グリモワール♀スプレッド
祐紀
悪魔と呼ばれた天使
第1話 プロローグ
人間と魔族の間で、何百年にも亘る戦争が続いていた。
数えきれない者が犠牲となったこの戦争は、いつしか人魔大戦と呼ばれるようになる。
そんな世界の古い預言書に、一人の英雄の出現が記されてあった。
預言書曰く、その英雄は人魔大戦が熾烈を深める中、突如として出現し、この戦争を終結させる者として、予言されていたのだ。
では、現実はどうなのか。
預言書通り、その英雄は人魔大戦を終結させて、後世の歴史書に名を残していくことになる。
その英雄が名を残した理由は、ただ単に大戦を終結させたからではない。
――――無血による大戦の終結。
その英雄はこの大戦を、無血を持って対戦を終結させた偉業を成し遂げたからこそ、歴史的人物の中で最も有名な人物として、歴史書に記されることになったのだ。
これはその無血終戦の立役者である英雄の物語である。
……余談だが、その英雄の手帳が没後1,000年の時を経過して発見された。
著名な歴史家たちがその解析を進めているが、その中には誰にも解読出来ない、特殊な言葉で書かれた文字があるという。
その一つを紹介しよう。
『目指せ異世界の坂本竜馬! 異世界の夜明けは近いぜよ!』
この言語は何なのか。
解読は現在も難航している。
◇
気が付いたら変な宮殿に居た。
そこは、どこぞの世界遺産のように、色とりどりの趣向を凝らした柱が建ち並び、天井は高く、床はこれでもかってくらい高そうなカーペットが敷き詰められている。
広さは、地元のドーム球場くらいはあるだろうか。
そんなどでかい宮殿の中に、大量の人が整列し、何かの順番を待っているのだ。
「はい。次の人。前に進んで下さい」
順番待ちしていた人が、前へ前へと案内され、進んでいく。
かく言う俺もその順番待ちをしている列に並ぶ一人だったりする。
どこへ向かっているのだろうと思って、列から少しずれて前を見ると、そこには西洋の王座の間に酷似した場所が見えた。
もっと良くその場所を確認すると、裁判官が着る法服のようなものを着た女の子が、執務机に座っているではないか。
「はい。次の人。前に進んで下さい」
さて、俺よ。
一旦ここらへんで落ち着つこうか。
俺は確か弟と大喧嘩して家を追い出されて、しかたなくネカフェでふて寝していたはずだ。
そこで火事だと聞こえて目が覚めた時には部屋に煙が充満していて、逃げようと思ってビルから飛び出したら目の前に消防車が迫って来て……待て待て、おかしいぞ? そこからの記憶が無い。
「はい。次の人。前に進んで下さい」
俺は世の中プラス思考で、太く短く生きてきたはずだ。
だが、そのプラス思考もここにきて、不安に変わろうとしている。
だめだ! くじけるんじゃない俺!
カラスにつつかれても、犬に追いかけられても、チャリの椅子を盗まれた挙句、籠にゲロ吐かれていても、泣かなかったじゃないかっ!!
「ほら、あんた。早く進みなさいよ」
よし、こういう時は素数を数えるんだ。あれ? 素数ってなんだっけ?
1、2、3、4、5、6……ふう、落ち着いてきた。
欲を言うならコーヒー片手に、我がタロットカードコレクションを眺めれるなら、もっと落ち着くのだが。
「ちょっとっ!! 次はあんただって言ってるでしょっ! 聞こえないのっ!!」
「うわっ吃驚したっ!!」
法服を着た女の子に怒られた。
え、なになに!? 何がおこったの!?
なんか気が付いたら順番待ちしている列の最先端が俺になっていて、法服の女の子にめっちゃ睨まれてるんだけど。
「ねぇ、あんた伊集院京一郎で合ってるわよね?」
「あっ、はい」
女の子が俺の名前を呼んだ。
うん。年収103万円以下の扶養控除対象者なのに、貴族の様な恥ずかしいその名前は、まさしく俺の名前だ。
え? 何で俺の名前知っているの? というか、この子スッゴイ可愛いんですけど。
「久しぶりね。あんた、あたしの事、覚えてる?」
「えっと、昨日ダウンロードしたエロ動画(束縛モノ)に出てた人?」
「出るかぁっ!! この童貞がっ!! 地獄に突き落とすわよっ!!」
お茶目な冗談なのに、ゴゴゴというオーラを漂わせながら怒られた。
うおぉぉぉ。この子可愛いけど怒ったら怖ぇぇぇ。
っていうか、俺達たぶん初対面だよな? 何で童貞って事も知ってんの?!
「伊集院京一郎30歳。自称霊感を使ったタロット占い師として稼ぎも無いまま、弟に扶養されていたごく潰し。
家を追い出された理由は、弟のお金で買った弟のエクレアを弟に食べられ、逆ギレしたから。
あってるんでしょ?」
「あ、はい。あの時は激怒しました」
それを聞いた周りの人々が、うっわぁぁなんなのこのクズ……って顔で俺を見つめる。
なんだよ。
確かに俺は弟の扶養に入っているけど、人としてエクレアは食べられたら怒るだろ。
「あ、それと自称ではなく、占い師は本職です」
俺のタロットは予想の斜め上の結果になると有名ですが。
ゆえに付いたあだ名が、歩く仏滅だ。
何だそのあだ名は! 泣くわ! ほっとけや!
「はぁ。やっぱりあんたはあんたね。
正直ガッカリだわ。
少しは違う結果を期待してたけど、前回よりも酷くなってるじゃない」
え? 前回ってなに?
この子は俺と面識がある事を前提に話をしているが、俺はこの子と面識が無い。
あ、だめだ。また混乱してきた。
なにがいったいどーなってんだ?
「さて、じゃあ後も閊えているから、本題に入るわよ。
まず、あんたは死んだから。
ここまではいいわね?」
「ウェイウェイウェイ。え? マジで? 俺死んだの?」
「火事から逃げる最中に消防車に轢かれたの、覚えてないの?
なんだったら、その時の状況を映像で見せてあげようか?
正直スプラッタだけど」
確かに、俺の記憶は火事から逃げる最中に消防車が迫って来たところで終わっている。
消防車は猛スピードで走っていたのを覚えているので、あの後の状況から察するに、その消防車に轢かれて死んだと言われても、不思議ではない気がする。
「そうか……俺、死んだのか……」
混乱していた頭が急に落ち着いてくるのを感じた。
そうだな……あの状況で生きている訳ないもんな。
「なによ。俗世に未練でもあるの?」
「童貞のまま死んだのは罪だと思います。
ここは是非、先っちょだけでも……」
「擦り殺すわよ」
視線で人が殺せるんじゃないか? ――――って程に睨まれた。
うおお……この子、怒ったら怖ぇぇぇ。
いやまあ真面目な話、未練は無いかな〜。
むしろ俺は人生が詰んだグループに入るはずなので、ようやくあの環境から抜け出せる日がきたか――――という思いの方が強い。
俺は親から勘当され、既婚者である弟のマンションに上がり込んで、ニートな人生を過ごしていた。
弟の貯金を使ってギャンブルに没頭し、弟夫妻の婚約指輪を質流れにして酒を飲み、弟の嫁のクレカでネトゲをしていたクズだったが、とうとう弟の逆鱗に触れて、家を追い出されてしまった。
俺を追いだした時の弟は修羅のような形相だった。
弟に相当無理難題を押し付けていたので、もう二度と顔を合わせてくれないだろう。
ただこんな俺にも、一時期は真面目に働こうと思っていた時期があった。
それは趣味で始めたタロット占いで糧を得ることだ。
一昔前は繁華街の片隅にレジャーシートを広げて、段ボールを机代わりにタロットカードを展開していたが、客は全くつかず、来るのはお巡りさんだけ。
遅かれ早かれ弟には追い出されていただろうし、野垂れ死にしか移さない未来しか待っていない。
取り得と言えば、今言った当たらないタロットに、何の得にもならない名言オタクって事だけだ。
そんな人生に未練があるか?
答えは声高々にNOと言おう。
人生前向きに生きるのも、ロクデナシのまま余生を送るのも、そろそろ限界だ。
「ない。未練なんて無い。
死んだのならもうそれでいい。
もうこんな人生はまっぴらだ」
「ふーん?
じゃあ聞くけど、もしもう一度人生をやり直せる事ができるのなら、あんたどうする?」
人生をやり直せる?
もしやり直せるのであれば、もっとまじめに生きて、幸せな人生になるよう、心を入れ替えるさ。
まぁでも、俺はあんな怠惰に生きてきたんだから、どうせ天国には行けないだろうし、真面目に考えても仕方がない。
……って、あれ? そう言えば、天国とか地獄とか行く前に、閻魔様に裁かれるイベントがあるんじゃなかったっけ?
今一度自分が居る場所を確認する。
ベルサイユ宮殿みたいな場所に人々が並んで、法服を着た裁判官のような子に裁かれる。
ちょっと待てよ。
俺に質問を問いかけているのが、やたら可愛い女の子ってのと、西洋風ってのを抜きにすれば、これって閻魔様が裁く死者の裁判に酷似してね?
「あの、あなた様はもしかして、閻魔様ですか?」
「はぁ? 違うわよ。
あたしは地球外を管轄する神よ。
ま、あたしは神と言っても、地球の閻魔みたいに死者を裁く権限を有してるから、必ずしも間違いではないけどね」
「はい?」
「だーかーらー!
あたしは閻魔と同じような事をやってる、地球外の神だって言ってんの!
あんた耳悪いの!?」
「はああああああ!?
地球外の神!?
何でそんなのが俺の裁判してるんですか!?」
なんだそりゃ!
いったいどーいう事なの?
って言うか、俺って神様にタメ口叩いてたのか?!
「え、まさか俺って地獄行きですか?」
「別にあんたを地獄になんか落とさないわよ。
あんたが向かうのは、天国でも地獄でもない。異世界よ。
つまり、あんたは私が管轄する世界に転生してもらうから」
「は? 異世界?
俺は天国とか地獄じゃなくて、異世界に行くんですか?」
「だからそう言っているでしょ!
あんたは、あたしが管轄する世界に転生してもらう。
これは決定事項だから」
え? マジで? 意味がよくわからん。
普通は天国か地獄かじゃないのか?
いや、俺も死んだ経験なんて初めてなんだし、何が普通なのかも判断は付かないのだが。
「ま、あんたが転生するのはこれで2回目なんだし、ドーンと構えてりゃいいのよ」
「は?」
「あんたが死んで転生するのは、これで2回目だって言ってんの!
あんたはあたしの事も忘れてるようだし、この事も覚えてないようだけど」
「仰っている意味が……」
「とにかく、1回目の鉄を踏まないように、あたしもできる限りでサポートするから!
あたしの世界を頼んだわよ!」
「え!? え!?」
異世界の神様とやらがそう言った後、俺は急激な眠気に襲われる事になった。
え? なにこれ? 何で急にこんな眠気が襲うの?
意味が分からない。
俺は消防車に轢かれて死んだって事までは納得する事ができたが、それ以降の事が理解できない。
――――そうして、俺の意識は闇に沈んで行く事になった。
最後にその地球外の神様とやらを見ると、苦虫を噛み潰しているような、申し訳なさそうな、何か言いたそうな、微妙な表情をしているのが見えた。
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