幕間Ⅴ 玄洋の未来霊視

『俺の人生の誤算は、おまえの能力を認めたことだ』


 兄はそう言い残して家を出て行った。

 それまで、気丈に明るく振舞っていたものだから、その言葉の意味がよくわからなかった。

 兄の死はなんども繰り返し見ており、これもまた実験のひとつなのだと勘違いしてしまった。だが、よくよく考えたらいつもと違う点がある。いつもなら「助けにこいよ」と言われていたのだが、今回は一切の予告がない。


 あいつは自死を選んだ。

 急にふらっといなくなり、数日後、浜辺に打ち上げられているのを幼馴染の松本が見つけた。遺書はなく、突発的なものだったと推測されているが真相は闇の中。

 死が見えていたのに、間に合わなかった。同時に、あいつの心を見ていなかったことに気がついた。あいつはずっと、死にたがっていたのだ。


 やがて、兄は母の記憶から消えてしまった。

 天狗によるものか、それともあの悪意の女の仕業か。数ヶ月前から、家に占い師が出入りしていたが、母の心酔具合も日に日に酷くなるし、兄もまたなにか吹き込まれたのやもしれん。いずれにせよ、なんらかの手が加えられていることを悟った俺はなにもかもを恨んだ。


 俺は勉学にひたすら打ち込み、そんな家族の模様を父は傍観し、しかしいくらか気にかけてはいるようでもあり、学問や医術を徹底的に叩き込んでくれた。後を継がせるためという大義名分はあったのだろうが、俺に残された家族との繋がりはもはやそれだけだった。


 霊能者のせいで、他人が死ぬ。そんなことはあってはならない。

 また、凡人のせいで霊能者が死ぬこともあってはならない。

 俺の思考は傾いていき、いつしか周囲には同志がつどっていた。兄が死んでも、世界はそれほど不自由しない。あいつがいなくとも、世の中は平気で無情に回っていく。

 俺の目は正しい。寸分の狂いもなく、正確である。それゆえに、曲がることが許されない。いつでも最善の選択をし、最良の最適解を得る。


 しかし、そんな俺でも想定外のことが起きてしまった。

 能天気で勝手気ままそうな雰囲気から、どことなく懐かしい香りがし、どうにも目が離せなくなった。そして、その男の行く末もはっきりと見えてしまい、見えきってしまい、これからの怪しい未来を暗示する。

 兄に似たそのひとは、道端で胡散臭い魔法を見せていた。なんてことはない。幼い頃に東京で見た奇術と同じ。それを大げさに騙るなど、呆れてものも言えない。

 兄とは似ても似つかぬやかましい声だが、どことなく苛立ちを募らせる能天気な阿呆面は兄の面影を思わせる。聞けば、こいつは一色天介というらしい。兄と同じ名だった。


「あぁ、そうだ。君からはまだ一銭ももらっていなかったね。あの場ではお札を出すのが都会的な振る舞いというものだよ」


「ペテン師にくれてやる金などない。恥を知れ」


 笑顔でかたどった三流奇術師の横っ面に叩きつけるように俺は言った。

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