第2話 どうやらお腹にいるみたいです

 意識が朦朧としている。

 ここはどこだろう。


 毛布に包まれているように暖かく、気持ちの良い浮遊感も感じる。

 まるで陽だまりの中でうたた寝をしているようで、とてもいい気持だ。


「…………」


 大きな欠伸をすると、水のようなものが喉に流れ込んできた。

 一瞬、息ができなくなると焦ったが、別にそんな事はなかった。

 この毛布の中は水で満たされているみたいだが、とりわけ苦しくもないし、生存に影響はないようだ。


「―――――。―――、―――」


「―――――? ――――――」


 毛布から出ようと手足を動かすが、出口が見つからない。

 毛布の外から誰かの話声は聞こえるが、何を言っているのかまではわからない。

 モゴモゴとくぐもって聞こえる声を傾聴したところ、どうやら日本語ではないようだ。


「―――――!―――、―――!!」


「―――――!? ―――!! ―――!!」


 毛布を押したり蹴ったりしていると、外からの声が騒がしくなった。

 意識がはっきりして来るに従い、だんだん自分の置かれている状況が把握できてきた。

 というか、現状を把握すれば把握する程、え嘘マジかよって驚愕してきた。

 もしかしてここは、母親と呼べる人物の胎内であり、俺は胎児に転生したのではないだろうか。


「―――――。―――、―――!」


「―――!! ―――!! ―――!!」


 俺に向かって意味不明な言葉が投げかけられる。

 ふひっ。胎児なう。

 いやいや。そんな事はどうでも良いから落ち着け。


 やばい。混乱がピークだ。

 異世界に転生って、ホントの話だったのか!

 正直言って想定外すぎるのだが!









 あれから数か月経った。

 流石に数か月も経過すると、当初の混乱状態から脱することが出来た。


 現在の俺はまさしく胎児であり、母親と呼べる女性のお腹の中に納まっているのだと、時間をかけて理解する事ができた。

 最初に意識が覚醒してから、俺はかなり大きくなった。

 当初こそプカプカ浮いて広かった胎内も、今では窮屈で仕方がない。

 最近では上を向いていた頭が下向きになってきているので、俺が生誕する日も遠くないのかもしれない。


「―――ちゃん――。絵本―――読―――ね!」


 お腹の外から今日も声が聞こえる。

 この声の主は優しくお腹を撫でて、毎日俺に向かって呼びかけをしていた。

 こうやって胎児に話しかけるのは、胎教と言う教育の一つだったはず。

 この人の声は誰の声よりも大きく、かつ頻繁に聞こえるので、この人が俺の母親なのだろう。


「―――ちゃん――。どんな――話――好き――?」


 数か月も話しかけられていれば、なんとなく何を喋っているのかが、わかる様になってくる。

 母は偉大だ。

 もしかしたら出産までに、日常生活に不自由が無い程度の語彙は、マスターできるかもしれん。

 ありがと母ちゃん。


 さて。

 お腹の中にいても何もやる事がない。

 とは言っても、本当に何もしないのでは益がない。

 なので、この数か月間は、俺は2つの事項について、真剣に取り組んでいた。


 1つ目は、語学のマスターについて。

 これについての進捗状況は既に述べた通りになるので、割愛させてもらう。


 2つ目については、出産後の人生についてだ。

 とりあえず、生前のようなロクデナシな人生は二度と送りたくない。

 次こそは、誰からも羨望されるような、勝ち組な人生を送りたい。


 そこで俺は3つの目標を、掲げる事に決めた。


 1つめは、さっき言った通り、勝ち組な人生を送ることだ。

 どのような視座・視野・視点で勝ち組に至るかは、どんな世界に生まれるかわからないので、今のところ保留にしている。

 まあ、ここら辺は生まれたらわかる話だ。

 生まれた環境を見て決めても遅くはない。


 2つめは、真面目になること。

 生前はいろんな人に迷惑をかけた。

 一度死んで生まれ変わる。人間が変わるには良いタイミングだ。

 これを気に、俺は真面目になろうと思う。


 3つめは、童貞を卒業することだ。

 生前は女知らずに死ねるかと思っていたが、ぜんぜんモテず、風俗に行く勇気もなく、俺は童貞のまま消防車に轢かれた。

 弟の嫁に土下座してやらせてほしいと頼み込んだ事もあったが、軽蔑の目を向けられるだけで、やらせてくれなかった。ケチな嫁だよ。


 生前の童貞卒業が成らんかった俺だが、こうやって自我を保ちながら異世界に転生できるのなら、この目標は是が非とも叶えたい最重要項目だ。

 次の世界がどんな世界かはわからない。

 その世界の厳しさゆえに、勝ち組になれない事もあるだろうし、真人間ではいられない事もあるだろう。

 だが、この目標だけはこだわらないといけない。

 だからはっきり言おう。


 次の人生は、ぜったい童貞捨てるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!


 ふう。ここまでやれたら、胎内でできる事は何もない。

 あとは出産するその日を待つだけだ。


 と、その時、下を向いている体が、何かに吸い出されていくような気がした。

 これはまさか、もうすぐ俺は生まれるのか!?


 胎内が狭くなり、回転しながら、ゆっくりと産道を通る。

 過ぎ去って見れば、長いようで短いような胎内生活だった。

 さらば我が寝床よ。ここでの生活は悪くなかったぞ。


 光が見える。

 ああ、まぶしい。ここが異世界か。

 俺の第二の人生だ。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 そうして、俺は大きな産声を上げた。

 今の俺なら何だってできる気がする。

 どんなトラブルもバッチコーーーーイ!!


「おめで――ござい――! 元気――女の子――!」


 ……え?

 今誰か、変な事言わなかったか?

 周りを見ようと思うが、まぶしすぎて目が開けられない。

 俺の聞き違いか?


「――頑張り――たね。―――して、――美人な―――女の子――」


 うん。なんか女の子って単語が聞こえたな。

 お産の場に何で女の子がいるんだ?


 誰かに抱きかかえられていた俺は、ヒョイっと次の誰かに渡される。

 渡された人物が「ああ……」と、胎内で聞いた事のある声を出したので、それが母親だとわかった。


「生まれ――女の子――私の子――」


 生まれた。女の子。私の子。

 俺の母親は確かにそう言った。


 ふむ。そうか。俺の母親に女の子が生まれたのか。

 へー……そうなのかー……

 ……母親から生まれた子って誰よ?

 …………


「おぎゃああぁぁぁっ!(それって俺じゃんかっ!!)」


 いや、ちょっと待て。

 確かに転生なのだから、必ずしも男に生まれる訳では無いのはわかる。

 だが何でそれが俺なんだ!?


 やばい。どんなトラブルでも来いとか、言わなきゃよかった!

 え!? 嘘ぉ!? 俺って男性自身、持ってないの!?

 って言うか、いきなり目標の最重要事項がデフォルトしてるじゃねーかっ!!


 責任シャァァァァァァァァッ!!

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