施しているのかもしれない。


「いえああい(いってらっしゃい)」


 声を出してみたが、喃語しか出すことができなかった。

 当たり前だよな。

 俺はまだ声を発するまで声帯が成長しておらず、文字も読めない状態だ。


 とはいえ、胎内から語学を学んだ成果は、大きかったと断言できる。

 生後半年もすれば、日常会話程度なら、聞き取れるようになっていたし、今では細かいニュアンスなど、若干の語彙さえマスターすれば、言語の理解は完璧だろう。


 そんな語学の勉強に一番役に立ったのは、両親の呼びかけだ。

 俺の両親はまだ喋れない俺に対して、いろんな事を話しかけてくれた。

 両親の会話を聞き続けていると、否が応でもこの世界がどんな世界なのかがわかってくる。


 どうやらこの世界は、科学文明がまったく発達していない、非文明的な社会構造らしい。

 灯りも蝋燭を使っているし、電化製品なんてものは一切無い。

 電化製品は無いが、魔法やスキルなんて超神秘学的なものが存在する。

 火打石等ではなく、そのスキルを使って蝋燭を灯しているので、科学文明が無くても、それほど不便ではないのかもしれない。


「いあー、いあー、いあー(ヒマー、ヒマー、ヒマー)」


「少し待て。ローザは直ぐに戻ってくる」


 俺付きのメイドが、にへら〜なんて微笑む。


 ぶっきらぼうな口調からは、とてもメイドとは思えないが、とにかく、俺の家にはメイドなんてものがいる。

 家には彼女を含めて10人の使用人が屋敷に存在する。

そんな俺の家は、この街を治める下級貴族にあるらしく、その当主が俺の親父だ。


 そんな俺の親父が治める街、ロワニール。


 この街は1,000人程の住民が生活する鉱山街だ。

 街を構成する家々は赤いレンガで統一されており、その屋根にはメタボなサンタクロースでも入れそうな煙突が付けられている。

 街は小さいながらも騒々しく、鉱夫らしき者々の声が昼夜を通して聞こえてきたりする。


「はーい。ママ帰って来たわよ~」


 母親がトレイに離乳食を乗せて戻ってきた。

 最初はメイドがいるのに、何故母親が直々に俺の世話をするのか不思議だった。

 どうやらその理由は、母親にとって俺は第一子らしく、育児に関しては自分で行おうと、前々から決めていたらしい。

 その所為か俺付のメイドは母親の目の届かない所や、席を外す時のサポート程度の仕事しか与えられておらず、メイドにとっては納得がいかないようだ。

 俺はもちろん子供なんていないので、よくわからないのだが、これが親御心なのかもしれない。


「はい。シルビアちゃん。

 まんまの準備しようね~?」


 母親がベビーチェアを準備する。

 母親は甲斐甲斐しく俺の面倒を見てくれている。

 それについての不満は無い。

 不満があるのは、呼ばれた俺の名前についてだ。


 シルビア・メル・シ・イエローアイズ。

 それが俺の本名だ。


 シルビアと云っても、ニッ○ンのスポーツカーではない。

 この世界のシルビアが何の語源から取られているかはわからないが、地球の語源は、ギリシャ神話の美しい清楚な乙女の名前だったはずだ。


 この俺が清楚な乙女とか。

 前世では病弱色白のガリガリロンゲだったからな。

 生前の容姿で乙女なんて自称した日には、指刺して笑われるか、頭のお薬を出されてるところだ。


「はい、シルビアちゃん。

 あ~んして~」


 シルビアという名前に、物凄い違和感を感じる。

 いや、これがジョンとかロバートとかなら許容範囲だったのに、シルビアは酷いじゃないか。


 俺は生誕後にやるべき3つの目標を掲げた。

 1つ目は、勝ち組な人生を歩むこと。

 2つ目は、真面目になること。

 3つ目は、童貞を卒業すること――だ。


 しかし俺の名前はシルビア。

 そう、俺はこの異世界で、女の子として生まれてしまったのだ。

 ははは。笑えよ。

 スタートダッシュで飛び降り自殺な気分だ。


 童貞を卒業するという目標は生誕と同時に、性転換でもしない限り、生涯叶う事はなくなってしまった。

 こんな悲劇的な事があって良いのだろうか。


「もぐ、もぐ、もぐ」


「あぁ……シルビアは本当に可愛いな。

 流石はローザとザンドルドの子だ。

 シルビアが成長したらどれだけの美人になるのか、今から楽しみだ」


「あはは……ありがとうね。セリカ」


 成長すれば美人とか。

 嬉しいやら悲しいやら複雑な気分だ。

 どうやら転生後の俺は、伝説級な美女に成長し得る、容姿をしているらしい。

 そんな目で見られていたら、将来は性転換を視野に入れている事に、申し訳なさを覚えてくる。


 だが、それはそれ。これはこれ。

 性転換がこの世界で出来得るのかは知らんが、必ず男に戻る方法を実行して、童貞を卒業してやるからなっ!!


「奥様。旦那様がお帰りになりました」


「あら、シルビアちゃん。

 パパ帰ってきたって!」


「おう! シルビア! 元気にしてたか!?

 父ちゃんだぜ!!」


 2mもある巨大な弓を担いだ、ガラの悪い男が部屋に入って来た。

 ザンドルド・フォン・カム・イエローアイズと呼ばれるこの男こそが、俺の父親であり、この街の領主だ。


「ちょっと、あなた。ビショビショじゃない。

 せめて翼だけでも拭きなさいよ」


「っせーな。

 ちょっと濡れただけだろ。

 そんなに水吸ってねーよ」


 うん。外は雨が降ってるからな。

 どう見ても親父はびしょ濡れで、その翼からは大量の雨滴が床にたれ落ちている。


「俺の翼は水を弾くんだよ。

 直ぐに乾くっての」


 俺の翼は水を弾く。

 さて、この言葉の意味は何だと思う?

 翼が付いた服を着ている? ノンノン。

 変なコスプレをしている? ノンノン。


 翼だ。

 親父の背中には、人間には存在し得ない、漆黒の翼が存在するのだ。


「オウ、シルビアの翼も、だいぶ大きくなってきたじゃねぇか」


 親父がそういって、俺の翼をサワサワとなでる。

 何も翼があるのは、親父だけではない。

 この俺にも、背中に翼があったりする。


 さて、ここで俺の生物学的な分類を発表しよう。

 聞いて驚くな。

 実は俺は、魔族だったりするんだ。

 魔族とは魔王を頂点とした、人間とは異なる種族であり、その体には動物や昆虫、魚類など、人間以外の種族が有する機構を有しているのが特徴だ。


 異世界に来たら性転換した上に魔族でした。

 あはははははは。

 笑えないっての!


 確かに輪廻転生で必ずしも男に転生する訳では無いのはわかる。

 必ずしも人間に転生する訳でもないのもわかる。

 でも、それが二つとも重なるとか、正直言ってありえなくないか?

 晴天の霹靂が自分の身体で鳴りましたぁー! どかーん!! みたいな状況、未だに納得がいかないっての!


「ザンドルド。

 いつシルビアは飛べるのだろうか?」


 俺付のメイドであるセリカが、親父に声をかける。

 セリカって使用人なのに、親父やお袋にタメ口なんだよな。

 頭にはツノが生えて、腰に帯剣とかしていて、普通のメイドには見えなかったりする。

 この人は一体、何者なのだろう?


「5歳になるまでには、飛べるだろ。

 堕天使族はそれぐらいにならねぇと、翼が完全に生え揃わねぇ。

 だが羽ばたく位なら徐々にできるだろう。

 窓を開けっ放しにしねぇように、気をつけんだぞ」


「うむ。了解した。それが聞きたかった」


 ふむ。そうか。5歳になるまでには飛べるようになるのか。

 今、親父が言った通り、俺は魔族のうち、『堕天使族』という種族だったりする。

 能力はやはり、背中にある翼で空を飛べる事だろう。

 それ以外に何か能力があるのかもしれないが、俺は詳しくは知らない。


 ちなみに、親父の翼は漆黒だが、俺の翼は純白だったりする。

 翼の枚数も異なり、親父が1対2枚の翼の枚数であるのに対して、俺には3対6枚もの翼がある。

 翼は伸縮可能らしく、普段はあまり気にならないのだが、仰向けに寝ると背中がモコモコして気持ち悪い。


「ほら。あなた。

 乾かしてあげるから、後ろを向いて頂戴」


「チ、わかったよ。面倒くせぇなぁ」


 そうして、親父が母親に翼を向ける。

 ああ、という事は、母親はアレをやるつもりなのか。


「我が右眼に宿りし炎の精霊よ、我が視する贄を燃え上がらせよ。

 フレイムアイ!」


 母親の右目が光り、小さな火の粉が親父の翼の周りに舞う。

 すると親父の翼を滴っていた雨滴が、あっというまに蒸発して、翼が嘘のように乾燥してしまった。


「終わったわよ」


「ちっと熱かったぞ……。

 魔眼の威力、もう少し落とせよ……」


「落としたら乾かないじゃない。

 あれくらいで丁度良いのよ」


 今、親父が母親に、「魔眼の威力をもう少し落とせ」と言ったが、実は母親も『魔眼族』という魔族だったりする。

 母親は右眼で視認した物を燃え上がらせる魔眼を持っており、家の蝋燭は母親が見るだけで燃えがってしまうのだ。


 じゃあ俺の目が魔眼なのかというと、俺は魔眼ではなかったりする。

 背中に翼があって飛び回るのもカッコイイが、「くっ! 収まれ俺の邪眼よ」的なのも、中二病っぽくてカッコイイ。

 そういう意味では俺に魔眼が無いのは非常に残念なのだが、俺は父親の血の方が濃いのだろう。


 なお、余談だが、俺の瞳の色は赤色と黄色のオッドアイだ。

 親父の両眼は黄色で、母親の両眼は赤色である事から、俺の瞳がオッドアイなのは、両者の血を均等に引いた結果だと思う。


「ローザ。ちっといいか?」


「あら、なによそんな畏まって」


「視察で判明したのだが、街の治安が相当悪くなってやがる。

 毎日のように強盗や殺人が発生している状態だ。

 もし街に出る時は、周りに気を付けろ。いいな」


「街って、またなの……? 

 まだシルビアもこんななのに……。

 いい加減にしてほしいわ」


「俺もホシの洗い出しを進めるからよ。

 ストレスが溜まるのもわかるが、我慢してくれや」


「ええ……わかったわ。

 なるべくシルビアは、街に連れて行かないようにする。

 貴方も無茶しないでね」


 むう、そうか。

 街の治安が悪化しているのか……。

 っていうか、何で?

 親父って街の住民を何故か恨んでいるからな。

 親父がまた何かやったのか?


「クッソ……俺の街で好き勝手やりやがって……。

 首謀者を捕まえたら、この街には堕天のザンザルド・フォン・カム・イエローアイズという優秀な魔族がいるって事を、思い知らせてやんねぇとなぁ!」


「ねえあなた。

 シルビアの前で殺伐とした話、もうやめてくれない?」


「おっと、わりぃ。シルビア。

 俺様が居るからな! 

 ぴーぴー泣いてローザを困らせるんじゃねぇぞ!」


 うん。強面の顔の変顔(ベロベロバ~)は、コメントし難い不気味さがあるな。

 あまりに余裕かまして、俺達家族を路頭に迷わせる事だけはやめてくれよ。

 この世界に遺族年金や生命保険があるとは思えない

んだからさ。

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