続 一匹の喧嘩師と遺恨

 あぁ、クソが。まったくお話にならない。こんなつまらんことに手を貸したってわけか。

 それもこれもあの夜に天神とやらに引導を渡したのが良くなかった。あれはオレの失敗だ。失敗、失敗、失敗。

 いや、そもそもに、だ。オレは実体のないものに弱すぎる。べらぼうに弱すぎる。だから。だからか。あの鼻持ちならん成金野郎に騙されるんだ。


 ――この場にいる全員を殺せるのなら、殺してみなよ。


 あぁ、イラつく。無性にイラつく。


 ――ほら、あいつなんか、君のことをゴミだと思ってるよ。ほら、あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。あいつも。ああああああああぁ、あぁあぁ、ダメだ。このままじゃ腹の虫がおさまらない。

 怒りにまかせて手当たり次第当たり散らすのは流儀に反する。しかし。しかしだ。誰でもいいから死んで欲しい。


「畜生……! 誰もいねぇッ!」


 結局、オレはムカッ腹を抱えたままその場をあとにした。

 そんなときだ。道端にうずくまる女を見つけた。寂しそうにすすり泣くその女は、確かあの小屋にいた。あのなまくら天狗が仕立てた妙ちきりんな小屋にまんまとかかった哀れな女だ。

 通りかかると、女は男の亡骸からなにかを取った。それが指であるのを見たオレは、思わず声をかけてしまっていた。


「おい」


 すると、女は涙を流しながらオレを見つめた。焦点の合わない目であり、そこには確実に遺恨がある。


「あら……どうも」


 恋い慕う男の死の際で、その挨拶は不似合いであることはオレの頭でも容易にわかった。


「そいつ、死んだのかい?」


 ぶっきらぼうに、忌々しく訊く。この死体、オレを騙して怒らせた張本人である。見つけたら殺してやろうと思っていたのに。つくづくツイてない。


 女はスンと鼻をすすった。


「あなた、力をお持ちでしたよね?」


 女が食い気味に言った。その勢いに、オレは鼻息だけで返事をする。

 と、女はふくよかな唇を湿らせながら微笑った。


「わたしに力をお貸しください」


「はぁぁ? なに言ってんだい、お嬢ちゃん。オレぁ、いま気が立ってんだぜ。やめときな、怪我しちまう」


「このひとが死んだいま、わたしはもう諦めているんです。このひとのためなら人殺しだってできるんですもの。でも、もう、どうなったっていい。いまは、このひとのために一矢報いっしむくいたい」


 恨みか。

 そういう面倒なものは勘弁願う。オレはオレの恨みだけで一杯一杯なのだ。他人の恨みなんざ背負う器量はないし、義理もない。

 しかし、女の狂気はどことなく惹かれるものがあり、よく見れば結構な美人の類であった。そんなことで揺らぐ気はさらさらないが。

 オレは「ふうん」と投げやりに返事した。


「例えば、なにに?」


 訊く。すると、女は柔らかに返した。


「神さま……に?」


 そして、女は自分でもその言葉が出たことに驚いたように、両目を開いたかと思うと、壊れた人形のようにガクンと天を仰いだ。


「えぇ、そうね。神さまを殺しましょう。は、この世がとても憎い」


 まったく、突拍子もない提案である。

 だが、悪くない。むしろ、名案。共闘を許さず、誰の指図も受け付けないオレではあるが、例外もあるのだ。

 おそらく、そこが己の生きる道なのだろう。死への旅路は、危険であればあるほど面白い。

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